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 英斗の束縛は、日に日に強くなっていった。

 あいつにとって、わたしは特別な存在みたいだけど、執着は過剰で息苦しい。

 わたしの気持ちは冷めたままなのに、英斗はどんどん深みに嵌っていく感じがする。

 ただの「形だけの彼氏」でしかないのに、英斗はわたしを必死で求めてくる。

 夏休みも、毎日のように会うことを求められた。予定を入れようとすると、「俺と会うのが先だろ」と怒られて、結局予定を変更させられるばかり。

 幸い、手を繋ぐ以上のことはなかったけど、会うたびにその場から離れたくなる気持ちが強くなっていった。

 メッセージも途切れることがなく、朝から夜まで、わたしを追いかけるようにスマホが鳴り続ける。画面が光るたびに、胸がぎゅっと痛んだ。

 よく写真を欲しがられて、応じると少しの間だけ静かになるから、何枚も自撮りして送っていた。

 自由がみるみる奪われていく感じがして、もう本当にしんどい。まるで鳥かごに閉じ込められたみたいだ。

 英斗に言われて、サッカー部のマネージャーも結局辞めることになった。
 次にどんな部活に入ろうか考えていると、「男子がいる部はダメだ」「地味な女子だけの部にしろ」なんて、馬鹿げた条件を押し付けられる。
 さらに「お前、あんな派手なグループにいないで、もっと地味な連中と一緒にいろよ」って、友達にまで口出ししてくる。
 何様のつもり? 本当に意味がわからない。
 さすがに聞き返してみたら、「俺は栞だけを見てるのに、お前は違うなんて不公平だろ」とか言い出す。

 もう面倒くさくなってきて、二学期が始まると同時に、グループをさっと抜けた。

 文化祭でたまたま同じ班になった松永琴音さんと雪野一華さん、この二人と一緒に過ごすようになった。

 二人とも、見た目はとにかく地味。
 松永さんは小さくて、細い目がどこを見ているかわからないくらいぼんやりしている。

 手入れされていないぼさぼさの眉に、小さくて目立たない鼻、薄い唇。無表情が基本で、面長な顔はどこかぼやけて見える。

 雪野さんはぽっちゃりしていて、腫れぼったいまぶたが特徴的。太い眉に大きな鼻、厚い唇に大きな口。丸顔で、顔はいつも少し赤い。痩せてもあまり変わらないんじゃないかと思う。
 二人とも髪を同じように束ね、メイクなんてしない。休み時間には教室の隅で小さな声で話していて、男子たちの目にはまったく留まらない。
 言い方悪いけど、スクールカーストの最底辺って感じ。
 きっと英斗も何も言わないだろう。
 案の定、「まあ、いいんじゃね」って、あっさりした反応だった。やっと少し自由になれた気がした。

 わたしから積極的に二人に声をかけた。
 松永さんが「乙黒さん、大丈夫?」なんて聞いてくるけど、何が「大丈夫」なのか全然わからない。
 正直、わたしだって仕方なくこの二人と一緒にいるだけ。
 英斗に見張られているから、男子が絡まない子としか付き合えないんだ。

「うん、琴音ちゃんも一華ちゃんも、文化祭楽しかったし、これからもよろしくね」って、笑顔で返した。

 すると、雪野さんが勢いよく「じゃあ、栞って呼んでいい?」って、太い体を前のめりにしてくる。

「きっつ……」

 思わず口に出た。固まった二人を見て、慌てて笑顔を作り直して、「あ、制服がきついなって思ってね。ダイエットしなきゃ」と、ごまかした。
 馴れ馴れしく「栞」と呼ばれるのが嫌だった。
 だから、適当に「乙ちゃんとか、苗字で呼ばれることが多いかな?」ってやんわり断った。

 乙黒なら、パパの名前だからまあ気にしない。

 二人はボランティア部に所属しているらしい。

 三年生はみんな辞めて、今はこの二人だけの部活みたい。
 そんな部活があることすら知らなかったけど、入れるなら入りたかった。

 英斗に報告すると「好きにすれば」と渋々承諾された。ようやくあいつから少しだけ離れられる場所ができた。
 ボランティア活動は、地域のゴミ拾いや老人ホームでの交流会が中心。
 全然楽しいとは言えないけど、英斗がいない場所があるだけで助かっている。
 少しでも自由になれたらいいな、と思っていた。

 この部活に入ったことで、わたしの人生がどう変わるかなんて、このときはまだ全然わからなかった。