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 ――時計が五時を過ぎ、わたしは英斗の隣に座っていた。
 会議室では、ママが社長に向けてビジネスの話をしている。
 内容は何も耳に入ってこない。胸の奥には重い塊が沈んでいくような感覚だけが残っていた。

「果歩子と彩絢を呼んだけど、断られたんだよな」

 社長が奥さんたちの名前を口にしたとき、確信した。
 社長には、ママに対する興味なんてそもそもなくて、ただの社員としてしか見ていなかった。
 ママの言う略奪愛や結婚なんて、夢みたいな話は最初から現実じゃなかったんだ。
 社長が奥さんに向ける感情があまりにもはっきり見えて、かすかに抱いていたママと社長が再婚するプランは完全になくなった。

 ――ううん、そんなの初めから当てにしてない。
 わたしには摩夜くんがいる。彼が言う通りにすれば、きっと助かる。そう信じていた。

 それなのに、こんなにも弱気になってしまうのは、摩夜くんからの返事がないせいだ。
 不安が募り、手のひらにはじっとりと汗が滲んでいくのがわかった。

 そのとき、英斗がわたしの手を握ってきた。汗を感じ取ったのか、「汗、すごいな。ビビってんの?」と神経を逆撫でするように笑って言ってきた。  

 心の底から「死ねばいいのに」と思った。
 ナイフで刺し殺してやりたい。

 お前はわたしが何に怯えているのか、何もわかっていないくせに。
 そんなクズに何も言い返せず、ただ下を向いてやり過ごすしかなかった。
 ユーチューブの撮影は、すべてが霞んで覚えていない。