「ちょっと聞いてください!」

 久しぶりに遊びに来たハツセが、到着早々握りこぶしで近寄ってくる。
 今日はいつものゆるエスニック服ではなく、白い半袖ブラウスにサーモンピンクのフレアスカート。随分と『女子』っぽい。

「お、オッケー。落ち着いて。春香、麦茶! 麦茶をお出ししてーっ!」
「ほいほい」
「ハツセはとりあえず、手洗いうがいを」
「はっ、そうですね。ごめんなさい」

 慌てて洗面所に向かう。うがい手洗い大事。

 つい一時間程前に、ハツセから連絡があった。曰く「今から遊びに行きたいのですが、お家にいらっしゃいますか?」だ。私も春香も、暑くて家でゴロゴロしていたので、すぐにOKスタンプを送った。

「さっきは勢い出ちゃいましたが、これ手土産です」
「ありがと」

 受け取った紙袋を見て、首を傾げる。

「葉山に行ってきたの?」
「あ、それ横浜のそごうで買いました」

 なるほど。横須賀や逗子、葉山をメインに店舗を展開しているプリンのお店だ。早速頂くとしようじゃないか。
 保冷剤がたっぷり入っていて、まだ冷たい。
 先ほどの勢いはどこへ行ったのか、ハツセは春香と一緒にリリとミヤに声をかけている。

「お持たせのプリンでっす」

 アイスティと一緒にテーブルに置けば、二人は一瞬で移動してきた。さすが同級生。仲が良いな。

「喧嘩にならないために、全部同じ味にしました」
「それは賢明やな。いただきます」

 皆が半分くらいまで食べたところで、口火を切ることにした。

「で、何があったの?」

 ハツセはスプーンを置いて、私たちを見る。

「お見合いしてきたんですが」
「あれ、まだやってたんか」
「失礼ね。まだやってるんですわ」

 前回会ったのは四月だから、四ヶ月くらいか。なかなかこれという人には会えないものなのかね。
 でもそうか。だから今日の服装は、いつものハツセらしくない服装なのだな。

「そんなに条件は厳しくないと思うのよ。でも、会う人会う人、どうも変な人ばっかり。その中でも、今日はちょっとキツかった」

 ハツセの言う条件というのは、年収400万以上で一都三県在住優先、子どもは必須ではなくて良い人で非喫煙者。あとは親と別居、くらいだという。確かに年収1000万の男とか言ってるわけではないし、ハツセは割と顔がかわいい。全然いけるんじゃないかな。

「ちなみに、私は44歳なので、婚活市場では不利中の不利。でも、上も十歳上まで許容してるから……」
「なんで恥ずかしそうに言うのよ。婚活市場での不利有利なんて関係ないでしょ。良い年して若い女じゃないとヤダって言う、子ども大人な男なんて相手にする必要はない」

 自分より年下の女性が良いという男性の一つは子どものことだろう。でも、相手の女性が若くても、自分が年いってたら、妊娠リスクは同様にあると知っておくべきなんだよね。子どものこと以外だと、若い女性にマウントとりたい男みたいなのもいる。婚活市場以外でも──たくさんいるんだよね、残念なことに。もちろん素敵な男性もたくさんいるけど。

「うう、心強い。もう、最近変なのばっかで。あ、それで今日はですね!」

 プリンを一口飲み込んで、彼女の話の続きを待つ。

「え、横浜駅前のホテルロビーで待ち合わせしたけど、予約してなくて入れないから近くの他のチェーン珈琲店に」
「しかも、僕が案内しますっていう場所が全部混んでそうな店だったから、少し外れた場所にある店を私が案内したの。まあそこまではね。今後のスケジュールは私が立てればいいや、で済ませようと思ったんです。この人計画性ないけど仕事大丈夫? とはおもったけど」

 確かに。もしもこれが取引先との打ち合わせだとしたら、大変なことになる。逆に、仕事ではそれができるのに、お見合いではできないというなら、相手を尊重していないということだし。あと、どう考えても駅前のホテルのロビーなんて混んでるだろう。

「それで、アイス珈琲飲みながら話をしたんですけどね。話が……続かないんです」
「続かない?」
「例えば、『旅行お好きって書いてありましたよね』って私が話すと向こうは『はい好きなんです』そこで終わり。それで、続きが返ってこないから、慌てて私が『どこが一番良かったですか?』と聞けば『いや、あんまり行かなくて』って」

 旅行は好きだけど、良かった場所が答えられなくて、あまり行かない? いやそれもう、旅行は好きじゃないよね?

