朝九時、栞の家に着くと奈緒さんに案内されて居間に通された。
座布団にあぐらをかいて待っていると、栞が現れた。
ピンクのワンピースが目に留まる。肩がふんわりしていて、胸元が四角く開いている。
いつもと全然違う感じだ。俺は無意識に目がそこに引き寄せられた。
――やけに色っぽいな。普段はこんな格好しないのに……。
栞はいつもパーカーとかジーンズで、もっとラフな感じだろう?
それが今日は全然違う。こんなに露出した服、栞には珍しい。
目のやり場に困るくらい、白い肌が目立っている。
「その服……なんか、すげーいい」
思わず口に出してしまった。
栞は何も答えず、軽く肩をすぼめて視線をそらすだけ。
胸元の生地を無意識に引っ張る仕草をしている。肌の露出を隠そうとしているかのようで、逆にそれが目を引く。ドキッとした。
なんだか落ち着かない感じだな……でも、恥ずかしがってるだけだろ。
何も言わず、栞の手を取ると冷たくて、少し震えていた。
栞の手がかすかに動いたが、俺は指を全部絡ませてしっかり固定した。
そうしたら、栞はもう動かなくなった。きっと、安心しているんだろう。
奈緒さんがスマホを構え、「形を残すために撮るね」と告げる。
俺は頷き、栞をじっと見つめた。
「なあ、栞。俺、怒んないから、ちゃんと話して」
「……うん」
かすれた声で返事をするが、顔を上げない。
「ちゃんと顔を見て話そうぜ」
囁くと、栞はゆっくり顔を上げた。
指と指の間にわずかに力が入るのがわかった。
唇が震え、目が合った瞬間、栞の瞳が揺れている。
ふいに上目遣いで俺を見つめてくる。忠実な愛犬みたいで、いじらしくてたまらない。
「ちゃんと決めよう。俺とお前、これからもずっと一緒にいるんだからさ。栞、ボランティア……ホスピスには、これからも行くつもりか?」
栞は小さく頷いた。指を通して、わずかな緊張が伝わってくる。
「どうして行くんだ?」
「……病気で困ってる人の力になりたいから」
その声はか細く震えていたが、嘘をついているようには見えなかった。信じられる気がした。
「じゃあ、蛇沼摩夜のこと、どう見てるわけ? 男か?」
「違う……ただ、かわいそうな病人だよ」
「でも、あいつから好きって言われただろ? あれは?」
「……病気でパニックになってるだけ」
「パニックになったら、何でも応じるのか?」
「応じないよ……ちゃんと、できることとできないことは言ってるから」
無理があるように感じた。どういうつもりだ?
不思議に思いながらも、栞の揺れる瞳を見れば、「捨てられたくない」「ごめんなさい」と訴えているのが自然とわかる。だから俺は、少し寛容になってやろうと思った。
「お前が好きな男は俺だけで、他の男は絶対好きにならないって誓えるか?」
「……うん、誓う」
「ちゃんと声に出して」
「……英くん以外の人を好きになりません。英くんが好きです」
栞は震える唇で、慎重に言葉を紡いだ。指先から力が抜け、無力さが伝わってくるが、それも俺への想いがあふれている証拠だ。
よかったな、栞。俺は他の女なんて興味ない。お前だけを見て、お前だけを愛する。
でも、その前に教えてやらないといけないことがある。
「お前が俺を好きなのはわかってる。けど、蛇沼に好かれてるのが気に入らない。お前にその気がなくても、触れられるのが嫌なんだよ。トラウマも……あるだろ? 俺以外の男に触れられるなんて、ありえない」
栞の肩がピクリとこわばった。白い肌が緊張でピンと張っている。
「……触れられてないよ」
「嘘だ。肩を貸してただろ」
「あれは……今回だけ。調子が良かっただけで、普段は座ってるかベッドで寝てる。何かあればケアスタッフさんや看護師が対応してくれるし、わたしは……話し相手かゲームをするくらい」
泣きそうな声で言葉を選ぶ。
奈緒さんが「証拠」を残してくれているから、大目に見てもいいだろう。
「信じるから、裏切るなよ」
そう言って栞の手を強く握ると、震える声で「誓い、ます」と答えた。
「裏切ったら、許さねえから」
「はい……」
