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 サッカー部の活動が終わったのは、三年の九月。田舎の学校でも、みんな受験のために部活をやめるみたい。
 わたしもマネージャーをやめてからは、白根英斗と関わらなくて済むようになって、やっとすっきりした気分だった。
 すべてが終わったって、そう思っていたのに……。

 いつの間にか、ママが白根亮に夢中になっていた。
 白根亮は、英斗のお父さんで、この街では「権力者」って呼ばれている人。
 ママがそんな人と関わるなんて、想像もしてなかった。
 ポストに入ってた広報誌の表紙に、スーツ姿で笑う白根亮が載っていた。
 堀の深い顔、がっしりした体つき。パパとは全然違うタイプだ。

 強そうで、頼りになりそうな人。ママの好きそうなタイプだなって思った。
 わたしの好みじゃないけど、ママにはそういう人と幸せになってほしいって、少しだけ思った。

「この人、ビットコインで六億円稼いだんだって。すごいでしょ?」

 ママが興奮気味に言ってくる。
 わたしは「ふーん」とだけ返した。正直、何がすごいのか、あんまりわからない。
 でも、楽しそうな顔を見ていると、無視するのも気が引ける。
 少し間をおいて、気を使って質問してみた。

「そんなにお金があるなら、なんで田舎にこだわるの?」

 言ったあと、変なこと聞いたなと思った。別に興味があったわけじゃないのに。

「田舎だからこそよ。東京じゃ競争が激しすぎて、目立てないもの。ここなら、誰にも邪魔されずにやりたいことができるってことなの」

 ママはまるでビジネスのプロみたいに答えた。笑っているけど、声がどこか空っぽに聞こえる。
 納得できなくて、思わず質問してしまった。

「じゃあ、なんでマックとかサイゼは来ないの? セブンはあるのに」
「住民が反対してるのよ。有名なチェーン店が来たら、地元のお店が潰れるのを心配してるから」
「えー、そんな理由なの。バカみたい」

 思わず口に出してしまった自分に驚いたけど、胸の中がもやもやして、すっきりしない。 
 ママは笑って「栞は辛口ね」と言ったけど、いつもとは違う冷たい感じがした。

「でもね、その古い考えをうまく利用したのが白根社長なのよ」


 そう言いながら、ママは遠くをぼんやりと見つめていた。


「……もし、この人と結婚していたら、わたしの人生も違ったかもね」


 胸がきゅっと痛んだ。パパのことはどうでもいいけど、もしママが他の人と結婚していたら、わたしはこの世にいなかったかもしれ
ない。

 その考えが、どうしようもなく悲しかった。

 それでも、ママには幸せになってほしい。そう思うのは本当だ。

 でも、もしママのためにわたしが何かを我慢しなきゃならないのだとしたら……それは、すごくつらい。