帝の噛んでいるガムの味がなくなりつつある。
帝は着用しているブレザーのポケットの中から残りのガムを全部取り出した。そしてあと二、三枚しかないガムを見て舌打ちをする。
救世主を待ち望んでいる花苗に忍び寄る人影。
一瞬、花苗の表情に生気が満ちるが、それはすぐさま落胆に変わる。
「帝、土産だよん」
声変わりが終わったとはいえ、幼い子供みたいな男の話し方にこの場が明るくなるのだと期待したいが、『無』の感情で話されるものほど恐怖感を煽るものはない。
荒岡冬嗣が売り上げ金に貢献してコンビニの店員を喜ばせたのか品切れで困らせたのかは知らないが、コンビニ袋がはち切れそうなほどに詰め込まれたフルーツ味のガムは万引きしてきたのかと疑いたくなるほど大量だ。
ルナと同じキャラメルブラウンに見えたかと思った冬嗣の髪色はほんのりとしたメタルピンクだ。
右耳に四つ、左耳に四つ、合計八つの嫌でも目につく直径五ミリの指輪サイズの金属製ピアスが光るたびにメタルピンクの髪との色合いの相性は最悪で目を塞ぎたくなる。
冬嗣も帝と同じで制服をだらしなく着用しているが、帝と違い冬嗣は一応真面目にネクタイを締めている。
「冬嗣。オレからも土産がある」
ガムと入れ替えに冬嗣の手に渡ったのは一つのキーホルダーだった。
長年探し求めていた物を発見した冬嗣と帝は陽気にハイタッチをする。
「帝、すっげー! どこでこれを見つけたあん?」
「弥宵のストーカー女が持ってたんだよ」
「ストーカー?」
冬嗣が興味深そうな顔で花苗を観察する。
無駄な体脂肪もなく、よく整われた眉毛に形の良い唇、端正な目鼻立ち、美麗な顔をした同年代の男である冬嗣を目の前にしても花苗の心はときめかない。
ときめくどころか、今の花苗の精神状態は男性恐怖症一歩手前のドン底にまで落ちていた。
四人ではなく、ここは五人の溜まり場だったようだ。
お土産のガムを舌の上で堪能しつつ、帝が冬嗣に話しかける。
「順平が弥宵と同じ高校らしい。たぶんモカコーヒーも。順平の話だと弥宵はすっげーイケメンなんだとよ」
下手なスキップをしている冬嗣は想像だけでしかない人物像、高校二年生に成長した永倉弥宵を敵視する。
「イケメンねえ。だったらなおさら原形を失うほど殴ってやらないと気がすまないなん」
血気盛んに暴れまわる気満々でいる冬嗣に瑚城が説教をする。
「また殴り合い? もう喧嘩はやめてよね!」
帝と冬嗣が揉め事を起こすのは日常茶飯事だ。
そのたびに二人は瑚城から口うるさく注意されるのだが、冬嗣が素直に聞くかどうかはそのときの気分の良し悪しによって左右される。
「瑚城、おりこうさんだから黙って協力してくれるん? おれに指図しないでもらいたいなあん。内臓破裂させちゃうよん」
口調はいたって穏やかだが、冬嗣は無表情のまま冷徹な視線を瑚城へと投げつけた。
この冬嗣の生意気な発言が癇に障ったのか、瑚城は手に持っていたトランプを地面に叩きつける。
「偉そうに言わないでよ! ボクは冬嗣のことを心配して言ってるのに!」
激怒した瑚城をルナが優しく宥めながら落ちつかせる。
瑚城の激昂は友達を思ってのことだ。それがわかるからこそルナは瑚城に加担し、威嚇するように冬嗣を睨みつける。
それに少しも怯む様子もなく、冬嗣は余裕の表情で笑っている。
誰よりも友達を大切にしている瑚城にルナはいつも味方する。
順平はどちらにもつかずに、トランプをかき集めてシャッフルさせている。
「二人ともやめろ」
帝が止めに入ると冬嗣は無邪気に笑いながら瑚城に抱きついた。
「瑚城、ゴメーン。悪気はないんだん。はい握手。仲直りしよん」