弱々しいが、しっかりと頷いていた。
奈緒さんが「次は英くんの番よ」と促す。カメラはそのまま、俺たちを映している。
「俺も、お前が好きだ。めちゃくちゃ好きだ」
「……うん」
「まだ早いけど、卒業したら大学に通いながらチーラボの専務になる。専務になったら、俺と結婚してくれ」
言葉に出すと、栞との未来が急に現実味を帯びてきた。
栞は返事をしようとしているのか、呼吸が整うまで少し間があった。
胸がゆっくり上下し、ピンクのワンピースが膨らんだり縮んだりする。肌に生地が密着し、その動きがやたら目を引く。
「はい……英くんのお嫁さんにしてください」
ぎこちなく言葉を発する栞。それでも、その純粋な気持ちがまっすぐに心に響いてくる。
「絶対に結婚しような」
「うん……」
奈緒さんが「おめでとう」と笑って祝福してくれた。
俺は軽く頭を下げて、再び栞を見つめる。真剣な声で続けた。
「蛇沼に同情して接触してるのは認める。でも、あいつは一年後には死ぬ。正直、その一年はきついけど、お前がボランティアとして関わってるだけだって信じてるから待ってやる。その間に、ちゃんと心の準備をしてくれ。俺は、お前ともっと深く繋がりたい」
栞は涙を浮かべながら、小さく頷いた。
「声に出して、誓って」
「はい……英くんと、深く……愛します」
途切れがちな言葉だったが、栞は確かに誓った。
「一生、愛し合おうな」
栞は小さく頷いて、泣きながら俯いた。
まるで衰弱した小鳥のようだ。俺が手を差し伸べなければ、どこにも行けずに壊れてしまう。
俺だけが守ってやれる存在で、その儚さがたまらない。
座布団にあぐらをかいて待っていると、栞が現れた。
ピンクのワンピースが目に留まる。肩がふんわりしていて、胸元が四角く開いている。
いつもと全然違う感じだ。俺は無意識に目がそこに引き寄せられた。
――やけに色っぽいな。普段はこんな格好しないのに……。
栞はいつもパーカーとかジーンズで、もっとラフな感じだろう?
それが今日は全然違う。こんなに露出した服、栞には珍しい。
目のやり場に困るくらい、白い肌が目立っている。
「その服……なんか、すげーいい」
思わず口に出してしまった。
栞は何も答えず、軽く肩をすぼめて視線をそらすだけ。
胸元の生地を無意識に引っ張る仕草をしている。肌の露出を隠そうとしているかのようで、逆にそれが目を引く。ドキッとした。
なんだか落ち着かない感じだな……でも、恥ずかしがってるだけだろ。
何も言わず、栞の手を取ると冷たくて、少し震えていた。
栞の手がかすかに動いたが、俺は指を全部絡ませてしっかり固定した。
そうしたら、栞はもう動かなくなった。きっと、安心しているんだろう。
奈緒さんがスマホを構え、「形を残すために撮るね」と告げる。
俺は頷き、栞をじっと見つめた。
「なあ、栞。俺、怒んないから、ちゃんと話して」
「……うん」
かすれた声で返事をするが、顔を上げない。
「ちゃんと顔を見て話そうぜ」
囁くと、栞はゆっくり顔を上げた。
指と指の間にわずかに力が入るのがわかった。
唇が震え、目が合った瞬間、栞の瞳が揺れている。
ふいに上目遣いで俺を見つめてくる。忠実な愛犬みたいで、いじらしくてたまらない。
「ちゃんと決めよう。俺とお前、これからもずっと一緒にいるんだからさ。栞、ボランティア……ホスピスには、これからも行くつもりか?」
栞は小さく頷いた。指を通して、わずかな緊張が伝わってくる。
「どうして行くんだ?」
「……病気で困ってる人の力になりたいから」
その声はか細く震えていたが、嘘をついているようには見えなかった。信じられる気がした。
「じゃあ、蛇沼摩夜のこと、どう見てるわけ? 男か?」
「違う……ただ、かわいそうな病人だよ」
「でも、あいつから好きって言われただろ? あれは?」
「……病気でパニックになってるだけ」
「パニックになったら、何でも応じるのか?」
「応じないよ……ちゃんと、できることとできないことは言ってるから」
無理があるように感じた。どういうつもりだ?