「へぇ。面白いやん。マイはそこからどうやって、球を投げたん」
「面白がらない! 『そうなんですね。私は仙台が好きで、青葉城趾や、街中からそこに行くまでのバスから見える川辺の緑が、杜の都って感じで。温泉もあるし、牛タンも美味しいですし、なにより海の幸が良いですよね』って、なんか一言でも返せそうな話題がでないかなと思って投げたんだけど……」

 仙台全部盛りって感じね。あと武将の名前と松島が入ってれば完璧だわ。いや、そうじゃなくて。

「それの返事が『ああ、青葉城ね』だけなんですよ」
「それは……きっついなぁ」

 一度だけ会う、とか仕事上で会う、だけならなんとかなるだろうけれど、これが結婚相手となると厳しい。初回で緊張していたとしても、初対面の人って最大限に気を遣う相手なのに、それに対してこれだもんね。これ以上良くなるとは思えない。

「なぁ……。四月に聞いたときから思ってたんやけど、お見合いの相手って、皆そんな感じなん?」

 それ。私も気になる。会社にいる同世代の男性で、独身の人もここまで酷いのはいない。部署によって、確かに少し口数が少ない人もいるけど、コミュニケーション能力に問題がある人とは会わないんだよね。既婚者、未婚者関係なく、そんな酷いのが集まるものなのだろうか。

「いろんなタイプいますけど……。だいたいこんな感じ」
「マイ、お見合い相手のマイナスSSR(スーパースペシャルレア)引いとるな」
「ゲームのSSR(課金しても出てこないキャラ)なら大歓迎なのに」

 ハツセはため息と共に、手元の残りのプリン半分を食べきる。

「あ。話は続くけど、『図書館は僕の聖地で、ピラミッドみたいにパワーが天井から降ってくるんだ』って人もいたよ。その人、無添加の食品が好きで、なんか聞いたことのない特別なヨガの教師を師事したいからって職場が大宮で、住んでたのも大宮だったのに、わざわざ中目黒に引っ越ししたんだって。職場は大宮のまま」

 それはなかなかに、その──変わり者だ。言葉を選んでしまった。

「私が、ホットヨガならやったことありますが、そのヨガは知らなくて、って答えたら、30分間『ホットヨガみたいな一般的なものとは違って、瞑想を重視した』みたいな精神的なお話をされたから、途中で切り上げて帰ったんだけどね」
「正解ね」

 アイスティが空になったので、別のお茶を淹れることにする。

「二人は?」
「こないだ、イギリスフェアで買おたやつ、なんやっけ」
「ヨークシャーティね。おっけ。アイスミルクティでいいよね。ハツセもそれで?」
「お願いしまーす!」

 ヨークシャーティは、イギリスの家庭には必ずといって良いほどある、一般的かつ安価な紅茶だ。これが、味にコクがあってとても美味しい。それのビスコッティという味が、三越のイギリスフェアみたいなので売っていたので買ってきた。

「えっ、なにこれ。めっちゃ美味しいですね? 私も欲しい」
「たくさん入ってるから何個か持って帰りなよ。あげる」
「それは悪いですよ!」
「プリンのお礼」
「いえ、プリンは私の愚痴を聞いて貰う代金なので!」
「なるほど? まぁじゃぁ今度何か良いことして」
「そうします!」

 なんて話していると、春香が何かをテレビにセットし始めた。

「現実の男見るの疲れたやろうし、ここは一つ宝塚でも見て帰った方がええよ」
「気分転換ってやつね。良いじゃん」
「そういえば、私宝塚みたことないや。ハルやユリちゃんが好きなのは知ってるけど」

 ハツセの言葉に、春香は俄然やる気が出たらしい。これは、沼に引き込む気満々の顔だ。
 そうして始まったDVDに、私たち三人はがっつり夢中になってしまった。