放課後、A組の教室に向かったが、誰もいなかった。
あれ? と思っていたところ、今日はA組が校外学習の日だったことを思い出した。
俺たちB組と同じで、早く終わって帰っているはずだ。
すぐに栞に『今どこだ?』とラインを送り、学校を出る。
しかし、しばらくしても既読はつかない。通話をかけても、応答がない。
曇り空が重くのしかかる。栞はどこで何をしている?
俺を無視して……。胸の中で不安が広がり、行き先が頭に浮かんでくる。イライラが収まらない。
スマホをポケットに突っ込み、丘を駆け下りて子どもホスピスに向かって走った。
着くと、庭で松永琴音が女の子をブランコに乗せて背中を押していた。栞もここにいるに違いない。
息を切らしながら近づくと、女の子が驚いてブランコを止め、怯えた目で俺を見ていた。
松永に「栞はどこだ?」と詰め寄る。
「乙ちゃんは……摩夜くんと病院の屋上に行ったよ」と、気まずそうに答える。
栞が、蛇沼と? 俺に何も言わず、二人きりで? イライラが一気に湧き上がる。
すぐに病院へ駆け上がった。屋上に出ると、湿った風が肌に絡みつく。
西の空にはまだ太陽が高く、光が斜めに差し込み、影が長く伸びている。
フェンスの向こう、栞が遠くの山を見つめていた。風に髪が揺れている。
その場に蛇沼の姿が見えず、少し安心しながら近づいたが、目の前の光景に凍りついた。
栞の膝に蛇沼が横たわっていた。太ももに頭を乗せて、栞はやつの髪を優しく撫でている。
二人の影が地面に長く伸び、体がぴったりと重なり合っている。栞が俺以外の男と繋がっている姿に、嫉妬と怒りがこみ上げ、肺が張り詰めて破裂しそうだ。
蛇沼が目を細める。
「やあ、有名人。しーちゃん、ちょっと借りてまーす」
蛇沼の軽い口調が、すべてが遊びのように聞こえる。
栞は黙って足元の影に沈んでいた。無言のまま、その状況を拒むこともなく、自然に受け入れている姿が見えた。
俺は首をぐるりと回して、蛇沼を威圧したが、やつは離れる気配がない。イライラが募り、髪を引っ張ってやろうと手を伸ばすと、ようやく体を起こして栞から離れた。
腹が立つのは蛇沼よりも、それに応じた栞だ。拳を握り締め、苛立ちのまま空を殴った。
「栞、何やってんだ!」
喉から絞り出す声が、鈍く響く。栞は顔を伏せ、体を小さくしていた。
風で髪が舞い、そっとそれを押さえて顔を隠す。
「怒鳴るなよ。迷惑だろ?」
蛇沼が肩をすくめて言う。
「俺の『死ぬまでにやりたいことリスト』に付き合ってくれてるんだよ、しーちゃん。ほんと健気でいい子だよな、君にはもったいないよ」
からかうような口調がさらに俺を苛立たせる。
「うるせえ……こいつは俺のもんだ。触るんじゃねえ!」
拳が震え、怒りで骨がきしむ音が頭に響く。
「モラハラ、草。前もそれ言ってたよな?」
蛇沼は鼻で笑い、俺を見上げる。
「だからなんだ! こいつは俺に誓ったんだ。動画にも残ってる!」
怒鳴ると、蛇沼はニヤリと口角を上げた。
「へぇ、さすが宣伝部長。動画、動画。意識高いねぇ。モラハラもリスナーにばっちり見せつけて、いい宣伝になったんじゃない?」
軽い口調が耳に刺さり、頭がじわっと熱を帯びてくる。
「配信、見てたのか……?」
【すべてを知る者】はこいつだ。栞が、こいつに全部話していたのか。
「栞! お前、こいつに話したのかよ!」
抑えられない怒りが声に出た。
栞は耳を塞ぎ、髪で顔を隠したまま、「……知らないよ」と湿った声でつぶやく。
「白根くん、ここに監視カメラあるって知ってた? 上級市民でも、ここで何かやらかしたらアウトだよ」
蛇沼が栞の前に立ち、両腕を広げて俺の進行を遮る。
「【すべてを知る者】はお前だろ!」
「は? なんの話だよ。さっき君の動画見たけど、しーちゃんとイチャついてて、みんな大絶賛だったじゃん。何で怒ってんの? 【すべてを知る者】ってなんだよ」
ざわざわと胸が騒ぐ。もしかして、違うのか……? でも他に誰がいる?