甘えん坊みたいな声で言った直後、冬嗣が握手を求めて瑚城に手を差し出した。
基本的に素直な瑚城ではあるが、今日ばかりは瑚城もねばる。
拗ねた瑚城はルナと順平の手を引いて隅っこに座り込んでしまった。
そんな瑚城を冬嗣は「どうでもいいや」と言ってほっとくことはしない。
「明日、瑚城のためだけに時間作るからん。おれとデートしよん。ね、瑚城、お願いだよん。機嫌なおしてよん。おれ、瑚城に嫌われたくないよん」
瑚城の目線と合わせるために冬嗣も座り込む。
やはり瑚城は仲間内での争い事は好まない。冬嗣とデートしたい気持ちには勝てそうになくて、瑚城は冬嗣のことをあっさりと許してしまう。
ピエロよりも巧みに笑う冬嗣が見せる素直さと優しさは本心からなのか計算されてのことなのかはわからないが、冬嗣も瑚城とのデートに胸踊らせていることはまぎれもない事実なのだ。
ひとまず一件落着したところで、帝は花苗をどう使おうかと模索する。
「どっちにしろ、このストーカー女は弥宵とモカコーヒーをここに誘き寄せるいい餌になる」
目視するのも難しいほどの速さで花苗の脇腹スレスレに帝の足蹴りが炸裂する。これによって花苗の心臓を極限までに弱らせた。
腰を抜かした花苗の髪を容赦なく引っ張ると嫌がる花苗を強引に立たせる。
魂を抜かれ、生きた心地のしないカラクリ人形と化してしまった花苗に帝が命令をくだす。
「たーっぷりと利用させてもらう。上手くいけばテメェは用済みだ! ここから逃げたかったら必死こいて演技しな。失敗したらただじゃおかねーからな!」
結歌璃に助けにきてもらいたい花苗ではあるが、ここに結歌璃が来たら結歌璃にまで危険が及ぶかもしれない。
親友にすがりたい反面、親友を巻き込みたくもないと思ってしまう。
そんな花苗を憐れんでいるかのように、カラスの鳴き声がどこまでも空高く木霊していた。
帝は着用しているブレザーのポケットの中から残りのガムを全部取り出した。そしてあと二、三枚しかないガムを見て舌打ちをする。
救世主を待ち望んでいる花苗に忍び寄る人影。
一瞬、花苗の表情に生気が満ちるが、それはすぐさま落胆に変わる。
「帝、土産だよん」
声変わりが終わったとはいえ、幼い子供みたいな男の話し方にこの場が明るくなるのだと期待したいが、『無』の感情で話されるものほど恐怖感を煽るものはない。
荒岡冬嗣が売り上げ金に貢献してコンビニの店員を喜ばせたのか品切れで困らせたのかは知らないが、コンビニ袋がはち切れそうなほどに詰め込まれたフルーツ味のガムは万引きしてきたのかと疑いたくなるほど大量だ。
ルナと同じキャラメルブラウンに見えたかと思った冬嗣の髪色はほんのりとしたメタルピンクだ。
右耳に四つ、左耳に四つ、合計八つの嫌でも目につく直径五ミリの指輪サイズの金属製ピアスが光るたびにメタルピンクの髪との色合いの相性は最悪で目を塞ぎたくなる。
冬嗣も帝と同じで制服をだらしなく着用しているが、帝と違い冬嗣は一応真面目にネクタイを締めている。
「冬嗣。オレからも土産がある」
ガムと入れ替えに冬嗣の手に渡ったのは一つのキーホルダーだった。
長年探し求めていた物を発見した冬嗣と帝は陽気にハイタッチをする。
「帝、すっげー! どこでこれを見つけたあん?」
「弥宵のストーカー女が持ってたんだよ」
「ストーカー?」
冬嗣が興味深そうな顔で花苗を観察する。
無駄な体脂肪もなく、よく整われた眉毛に形の良い唇、端正な目鼻立ち、美麗な顔をした同年代の男である冬嗣を目の前にしても花苗の心はときめかない。
ときめくどころか、今の花苗の精神状態は男性恐怖症一歩手前のドン底にまで落ちていた。
