翌日――。
誓いを立てさせられたあと、耐えきれずに体調が悪いと〝本音〟を言って、なんとか英斗を帰らせた。
吐き気がこみ上げて、トイレに駆け込んだ。
時計を見ると、まだ十一時前。何度も手を洗ってみたけれど、気持ち悪さが消えない。
心の奥にこびりついている重たい不快感が離れてくれない。
ママが優しく「大丈夫?」と声をかけてきたけれど、その声が耳に障る。
顔を見たくなくて、すぐに部屋へ駆け込み、ドアを閉めて鍵をかけた。
布団にくるまり、体をぎゅっと抱きしめる。
布団の中は、水色の生地に星が散りばめられていて、外の光でぼんやり浮かび上がっていた。
ママが「これを着るの」とピンクのスクエアネックのワンピースを差し出してきた。
渋々着てみると、「お姫様みたいにかわいいわ」と大袈裟に喜んでいた。
お姫様というより、あざとい女子って感じで、すぐにでも着替え直したかったけど、ママの圧が見えないところからじわじわとかかってきて、そのまま英斗に見せるしかなかった。
ネックラインが緩くて、あいつは覗き込むように鼻息を荒くしながらガン見してきた。もう消えたくなった。
英斗は無言で手を握ってきた。ごつごつして湿った手に掴まれた瞬間、逃げられないし、動けなくなる。
全身があいつに支配されるような感覚が広がって、ぞっとした。
あいつはわたしを「大事にしている」と本気で思っているのかもしれないが、勘違いも甚だしい。
視線も、手の触れ方も、すべてがじわじわと蝕むようで、わたしを「もの」としてしか見ていないのが、はっきりわかってしまった。
無理やり言わされた『英くんが好きです』も、『英くんのお嫁さんにしてください』も、すべてが嘘。
どれも、従わなければならない義務のように感じて、わたしの心なんて、そこにはなかった。
苦しいよ。
ママに従ってさえいれば、すべてがうまくいくと信じていたのに、今のわたしは、不幸になるために嘘をついている。どうしてこんなふうになってしまったんだろう。
ふと、摩夜くんの笑顔が浮かぶ。優しくて、いつもわたしのことを気にかけてくれる。
病室で、英斗やママのことで押し潰されそうだったときも、無理に励まそうとはせず、ただそばにいて、どうすればいいのかを教えてくれた。
摩夜くんは、余命一年しかないのに、あんなに優しくしてくれた。彼の存在がわたしを救ってくれる。
スマホを握りしめる。指先が冷たく、かすかに震えているのがわかる。
今すぐ摩夜くんに連絡したい。英斗にされたこと、ママに助けてもらえなかったこと……全部話したい。
でも、怪しまれるかもしれない。我慢しなきゃ。
そんなとき、スマホがかすかに振動した。英斗からかもしれない。
心臓がずきんと痛む。でも違った。摩夜くんからだった。
『大丈夫だった?』
短いメッセージが届いた。心が不思議と軽くなる。摩夜くんがわたしを気にかけてくれている。
それが嬉しくて、胸がふわっと弾む気持ちになった。
「録音はバレなかったよ」と送ると、すぐに『頑張ったね』と返ってきた。
目に涙があふれそうになった。摩夜くんの存在が、わたしを支えている。
猫のキャラがお辞儀をするスタンプを返すのが精一杯だった。
絶対にくじけちゃいけない。摩夜くんがいる限り、まだ終わっていない。
自分を守るためにも嘘をついて、摩夜くんのために頑張らなきゃいけない。
スマホをぎゅっと握りしめた。冷たかった手が少しずつ温かくなる。
布団の中、柔らかい星の模様がぼんやりと浮かび上がる。
心の中にも、小さな光が少しだけ灯っているように感じた。
外から物音が聞こえた。ママが心配そうに声をかけてくる。
「栞、大丈夫? お昼ご飯、何か食べられそうなものある?」
ママの声を聞いた瞬間、顔が緩んだ。わたしを心配してくれているママがいる。
つらいことをたくさんさせられてきたけれど、やっぱりママが好きだ。
だけど、わたしはもう、ママの言う通りにはならない。
ママに嘘をつき続ける。
それでも、必ずママと一緒に幸せになる。
そのために、英斗を脅して、わたしは勝つ。
涙を拭い、胸の中で決意を固めた。
摩夜くん、ありがとう。わたし、負けない。
