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――時が過ぎ、時計は五時を回った。俺たちは会議室にいた。
店舗でのプロモーション動画の収録が四時に始まり、ちょうど一時間が経過。
今は二階の会議室で、次に行われる食レポの撮影を待っていた。
「店舗の収録、順調みたいよ」
奈緒さんが明るく微笑んだ。
「そうなんですね。早く見たいな」
俺も軽く頷きながら、気持ちが少し逸るのを感じた。
今日は「モッツァレラ丸ごと塩ラーメン」の食レポ撮影がある。
モッツァレラチーズがラーメンに絡むシーンを撮る予定だ。
視聴者が「うまそう」と思う瞬間を狙っている。
後日、収録は配信者たちのライブ内で使われ、SNSで話題になれば、俺の考案した新メニューは一気に拡散されるだろう。
栞は学校が終わったあと、約束通り俺と一緒に来て、隣に座っている。
撮影まで少し時間がある。会議室では父さんと奈緒さんが経営の話をしていて、俺もときどき口を挟んでいた。ふと、父さんが肩を落とし、ぽつりとつぶやいた。
「果歩子と彩絢を呼んだけど、断られたんだよな」
母さんと妹のことだ。撮影に出なくても、見ているだけでいいと言ったのに、と少し拗ねたように話す。
「ご都合が悪かったのでしょう」
奈緒さんがすぐにフォローを入れた。
柔らかく微笑んでいたが、目元に落ち着きがなく、瞬きが続いていた。
ずっとパソコンに向かっているから疲れているんだろう。
奈緒さんは父さんのメンタルケアも含め、献身的に支えている。
「奥様と彩絢ちゃんも社長に感謝してますよ。考え方が少し違うだけです。チーラボはただの地方ラーメンチェーンとは違います。社長はM&Aや仮想通貨投資など、他の事業も手がけていらっしゃる。いずれ理解される日が来ますよ」
奈緒さんの言葉に、父さんの顔が少し和らいだ。
「ほんと、乙黒さんは褒め上手だなぁ」
「そうだよ、奈緒さんの言う通りだ。父さんが正しい。母さんたちが認めなくても、俺が右腕になって、もっと大きくする」
俺も続けて言った。
父さんは満足げに頷き、俺を見て「頼もしいな」と言う。
ふと思い出したように、「今度、ほしかこい牧場とスカイリゾートに事業計画の話をしに行くけど、英斗も一緒に来てくれよ」と誘ってきた。
信頼が伝わり、「もちろん、行かせてください!」と即答した。
奈緒さんもそのやり取りを静かに見守っていたが、少し目を伏せてから話を切り出した。
「社長、少し気になることがありまして、Aスーパー跡地に大風堂が出店を検討しているという話を耳にしました」
父さんの顔がすぐに硬くなり、眉間に皺が寄る。
「それは初耳だな……地主は認めているの?」
「まだ詳細はわかりませんが、早めに対策を考えておいたほうがいいかと思います」
奈緒さんがさらに話を続ける横で、栞がやけに気にしている様子が目に入った。
奈緒さんが微笑むたび、栞の肩がかすかに震えているのがわかる。息を呑むような動きまで感じた。
でも、栞の様子よりも、今は「大風堂出店の噂」の方がはるかに重要だ。俺はその話に集中する。
「市に働きかけるのも一つの方法かと思います。チーラボは地元、それに市外からも多くのお客様にご来店いただいており、地元経済にも貢献しています。ふるさと納税の返礼品として『食事券』や『チーラボグッズ』も人気があり……もし大風堂が出店することになれば、集客や市の財政にも影響が出る可能性があるかもしれません」
父さんは顎に手を当てて考え込んだあと、頷いた。
「確かにな。市に連絡を入れ、地主にも話をしてみよう。助かったよ、ありがとう」
「いえ、私は秘書として当然のことをしているだけです。そう仰っていただけると嬉しいです」
奈緒さんは完璧に提案をまとめ、余裕を持った笑みを浮かべた。
父さんがその提案に頷く姿を見て、俺も感心していたが、ふと横目で栞を見ると、まだ奈緒さんを気にしている。
何か言いたそうだが、結局何も言わない。どうせ大したことではないだろうが、栞の態度が妙に癪に障る。
視線を向けると、栞は慌てて目を伏せた。緊張しているのか?
