キィ、と軋むような音がして、視界が揺れる。
めぐみが、彩里の乗っているブランコを揺らしたのだ。こんなふうにして、むかし女友達と遊んだような気もするが、大好きだったはずのその子の名前は、思い出すことができない。
しかし、ゆらゆらと軽く前後に揺らされているうちに、波打っていた気分が凪いでいくのがわかる。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。やっていけるよ、きっと」
「なにが、大丈夫なんですか? めぐみさん。口先でごまかそうと……」
「確かに、おまじないみたいなものかもしれない。でもね、人の『願い』って、意外とすごいんだよ。理屈で割り切れないことでも、強い『願い』があれば。きっと、心配事は、うまくいくよ」
「……めぐみさんって、そういうこと言うキャラでしたっけ……?」
「意外性とか二面性? 妄想の余地があって、彩里ちゃん好きでしょ?」
うまく煙に巻かれている、という気がしたが、ブランコの上でゆったりと揺られているうちに、イベント後で、疲れていることを思い出していた。
めぐみはここでこれ以上この話題を詰めるつもりはないようだし、今日のところは早く家に帰って、休んだ方がいいのだろう。
明日は月曜。仕事だ。
「よくわかりませんけど、……宿題にして、解釈を考えます」
彩里はブランコを降りた。それが合図のように、ふたり揃って、公園の出口に向かって歩き出す。どちらともなくつないだ手は、あたたかかった。
住宅街の細い路地を歩きながら、彩里は『願い』のことを考える。
そして、ふと思ったことを、話し出した。
「そういえば。めぐみさん、私の新刊、褒めてくださってありがとうございました。でも、吹き出しは、泡沫のつもりでは描いていないんです」
「へえ。じゃあ、なんだろう?」
「……考えて、ください」
「ふうん。なるほど? 私にも宿題をくれる感じか」
めぐみは口端を持ち上げるようにして笑った。
少しだけ、仕返しになっていればいい。そう思いながら、彩里も笑い返した。
「好き。めぐみさん、 」
ふんわりと丸い吹き出しを描くのが、彩里はまんが作業の中でも特に好きだった。
いつからか彩里は生身の自分においても、風船を膨らませるつもりで息を吸い、吐いて、言葉を発している。
本当の『願い』は薄くて柔軟な膜に守られたまま、人の数だけ、意味や解釈が風船の上に貼られ、勝手に深読みされていく。
めぐみは、これから、彩里の半身にも近しいひと、ではなくなる。
できてしまった溝を埋めるため、不完全な言葉を、不完全だとわかりながらも数多く費やしていくしか、なくなってしまった。
時に泡沫のように消えるものがあったとしても、彩里が諦めない限り、贈り物は――続く。
風船は、ひみつも後ろめたさも、本当に大切な想いものせて、何度でも何度でも、大切なひとのところへ飛んで行くのだろう。
いつか、隔たりの崖を越えるまで。
了