そのとき、蛇沼の袖がめくれ、赤紫の斑点が目に入る。
足がすくむ。そうだ、こいつは死にかけている。その姿が、栞を奪う邪悪な存在に見える。
舌の付け根が固まり、唾も飲み込めない。影がゆらゆらと揺れて、目の前の景色が歪んでいく。
こいつが死んでくれたら――心の中で毒が渦巻き、抑えきれない怒りがこみ上げる。
「栞を返してくれよ……こんなやつでも、俺は好きなんだよ……」
喉が詰まり、弱々しい声が漏れた。
「急にどうした? まあいいけどさ、俺はしーちゃんを縛ってるわけじゃないから。好きなら、ひどいことだけはするなよ?」
蛇沼は淡々とした口調で言う。
「ああ……」
「しーちゃんも嫌なことされそうになったらちゃんと言いなよ。やばかったら110番だよ」
蛇沼が軽く微笑むと、栞は顔を上げ、目が揺れる。口をきゅっと結んでいたが、ふわりと緩んで小さく頷く。
蛇沼はベンチに座り、勝者のような余裕で、栞から距離を取る。
俺には、栞を譲られたような屈辱が胸に広がっていく。
「行くぞ」
栞の手首を掴んで立たせ、無言で蛇沼に背を向けた。
アスファルトに影が長く伸び、湿った風がまとわりつく。
背後から蛇沼の笑い声がかすかに聞こえたが、振り返りたくはなかった。
あれ? と思っていたところ、今日はA組が校外学習の日だったことを思い出した。
俺たちB組と同じで、早く終わって帰っているはずだ。
すぐに栞に『今どこだ?』とラインを送り、学校を出る。
しかし、しばらくしても既読はつかない。通話をかけても、応答がない。
曇り空が重くのしかかる。栞はどこで何をしている?
俺を無視して……。胸の中で不安が広がり、行き先が頭に浮かんでくる。イライラが収まらない。
スマホをポケットに突っ込み、丘を駆け下りて子どもホスピスに向かって走った。
着くと、庭で松永琴音が女の子をブランコに乗せて背中を押していた。栞もここにいるに違いない。
息を切らしながら近づくと、女の子が驚いてブランコを止め、怯えた目で俺を見ていた。
松永に「栞はどこだ?」と詰め寄る。
「乙ちゃんは……摩夜くんと病院の屋上に行ったよ」と、気まずそうに答える。
栞が、蛇沼と? 俺に何も言わず、二人きりで? イライラが一気に湧き上がる。
すぐに病院へ駆け上がった。屋上に出ると、湿った風が肌に絡みつく。
西の空にはまだ太陽が高く、光が斜めに差し込み、影が長く伸びている。
フェンスの向こう、栞が遠くの山を見つめていた。風に髪が揺れている。
その場に蛇沼の姿が見えず、少し安心しながら近づいたが、目の前の光景に凍りついた。
栞の膝に蛇沼が横たわっていた。太ももに頭を乗せて、栞はやつの髪を優しく撫でている。
二人の影が地面に長く伸び、体がぴったりと重なり合っている。栞が俺以外の男と繋がっている姿に、嫉妬と怒りがこみ上げ、肺が張り詰めて破裂しそうだ。
蛇沼が目を細める。
「やあ、有名人。しーちゃん、ちょっと借りてまーす」
蛇沼の軽い口調が、すべてが遊びのように聞こえる。
栞は黙って足元の影に沈んでいた。無言のまま、その状況を拒むこともなく、自然に受け入れている姿が見えた。
