翌朝、英斗がドタキャンのことでしつこく責めてくるかと思ったけれど、意外にも大したことは言われなかった。
 わたしの手を放さず、指先を弄ぶように触れながら「俺、普通の高校生じゃないんだぜ」と自慢話を続けてきて、うんざりしつつも少しほっとしていた。

 安心したのも束の間、「ユーチューブの宣伝動画に出ろ」と言われたとたん、血の気が引いた。
 なんとか断ろうと抵抗したけれど、ママの名前を出されてしまい、結局、拒むことができなかった。
 ポケットの中でスマホが気になる。ボイスレコーダーがちゃんと動いているか、確認したくて仕方がない。
 今は英斗のモラハラを少しずつ証拠にしている。これを使って、いつか別れる。それしかない。

「ボランティアで男と絡んでんの?」と英斗が問い詰めてきた。

 ドキッとしたけど、すぐに平常心を取り戻した。録音がバレたわけじゃない。
 たぶん、松永さんか雪野さんが摩夜くんのことを話したんだ。
 俯きながら、弱々しい声を作って答える。

「えっ……そんなことないよ」

 英斗の顔が不機嫌にゆがんでいる。

「じゃあ、俺に隠してまで何してたんだよ」
「……ごめんなさい」

 舌打ちが聞こえた。わたしは怯えたふりをして顔を伏せ、スマホをちらりと見る。
 ボイスレコーダーはちゃんと動いている。もっとひどいことを言ってくれればいい。早く証拠を集めて終わらせたい。
 急に手を強く握られた。ただの強いだけじゃなく、痛がらせて従わせようとする意図がある。
 最低なやつ。どうして彼女にこんなことができるの? 
 本当に嫌だ。でも、今は耐えるしかない。

「もう、ボランティアやめろよ」

 英斗を揺さぶろうと、わたしは大きく目を見開き、上目遣いで見つめた。心を揺らして、そこから突き落とすつもりで煽る。

「でも、英くんが許してくれたよね……」

 英斗の額に青筋が浮かんでいる。怖いよ、やめたい。
 でも、モラハラの証拠を取るチャンスだ、もっと煽れって思いがぶつかり合う。

「男がいるなんて聞いてねぇし、すぐやめろ」
「……そんなふうに見てないよ。病気で大変な子に〝求められてる〟から……人として、ボランティアしてるだけで……」

 皮肉を込めて返すと、英斗の手が少し緩んだ。
 顔を少しだけ上げて見ると、考え込んでいるようだった。

「ホスピス、俺も行くから。そいつに話をつける」
「え……どうして?」
「彼氏なんだから当たり前だろ」

 荒々しい口調で英斗は言った。
 本当に小さいやつだ。人の領域にずかずかと踏み込んで、わたしが本当に大切にしているものなんて、何もわかってない。ただわたしを支配したいだけで、感情なんて完全に無視している。クズだ。