不思議に思いながらも、栞の揺れる瞳を見れば、「捨てられたくない」「ごめんなさい」と訴えているのが自然とわかる。だから俺は、少し寛容になってやろうと思った。
「お前が好きな男は俺だけで、他の男は絶対好きにならないって誓えるか?」
「……うん、誓う」
「ちゃんと声に出して」
「……英くん以外の人を好きになりません。英くんが好きです」
栞は震える唇で、慎重に言葉を紡いだ。指先から力が抜け、無力さが伝わってくるが、それも俺への想いがあふれている証拠だ。
よかったな、栞。俺は他の女なんて興味ない。お前だけを見て、お前だけを愛する。
でも、その前に教えてやらないといけないことがある。
「お前が俺を好きなのはわかってる。けど、蛇沼に好かれてるのが気に入らない。お前にその気がなくても、触れられるのが嫌なんだよ。トラウマも……あるだろ? 俺以外の男に触れられるなんて、ありえない」
栞の肩がピクリとこわばった。白い肌が緊張でピンと張っている。
「……触れられてないよ」
「嘘だ。肩を貸してただろ」
「あれは……今回だけ。調子が良かっただけで、普段は座ってるかベッドで寝てる。何かあればケアスタッフさんや看護師が対応してくれるし、わたしは……話し相手かゲームをするくらい」
泣きそうな声で言葉を選ぶ。
奈緒さんが「証拠」を残してくれているから、大目に見てもいいだろう。
「信じるから、裏切るなよ」
そう言って栞の手を強く握ると、震える声で「誓い、ます」と答えた。
「裏切ったら、許さねえから」
「はい……」
弱々しいが、しっかりと頷いていた。
奈緒さんが「次は英くんの番よ」と促す。カメラはそのまま、俺たちを映している。
「俺も、お前が好きだ。めちゃくちゃ好きだ」
「……うん」
「まだ早いけど、卒業したら大学に通いながらチーラボの専務になる。専務になったら、俺と結婚してくれ」
言葉に出すと、栞との未来が急に現実味を帯びてきた。
栞は返事をしようとしているのか、呼吸が整うまで少し間があった。
胸がゆっくり上下し、ピンクのワンピースが膨らんだり縮んだりする。肌に生地が密着し、その動きがやたら目を引く。
「はい……英くんのお嫁さんにしてください」
ぎこちなく言葉を発する栞。それでも、その純粋な気持ちがまっすぐに心に響いてくる。
「絶対に結婚しような」
「うん……」
奈緒さんが「おめでとう」と笑って祝福してくれた。
俺は軽く頭を下げて、再び栞を見つめる。真剣な声で続けた。
「蛇沼に同情して接触してるのは認める。でも、あいつは一年後には死ぬ。正直、その一年はきついけど、お前がボランティアとして関わってるだけだって信じてるから待ってやる。その間に、ちゃんと心の準備をしてくれ。俺は、お前ともっと深く繋がりたい」
栞は涙を浮かべながら、小さく頷いた。
「声に出して、誓って」
「はい……英くんと、深く……愛します」
途切れがちな言葉だったが、栞は確かに誓った。
「一生、愛し合おうな」
栞は小さく頷いて、泣きながら俯いた。
まるで衰弱した小鳥のようだ。俺が手を差し伸べなければ、どこにも行けずに壊れてしまう。
俺だけが守ってやれる存在で、その儚さがたまらない。