**

 六月。

 雨の日の登校時間。わたしは空いた手でスマホを持ち、画面をチラチラ見る。

 英斗の目が手元を追っているのが、肌でじわりと感じた。

 体が強ばり、言葉が出ない。表情を崩さず、普段通りを装う。
「友達から」と嘘をつき、スマホを離さない。


 冷たい雨の中、無理やり相合傘に引き込まれ、片手は強く握られたまま。

 爪がじわじわと食い込む痛みが広がるけど、じっと我慢するしかない。
 スマホの画面に目を落とし、ボイスレコーダーが動いているのを確認する。

 雨音が邪魔で、英斗の声がうまく録れているかわからない。

 それでも、スマホをわずかに英斗の方へ向け、声を拾おうとする。

 手が滑りそうになり、急いで持ち直した。

「見せろ」と言われたけど、画面を胸に押しつけてごまかす。

 英斗は顔をしかめたが、手は出してこなかった。
 代わりに、「死ねばいいのに」と、摩夜くんへのひどい言葉を次々と吐いた。
 聞いていたくなかったけど、わたしはしたたかに、録音を続けた。
 きっとこれも証拠になる。いつか、英斗に復讐するための武器になる。

「誓ったよな、『英くんと深く愛し合います』って。録画してあるからな」

 耳元で囁かれて、息が詰まった。顔を伏せ、英斗のにやけた顔を見ないようにする。
 気に入らなかったのか、握る手がさらに強くなり、だんだん感覚が麻痺していく。
 英斗がわたしを疑っているのはわかっている。摩夜くんとの関係を勘ぐっているのかもしれない。
 それでも、わたしは「従順な彼女」を演じ続けるしかない。

「ごめんなさい」と繰り返し、ただ無害で無力な存在としてそこにいる。
 今のわたしにできる唯一の方法だから。