(2)

 栞の手を握り、雨の中、学校へ向かう。
 梅雨入りが早かった今年は、六月に入ってから毎日雨が降り続いている。
 右手で傘を持ち、左手で栞の小さな手を握る。傘を少し傾けて栞を守る。
 歩くたびに、栞の呼吸が少し速くなる。俺と一緒にいるからだろう。
 ときおり、控えめに見上げてくる仕草が、手の温もりと重なり、愛おしさが募っていく。

 あの日、誓いを立てたあと、俺は「これからは栞の方から手を繋いでくれ」と言った。
 それからは、栞が毎日自分から俺の手を握るようになった。
 雨の日だって、肩が濡れることなんて気にならないくらい、栞が「英くん、手繋ごう」と言ってくれるのが嬉しかった。

 けれど最近、栞が手を繋いだままスマホをいじることが増えている。俺と話しているのに、またスマホだ。
 こんな天気なのに、何をそんなに見ているんだ?
 さすがに、スマホを取り上げて確認するほど俺も鬼じゃない。問い詰めるのはやめた。
 けど、もし蛇沼と連絡をしてるなら、それは裏切りだ。そうなれば俺も黙ってはいない。
 頭の中で雨音が重く響く。不安が膨らんでいく。探りを入れようと、さりげなく聞いてみることにした。

「昨日、蛇沼に会ったんだろ。何してたんだ?」
「……ゲームしてただけ」
「またか。好きって言われたんじゃないのか?」
「……言われても、流してるから」

 栞はスマホをいじりながら、淡々と答える。

「俺と話す気あるのか? スマホばっか見て」

 強めに言うと、栞は手を滑らせてスマホを落としそうになったが、すぐに持ち直した。

「友達……からなの」
「蛇沼じゃねえのか? 見せろよ」
「え……」

 栞はスマホを裏返し、胸に押し当てる。
 泣きそうな目で上目遣いをしてくる。顎がかすかに震えている。

「俺に嫌われるのが怖いんだろ?」

 栞は小さく頷く。うるんだ目で見ても、いつでも許されると思うなよ。

「俺はお前と手を繋いで、傘まで差してやってるんだ。もう少し彼氏を気遣えよ」

 栞は小さな声で「ごめんなさい」と謝るが、どこか軽く感じた。
 心から謝っているのか、ただ俺をなだめようとしているのかわからない。
 雨音がぽつぽつと混じっていたせいかもしれないが、どちらにしても気に入らない。
 弱々しいのに、たまに見せる反抗的な態度が俺を苛立たせる。守ってやらなければ何もできないくせに、何様だと思っているんだ。
 また蛇沼のことが頭に浮かび、つい毒を吐いてしまう。

「蛇沼ってまだゲームするくらい元気なんだな。余命一年だろ。寝たきりになるんじゃねえのか?」

 栞がびくっと反応し、体が硬直した。

「おい、下向いてんじゃねえよ。顔を上げて答えろ」

 強めに言うと、栞は俺を見上げ、ゆっくりと口を開く。

「進行が遅い病気で、最後の一ヶ月で急変するんだって……」
「早く急変して死ねばいいのに」
「言っちゃダメだよ……」
「何がダメだよ。蛇沼が死ねば、お前と遠慮なく深く愛し合えるんだろ? 誓ったよな、『英くんと深く愛し合います』って。録画してあるからな」

 栞の顔が一瞬強ばり、すぐに俯いた。胸にスマホを抱き込んで、小さく丸まっている姿が、まるで何かにすがっているように見えた。なんとなく、強引に迫ればいけるんじゃないかと思ってしまい、全身がピリピリとする。

「うん……」

 え? マジにそう思ってるのか? 恥じらう栞を見て、にやつくのが止まらない。

「今すぐ毒が回って死ねばいい。お前を完全に俺のものにして包んでやる」
「……やめて。そんなこと言わないで」

 チッ、急に態度変えんなよ。

「お前、今日はよく俺に刃向かうな」

 強く手を握り締めると、栞はピタリと動きを止め、肩が小さく上下している。

「もっと痛い目に遭いたいのか? 俺を裏切るとどうなるか、わかってんだろ?」
「……怖い、よ……」
「いや、お前が悪いんだ。許してほしかったら、ちゃんと謝れ」
「……ごめん、なさい」

 栞は顔を伏せたまま、小さく謝る声が聞こえた。
 雨が降り続いている。気持ちが沈む中、怒りたくもないが仕方がない。

「今日は動画の収録がある。絶対に来いよ。俺が来るまで教室で待っとけ」
「うん……」

 夕方六時、俺が考案した「モッツァレラ丸ごと塩ラーメン」の収録がある。
 栞に俺の凄さを見せつけ、世間にこいつが俺の女だと知らしめる絶好のチャンスだ。