家に帰ったあと、ママの機嫌は上々だった。
 わたしが英斗の彼女として、何も言わずに撮影に協力したからだ。
 お風呂から上がると、居間に誘われ、ハーゲンダッツのアイスが用意されていて、何かのお祝いのような楽しげな空気が漂っていた。

 でも、わたしの中にくすぶっている不満は消えなかった。
 気づけば、ママの前でもムスッとした顔になっていた。
 ママが撮影を褒めてくれても、わたしは無言でスマホを見つめ続けるだけ。
 摩夜くんからの返事を待ち続けて、やっと届いたメッセージを確認して唖然とした。

『雑音が多くて、イマイチだね』

 まさかのダメ出し。心の中で叫びたくなる。
 英斗に耐えながら、痛い思いをして必死に録音した音声なのに、もっと優しくフォローしてくれてもいいんじゃない?
 これは決定打になると思っていたのに、イマイチだなんて言われたら、また危険を冒して録り直さなきゃならないの?

 どうしようもなく追い詰められる気がした。


 ねぇ、みんな、どうしてわたしをいじめるの? 苦しいよ。

 スマホの画面がスリープして暗くなり、わたしの顔が映り込んだ。
 ぐしゃぐしゃになっているのが見える。もっとかわいかったはずなのに……。
 自分の思い違いなの? 何なのよ……!
 ぶつけようのないストレスと戦いながら見つめていると、画面にかすかに影が映った。
 後ろを振り向くと、ママがじっとスマホを覗き込んでいた。

「何を隠してるの?」

 わたしは目を丸くし、あわあわと震えた。
 ママは不敵に笑い、首を傾げながらスッと手を伸ばして、スマホを奪い取った。
 ハッとしたわたしは「返して!」と叫び、ママに迫る。

 けれど、ママは思いっきりわたしの手を払いのけた。じんじんと痛みが広がる。
 ママに叩かれた瞬間、頭が真っ白になった。
 すべてが終わったと思った。

 ママは無言でスマホの画面に集中し、摩夜くんに送った音声データが再生される。
 まるでゲームオーバーのあとにも物語が続いているみたいで、現実を見たくなくなり、膝を抱えて体を小さく丸めた。
 もう、嫌だ……。

 膝に顔をうずめて目を閉じると、浮かんでくるのは英斗の顔。
 もし摩夜くんとの計画が崩れたら、英斗にすべてを支配される未来しかない。
 あんなやつに触れられるなんて……キスとか、エッチとか、したくないよ。
 そんな未来しかないなら――いっそ、死んだ方がましだ。

 静けさの中で、ママが「栞」と静かにつぶやく。
 時間が止まったように、すべてが凍りつく。

 そして、ママは一言だけ、囁いた。

「いい子」

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