そう――あのとき、ママは「いい子」って言ってくれたんだ。


 ママを信じて進むしかない。


 ふっと、風が頬を撫でた気がする。
 長いあいだ、想いに浸っていた。


 わたしは今、英斗に招待されてスカイリゾートに来ている。

 どうして、こんなぼんやりしている場合じゃないのに……。
 どうして、こんな気持ちになっているんだろう。

 バタン……コテージのドアが閉まる音が、夜の静けさを引き裂いた。

 木陰に隠れて身を縮める。額に滲んだ汗を、そっとハンカチで拭った。

 ザザッ……砂利を踏む足音が近づいてくる。心臓の鼓動に合わせるように響く。

 すぅ、はぁ、と、乱れた息を整える。
 地面に手をつき、じっと気配を消す。冷たい草が肌に触れ、体が引き締まる。
 汗を拭ったハンカチがふわりと浮いた気がしたけれど、今は目を閉じて、耳を澄ます。

 ゲコゲコ……カエルの鳴き声。パタパタ……蛾が羽ばたく音がまとわりつく。
 気持ち悪い。でも、虫なんか気にしている場合じゃない。
 目の前には、巨大な山がそびえ、冷たい星の光が広がっている。
 自然に見透かされている気がして、足が地に沈むように重い。
 手を握りしめ、震える指先にさらに力を込めた。

 怖い。でも、やるしかない。

 茂みに身をかがめて、一歩、また一歩、ゆっくり進む。
 ザザッ……耳に響く足音に合わせて、もう一歩。少しだけ早く。
 ポケットの中の小さなものがコツンと触れた感触が、かすかに心を落ち着かせる。
 反対のポケットでは、もっと大きなものがゴソリと動いた。

 大丈夫……大丈夫だよね……。

 自分に言い聞かせるけど、胸の中はざわついている。
 星たちが「急げ」と囁いているようだ。
 唇を強く結び、決意を固める。

 進むしかない。信じている。彼は待っている。
 彼だけじゃない。
 わたし自身、そして――ママのためにも。