俺は首をぐるりと回して、蛇沼を威圧したが、やつは離れる気配がない。イライラが募り、髪を引っ張ってやろうと手を伸ばすと、ようやく体を起こして栞から離れた。
腹が立つのは蛇沼よりも、それに応じた栞だ。拳を握り締め、苛立ちのまま空を殴った。
「栞、何やってんだ!」
喉から絞り出す声が、鈍く響く。栞は顔を伏せ、体を小さくしていた。
風で髪が舞い、そっとそれを押さえて顔を隠す。
「怒鳴るなよ。迷惑だろ?」
蛇沼が肩をすくめて言う。
「俺の『死ぬまでにやりたいことリスト』に付き合ってくれてるんだよ、しーちゃん。ほんと健気でいい子だよな、君にはもったいないよ」
からかうような口調がさらに俺を苛立たせる。
「うるせえ……こいつは俺のもんだ。触るんじゃねえ!」
拳が震え、怒りで骨がきしむ音が頭に響く。
「モラハラ、草。前もそれ言ってたよな?」
蛇沼は鼻で笑い、俺を見上げる。
「だからなんだ! こいつは俺に誓ったんだ。動画にも残ってる!」
怒鳴ると、蛇沼はニヤリと口角を上げた。
「へぇ、さすが宣伝部長。動画、動画。意識高いねぇ。モラハラもリスナーにばっちり見せつけて、いい宣伝になったんじゃない?」
軽い口調が耳に刺さり、頭がじわっと熱を帯びてくる。
「配信、見てたのか……?」
【すべてを知る者】はこいつだ。栞が、こいつに全部話していたのか。
「栞! お前、こいつに話したのかよ!」
抑えられない怒りが声に出た。
栞は耳を塞ぎ、髪で顔を隠したまま、「……知らないよ」と湿った声でつぶやく。
「白根くん、ここに監視カメラあるって知ってた? 上級市民でも、ここで何かやらかしたらアウトだよ」
蛇沼が栞の前に立ち、両腕を広げて俺の進行を遮る。
「【すべてを知る者】はお前だろ!」
「は? なんの話だよ。さっき君の動画見たけど、しーちゃんとイチャついてて、みんな大絶賛だったじゃん。何で怒ってんの? 【すべてを知る者】ってなんだよ」
ざわざわと胸が騒ぐ。もしかして、違うのか……? でも他に誰がいる?
そのとき、蛇沼の袖がめくれ、赤紫の斑点が目に入る。
足がすくむ。そうだ、こいつは死にかけている。その姿が、栞を奪う邪悪な存在に見える。
舌の付け根が固まり、唾も飲み込めない。影がゆらゆらと揺れて、目の前の景色が歪んでいく。
こいつが死んでくれたら――心の中で毒が渦巻き、抑えきれない怒りがこみ上げる。
「栞を返してくれよ……こんなやつでも、俺は好きなんだよ……」
喉が詰まり、弱々しい声が漏れた。
「急にどうした? まあいいけどさ、俺はしーちゃんを縛ってるわけじゃないから。好きなら、ひどいことだけはするなよ?」
蛇沼は淡々とした口調で言う。
「ああ……」
「しーちゃんも嫌なことされそうになったらちゃんと言いなよ。やばかったら110番だよ」
蛇沼が軽く微笑むと、栞は顔を上げ、目が揺れる。口をきゅっと結んでいたが、ふわりと緩んで小さく頷く。
蛇沼はベンチに座り、勝者のような余裕で、栞から距離を取る。
俺には、栞を譲られたような屈辱が胸に広がっていく。
「行くぞ」
栞の手首を掴んで立たせ、無言で蛇沼に背を向けた。
アスファルトに影が長く伸び、湿った風がまとわりつく。
背後から蛇沼の笑い声がかすかに聞こえたが、振り返りたくはなかった。