俺は軽く笑い、栞の膝に置かれた手を強引に握り、指を絡めた。
栞の肩がびくっと震え、手のひらにじっとりと汗が滲んでいるのが感じられた。
「汗、すごいな。ビビってんの?」
栞は顔を赤らめ、小さく頷いたが、俺の目は見ず、下を向いている。 まあ、いつものことだろう。
六時を回る頃、スタッフが会議室に入り、カメラや照明のセッティングが始まった。
横目でその様子を見ると、自然と口元が緩む。
俺が考案した「モッツァレラ丸ごと塩ラーメン」が、これから広まっていくんだ。
どれだけの人間がこれを手に取り、味わうのかを考えると、興奮が体を駆け巡る。
カメラが回り始め、リポーターの「これはバズる!」という声が響いたとき、俺は成功を確信した。
――時が過ぎ、時計は五時を回った。俺たちは会議室にいた。
店舗でのプロモーション動画の収録が四時に始まり、ちょうど一時間が経過。
今は二階の会議室で、次に行われる食レポの撮影を待っていた。
「店舗の収録、順調みたいよ」
奈緒さんが明るく微笑んだ。
「そうなんですね。早く見たいな」
俺も軽く頷きながら、気持ちが少し逸るのを感じた。
今日は「モッツァレラ丸ごと塩ラーメン」の食レポ撮影がある。
モッツァレラチーズがラーメンに絡むシーンを撮る予定だ。
視聴者が「うまそう」と思う瞬間を狙っている。
後日、収録は配信者たちのライブ内で使われ、SNSで話題になれば、俺の考案した新メニューは一気に拡散されるだろう。
栞は学校が終わったあと、約束通り俺と一緒に来て、隣に座っている。
撮影まで少し時間がある。会議室では父さんと奈緒さんが経営の話をしていて、俺もときどき口を挟んでいた。ふと、父さんが肩を落とし、ぽつりとつぶやいた。
「果歩子と彩絢を呼んだけど、断られたんだよな」
母さんと妹のことだ。撮影に出なくても、見ているだけでいいと言ったのに、と少し拗ねたように話す。
「ご都合が悪かったのでしょう」
奈緒さんがすぐにフォローを入れた。
柔らかく微笑んでいたが、目元に落ち着きがなく、瞬きが続いていた。
ずっとパソコンに向かっているから疲れているんだろう。
奈緒さんは父さんのメンタルケアも含め、献身的に支えている。
「奥様と彩絢ちゃんも社長に感謝してますよ。考え方が少し違うだけです。チーラボはただの地方ラーメンチェーンとは違います。社長はM&Aや仮想通貨投資など、他の事業も手がけていらっしゃる。いずれ理解される日が来ますよ」
奈緒さんの言葉に、父さんの顔が少し和らいだ。
「ほんと、乙黒さんは褒め上手だなぁ」
「そうだよ、奈緒さんの言う通りだ。父さんが正しい。母さんたちが認めなくても、俺が右腕になって、もっと大きくする」
俺も続けて言った。
父さんは満足げに頷き、俺を見て「頼もしいな」と言う。
ふと思い出したように、「今度、ほしかこい牧場とスカイリゾートに事業計画の話をしに行くけど、英斗も一緒に来てくれよ」と誘ってきた。
信頼が伝わり、「もちろん、行かせてください!」と即答した。
奈緒さんもそのやり取りを静かに見守っていたが、少し目を伏せてから話を切り出した。
「社長、少し気になることがありまして、Aスーパー跡地に大風堂が出店を検討しているという話を耳にしました」
父さんの顔がすぐに硬くなり、眉間に皺が寄る。
「それは初耳だな……地主は認めているの?」
「まだ詳細はわかりませんが、早めに対策を考えておいたほうがいいかと思います」
奈緒さんがさらに話を続ける横で、栞がやけに気にしている様子が目に入った。
奈緒さんが微笑むたび、栞の肩がかすかに震えているのがわかる。息を呑むような動きまで感じた。
でも、栞の様子よりも、今は「大風堂出店の噂」の方がはるかに重要だ。俺はその話に集中する。
「市に働きかけるのも一つの方法かと思います。チーラボは地元、それに市外からも多くのお客様にご来店いただいており、地元経済にも貢献しています。ふるさと納税の返礼品として『食事券』や『チーラボグッズ』も人気があり……もし大風堂が出店することになれば、集客や市の財政にも影響が出る可能性があるかもしれません」
父さんは顎に手を当てて考え込んだあと、頷いた。
「確かにな。市に連絡を入れ、地主にも話をしてみよう。助かったよ、ありがとう」
「いえ、私は秘書として当然のことをしているだけです。そう仰っていただけると嬉しいです」
奈緒さんは完璧に提案をまとめ、余裕を持った笑みを浮かべた。
父さんがその提案に頷く姿を見て、俺も感心していたが、ふと横目で栞を見ると、まだ奈緒さんを気にしている。
何か言いたそうだが、結局何も言わない。どうせ大したことではないだろうが、栞の態度が妙に癪に障る。
視線を向けると、栞は慌てて目を伏せた。緊張しているのか?
俺は軽く笑い、栞の膝に置かれた手を強引に握り、指を絡めた。
栞の肩がびくっと震え、手のひらにじっとりと汗が滲んでいるのが感じられた。
「汗、すごいな。ビビってんの?」
栞は顔を赤らめ、小さく頷いたが、俺の目は見ず、下を向いている。 まあ、いつものことだろう。
六時を回る頃、スタッフが会議室に入り、カメラや照明のセッティングが始まった。
横目でその様子を見ると、自然と口元が緩む。
俺が考案した「モッツァレラ丸ごと塩ラーメン」が、これから広まっていくんだ。
どれだけの人間がこれを手に取り、味わうのかを考えると、興奮が体を駆け巡る。
カメラが回り始め、リポーターの「これはバズる!」という声が響いたとき、俺は成功を確信した。