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 春休みに入ってすぐ、問題が起きた。
 英斗は、想像以上に束縛が強い男だった。
 最初は『おはよう』『今何してる?』という軽いラインだったけど、すぐに『どこにいる?』『誰といる?』が増えてきた。
『今、写真送って』と言われ、通知が鳴るたびに息苦しくなる。
 スタンプを一つ送るのが精一杯。

 それでも『なんで返事しない?』と追撃が来て、『冷たい』『好きって嘘だったの?』とネガティブな言葉が続く。
 家でスマホを見つめていると、ママが笑顔で「英くん、ちゃんと連絡してくれるのね」と言ってきた。
 そう、ちゃんと「監視」してくれる。ママは何も知らない。

『写真送って』と言われて仕方なく部屋の隅で撮った写真を送ると、すぐに『かわいい』と返ってきて、さらに『別の角度で』『動画も』と求められ、鳥肌が立つ。こんなの無理だ。耐えきれない。
 
 そこで決めた。ママのチーラボの話を早めに切り出そう。
 さすがに英斗も目的に気づいて、幻滅するだろう。
 振ってくれれば、それでよかった。やるだけのことはやったんだから、ママも納得してくれるだろう。
『話があるの』とラインを送ったら、すぐに通話が鳴った。

「ママがチーラボ本社で働きたいって言ってるんだけど、中卒で事務経験もないから無理だよね」と言うと、英斗はあっさり『言ってやるよ』と返してきた。

 ――え? 嘘みたい。振られようとしていたのに……いや、ママのためには、このままがいいのかも……。

 何が正しいのかわからない。気持ちが絡まった糸のようにこんがらがって、ほどけない。
 誰かが正解を教えてくれたら、楽なのに……。

 そんなことを考えていると、英斗が『俺の彼女だから特別な』とにやけた声で付け加えてきた。

 ――最悪……やっぱり別れたい。気づいてよ、わたしがあんたを純粋に好きじゃないことくらい!

 わたしの願いは届かず、次の日には『父さんが面接してくれるって。ほぼ決まりだな』とメッセージが来て、あっという間に面接日が決まった。

 面接の日、昼過ぎにママから『採用されたよ』とラインが届いた。
 笑顔のアザラシのスタンプ付きで、ママの喜びが画面から伝わってくる。素直に嬉しかった。
 それでも、これから英斗と本物のカップルみたいに振る舞わなきゃいけない。ふりだとしても、続けるなんて考えるだけで目の前が暗くなる。

 気持ちが沈んでいると、玄関から物音が聞こえた。きっとママだ。冷えた心を少しでも温めたくて、玄関へ向かう。
 ドアが開くと同時に、ママがぎゅっと抱きしめてきた。

 柔らかい髪が頬に触れて、いつもの香りが広がる。
 ママの温もりがじんわり胸にしみ込んで、冷たさが少しずつ溶けていくのがわかる。

 ふと、ドアの隙間から外を見ると、雪はほとんど溶けていて、向かいの木の枝に桜の蕾が顔を出していた。
 春がもうすぐ来るんだな、と感じても、わたしの心にはまだ寒さが残っている。
 英斗との関係が続く限り、この冷たさは消えないんだろう。
 桜が咲いてから散るまでの短い間、心も少しだけ暖かくなれたらいいのに。
 終わるのがわかっているからこそ、今はママの温もりに浸っていたいと思った。