誓いを立てさせられたあと、耐えきれずに体調が悪いと〝本音〟を言って、なんとか英斗を帰らせた。
吐き気がこみ上げて、トイレに駆け込んだ。
時計を見ると、まだ十一時前。何度も手を洗ってみたけれど、気持ち悪さが消えない。
心の奥にこびりついている重たい不快感が離れてくれない。
ママが優しく「大丈夫?」と声をかけてきたけれど、その声が耳に障る。
顔を見たくなくて、すぐに部屋へ駆け込み、ドアを閉めて鍵をかけた。
布団にくるまり、体をぎゅっと抱きしめる。
布団の中は、水色の生地に星が散りばめられていて、外の光でぼんやり浮かび上がっていた。
ママが「これを着るの」とピンクのスクエアネックのワンピースを差し出してきた。
渋々着てみると、「お姫様みたいにかわいいわ」と大袈裟に喜んでいた。
お姫様というより、あざとい女子って感じで、すぐにでも着替え直したかったけど、ママの圧が見えないところからじわじわとかかってきて、そのまま英斗に見せるしかなかった。
ネックラインが緩くて、あいつは覗き込むように鼻息を荒くしながらガン見してきた。もう消えたくなった。
英斗は無言で手を握ってきた。ごつごつして湿った手に掴まれた瞬間、逃げられないし、動けなくなる。
全身があいつに支配されるような感覚が広がって、ぞっとした。
あいつはわたしを「大事にしている」と本気で思っているのかもしれないが、勘違いも甚だしい。
視線も、手の触れ方も、すべてがじわじわと蝕むようで、わたしを「もの」としてしか見ていないのが、はっきりわかってしまった。
無理やり言わされた『英くんが好きです』も、『英くんのお嫁さんにしてください』も、すべてが嘘。
どれも、従わなければならない義務のように感じて、わたしの心なんて、そこにはなかった。
苦しいよ。
ママに従ってさえいれば、すべてがうまくいくと信じていたのに、今のわたしは、不幸になるために嘘をついている。どうしてこんなふうになってしまったんだろう。
ふと、摩夜くんの笑顔が浮かぶ。優しくて、いつもわたしのことを気にかけてくれる。
病室で、英斗やママのことで押し潰されそうだったときも、無理に励まそうとはせず、ただそばにいて、どうすればいいのかを教えてくれた。
摩夜くんは、余命一年しかないのに、あんなに優しくしてくれた。彼の存在がわたしを救ってくれる。
スマホを握りしめる。指先が冷たく、かすかに震えているのがわかる。
今すぐ摩夜くんに連絡したい。英斗にされたこと、ママに助けてもらえなかったこと……全部話したい。
でも、怪しまれるかもしれない。我慢しなきゃ。
そんなとき、スマホがかすかに振動した。英斗からかもしれない。
心臓がずきんと痛む。でも違った。摩夜くんからだった。
『大丈夫だった?』
短いメッセージが届いた。心が不思議と軽くなる。摩夜くんがわたしを気にかけてくれている。
それが嬉しくて、胸がふわっと弾む気持ちになった。
「録音はバレなかったよ」と送ると、すぐに『頑張ったね』と返ってきた。
目に涙があふれそうになった。摩夜くんの存在が、わたしを支えている。
猫のキャラがお辞儀をするスタンプを返すのが精一杯だった。
絶対にくじけちゃいけない。摩夜くんがいる限り、まだ終わっていない。
自分を守るためにも嘘をついて、摩夜くんのために頑張らなきゃいけない。
スマホをぎゅっと握りしめた。冷たかった手が少しずつ温かくなる。
布団の中、柔らかい星の模様がぼんやりと浮かび上がる。
心の中にも、小さな光が少しだけ灯っているように感じた。
外から物音が聞こえた。ママが心配そうに声をかけてくる。
「栞、大丈夫? お昼ご飯、何か食べられそうなものある?」
ママの声を聞いた瞬間、顔が緩んだ。わたしを心配してくれているママがいる。
つらいことをたくさんさせられてきたけれど、やっぱりママが好きだ。
だけど、わたしはもう、ママの言う通りにはならない。
ママに嘘をつき続ける。
それでも、必ずママと一緒に幸せになる。
そのために、英斗を脅して、わたしは勝つ。
涙を拭い、胸の中で決意を固めた。
摩夜くん、ありがとう。わたし、負けない。