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 一週間後。

 いよいよ「モッツァレラ丸ごと塩ラーメン」の発売を翌日に控え、夜十時のライブ配信が始まった。
 チャット欄は「待ってた!」「絶対食べたい!」と盛り上がり、期待感に満ちている。
 ライブがスタートし、男女四人の配信者が画面に映ると、「噂のチーズラーメン、新作だって!」「前回もおいしかったよな」「スタジオにラーメンあるよね?」と軽口が飛び交う。
 人気の四人が登場した瞬間、同時視聴者数は6万人を超え、前回以上の盛り上がりを予感させる。

 映像が切り替わり、チーラボの店内が映し出された。
 リポーターが「店内は満席です!」と伝えると、配信者たちも「すごい人!」「大人気じゃん!」と驚き、コメント欄は「行きたい!」「人口密度すごいw」であふれていた。

 次に会議室のシーンに移ると、俺と栞が横並びで映る。俺は思わず顔が緩む。

 リポーターが「モッツァレラ丸ごと塩ラーメン」の食レポを始めると、配信者たちが「わぁ、モッツァレラがとろ~り!」「チーズ好きにはたまらないね!」と興奮してコメントし、リスナーも「食べたい!」「お腹すいた!」と反応し、さらに盛り上がっていく。
 ラーメンを持ち上げ、チーズがとろけるシーンが映し出されると、男性配信者が「えっぐ! 明日行くわ!」と大騒ぎだ。

 父さんがチーラボの成り立ちを語り出すと、女性配信者が「社長さん素敵! 地元愛のあるお店って応援したくなるよね」と感心し、コメント欄にも「素敵な店だね」「社長イケオジすぎん?」と好意的な声が続いている。

 そして俺の番が来た。リポーターがラーメンのアイデアについて俺に質問する。
「高校生が考えたの? 天才じゃん!」と女性配信者が驚き、男の方も「バズりそうなメニューを作る発想がまず賢いよな」と補足する。

 画面には「かっこいい!」「クリエイティブだね」と称賛のコメントが次々に流れ、俺は気分がどんどん上がっていく。
 リポーターが冗談っぽく「ハスキーボイス、配信者向きかも」と振ると、配信者たちは一斉に「おお! 入所待ってます」「コラボしよ!」と返し、コメント欄は「全然あり!」「歌みた出して!」で一気に湧いた。

 最後に栞の話題が出た。

 画面に映る栞を見て、女性配信者が「わぁ、めちゃくちゃかわいい! 羨ましい~! 私も彼女にしたい!」と叫ぶと、コメント欄には「かわいい!」「カップル最高!」「てぇてぇ」で埋め尽くされる。

 栞が控えめに微笑むと、配信者たちも「初々しいね」「青春すぎる」と盛り上げ、俺が少し照れて答えると、女性二人が「照れてる~! かわいい!」「恋バナもっと聞きたい~!」とはしゃぎ出す。

 男性配信者たちは「はぁー、やってらんねえわ。帰るか」「よし、このあとサシで飲みに行こう」と冗談を飛ばし、さらに盛り上がった。

 視聴者も「青春してるな~」「リア充爆発しろ!」とコメントを送り、ついに同接は10万人を超えた。大成功だ!

 栞が画面に映って、男どもが食いついてるのが目に浮かぶ。
 無邪気な笑顔、かわいらしい仕草、抱きしめたくなる栞の――全部が俺だけのものだ。
 万単位のやつらが俺を羨んでいるのが伝わってくる。体中に優越感がじわじわと広がる。
 あはははは!

 だが、次に目に飛び込んできた文字で、一気に現実に引き戻された。

「【すべてを知る者】 白根英斗は童貞」

 は? 一瞬、頭が追いつかない。瞬きするまもなく、同じ文字が流れる。

「【すべてを知る者】 白根英斗は童貞」

「【すべてを知る者】 実は彼女と手しか繋げてないヘタレ」

「【すべてを知る者】 エゴイストでモラハラ、束縛彼氏」

 次々に飛び出す悪意の塊。止まらない。


「【すべてを知る者】 社長のすねかじり、典型的なダメな二代目」

「【すべてを知る者】 彼女は別の男が好き」

「【すべてを知る者】 そのうちフラれる」

「【すべてを知る者】 それっきり一生彼女できず、会社潰して人生終了」

「【すべてを知る者】 童貞草」

「【すべてを知る者】 童貞草草草」

 画面が荒れ始め、草の連投が止まらない。

 ふざけんな!

 スマホを投げそうになったが、何とか手を止めた。

 画面には、俺を笑い者にする中傷が次々と流れていく。

 配信者たちは楽しそうにライブを続けている。荒れたコメントなんてまるで無視だ。
 炎上を避けるためだとわかっているが、俺には納得できない。

 なぜ誰も俺を助けない? 俺は追い詰められているんだぞ。
 コメント欄もただ「やばい」「荒らしひどい」と騒いでいるだけで、俺を守る声なんてどこにもない。
 むしろ、「童貞って本当?」と信じるやつまで現れている。


 俺はこんなやつらに笑われているのか?
 誰も味方なんていない。まるで10万人全員が俺を見下しているように感じる。嘲笑されている。どこにも逃げ場がない。
【すべてを知る者】はブロックされたが、俺の心は凍りついたままだ。
 世界が曇ったガラス越しに遠くなり、ガラスはどんどん厚くなるように感じた。見えない壁が俺を閉じ込めていく。
【すべてを知る者】は誰なんだ?
 栞と俺の関係を知っているやつなんて、ひとりしか考えられない。横山奏、あいつしかいない。あいつがやりやがったんだ。