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 九月のある晩ご飯のとき、ママが突然言った。

「栞、英斗くんと仲がいいんでしょ?」

 驚いて、お箸を落としそうになった。

「なんで?」と聞くと、ママはパート仲間から聞いたと言った。その人の子どもが学校で、わたしが英斗に付きまとわれているのを見かけて、勝手に「仲良し」だと思い込んだらしい。田舎の噂は本当に広まるのが早い。

「仲良くなんかないよ。あいつが一方的に……」

 わたしは英斗のことを話した。あいつがどれだけ迷惑だったか。
 ママは「大変だったね」と同情してくれた。それで話は終わると思ったのに、続けた。

「つまり、英斗くんは栞に夢中ってことね」

 体がムズムズして、気持ち悪くなった。

「やめてよ、ありえない! あいつ、ほんと最悪なんだから!」

 ママは「そうかしら?」と軽く笑って言う。

「今の男の子って、草食系が多くて、あんまり積極的に来てくれる子って少ないでしょ? 英斗くんみたいにしっかりアプローチしてくれる子の方が、案外優しいかもしれないし、好かれる方が幸せになれるのよ?」
「なんでそんなこと言うの? わたしがあいつと付き合ったら、ママが白根亮と繋がれるから?」
「さすがね、栞」

 ママがにやりと笑ったけど、それが何だか嫌で、背中がぞわっとした。

「やめてよ!」と思わず叫んだ。
「冗談よ」と言いながら、ママの口元にはまだ笑みが残っている。  

 胸がドクドクして、頭がぐるぐる回る。  
 それ以来、ママはことあるごとに英斗の話を持ち出すようになった。

「ただの社長の息子じゃない」って、わたしに思い込ませたいんだろう。  

 ユーチューブで、あいつが白根社長と一緒に映ってる動画まで見せてきて、「こんな中学生は珍しいよ」と得意げに褒めてくる。でも、あいつなんて、ただの見せかけ。本当は中身が空っぽのやつだ。

 家でも学校でも、英斗のことを考えない日はない。
 廊下ですれ違うたび、「よう、栞」って馴れ馴れしく声をかけられると、体がピタッと固まる。
「栞って呼ばないで」って言いたいのに、いつも「おはよう、白根くん」って無理に笑顔を作って返してしまう。
 そんな自分が情けない。大嫌いなあいつと同じで、わたしも空っぽな笑顔を作っているだけ。
 どうしようもなく悔しくて、腹が立つ。