四人ではなく、ここは五人の溜まり場だったようだ。
お土産のガムを舌の上で堪能しつつ、帝が冬嗣に話しかける。
「順平が弥宵と同じ高校らしい。たぶんモカコーヒーも。順平の話だと弥宵はすっげーイケメンなんだとよ」
下手なスキップをしている冬嗣は想像だけでしかない人物像、高校二年生に成長した永倉弥宵を敵視する。
「イケメンねえ。だったらなおさら原形を失うほど殴ってやらないと気がすまないなん」
血気盛んに暴れまわる気満々でいる冬嗣に瑚城が説教をする。
「また殴り合い? もう喧嘩はやめてよね!」
帝と冬嗣が揉め事を起こすのは日常茶飯事だ。
そのたびに二人は瑚城から口うるさく注意されるのだが、冬嗣が素直に聞くかどうかはそのときの気分の良し悪しによって左右される。
「瑚城、おりこうさんだから黙って協力してくれるん? おれに指図しないでもらいたいなあん。内臓破裂させちゃうよん」
口調はいたって穏やかだが、冬嗣は無表情のまま冷徹な視線を瑚城へと投げつけた。
この冬嗣の生意気な発言が癇に障ったのか、瑚城は手に持っていたトランプを地面に叩きつける。
「偉そうに言わないでよ! ボクは冬嗣のことを心配して言ってるのに!」
激怒した瑚城をルナが優しく宥めながら落ちつかせる。
瑚城の激昂は友達を思ってのことだ。それがわかるからこそルナは瑚城に加担し、威嚇するように冬嗣を睨みつける。
それに少しも怯む様子もなく、冬嗣は余裕の表情で笑っている。
誰よりも友達を大切にしている瑚城にルナはいつも味方する。
順平はどちらにもつかずに、トランプをかき集めてシャッフルさせている。
「二人ともやめろ」
帝が止めに入ると冬嗣は無邪気に笑いながら瑚城に抱きついた。
「瑚城、ゴメーン。悪気はないんだん。はい握手。仲直りしよん」
甘えん坊みたいな声で言った直後、冬嗣が握手を求めて瑚城に手を差し出した。
基本的に素直な瑚城ではあるが、今日ばかりは瑚城もねばる。
拗ねた瑚城はルナと順平の手を引いて隅っこに座り込んでしまった。
そんな瑚城を冬嗣は「どうでもいいや」と言ってほっとくことはしない。
「明日、瑚城のためだけに時間作るからん。おれとデートしよん。ね、瑚城、お願いだよん。機嫌なおしてよん。おれ、瑚城に嫌われたくないよん」
瑚城の目線と合わせるために冬嗣も座り込む。
やはり瑚城は仲間内での争い事は好まない。冬嗣とデートしたい気持ちには勝てそうになくて、瑚城は冬嗣のことをあっさりと許してしまう。
ピエロよりも巧みに笑う冬嗣が見せる素直さと優しさは本心からなのか計算されてのことなのかはわからないが、冬嗣も瑚城とのデートに胸踊らせていることはまぎれもない事実なのだ。
ひとまず一件落着したところで、帝は花苗をどう使おうかと模索する。
「どっちにしろ、このストーカー女は弥宵とモカコーヒーをここに誘き寄せるいい餌になる」
目視するのも難しいほどの速さで花苗の脇腹スレスレに帝の足蹴りが炸裂する。これによって花苗の心臓を極限までに弱らせた。
腰を抜かした花苗の髪を容赦なく引っ張ると嫌がる花苗を強引に立たせる。
魂を抜かれ、生きた心地のしないカラクリ人形と化してしまった花苗に帝が命令をくだす。
「たーっぷりと利用させてもらう。上手くいけばテメェは用済みだ! ここから逃げたかったら必死こいて演技しな。失敗したらただじゃおかねーからな!」
結歌璃に助けにきてもらいたい花苗ではあるが、ここに結歌璃が来たら結歌璃にまで危険が及ぶかもしれない。
親友にすがりたい反面、親友を巻き込みたくもないと思ってしまう。
そんな花苗を憐れんでいるかのように、カラスの鳴き声がどこまでも空高く木霊していた。