最終ラウンド、あたしはリング中央へと飛び出す。

 ポイントは正直なところ、よく分からない。アマチュアの試合だと当てた数が基準になるけど、明白に強いパンチを当てたのは天城だと言えばそのようにも聞こえる。

 どちらにしても、前世からの因縁を判定決着で終わらせようなんて思っていない。あたしはあたしのやれることをやって倒すだけだ。

 天城も似たようなことを考えているのか、決然とした顔で距離を詰めてくる。いいね、その表情。あたしは好きだよ。

 ある程度距離が詰まると、あたしはまた左周りに移動しながら鋭いジャブを放っていく。正面から突っ込めば、あのゴリラパンチで吹っ飛ばされる。

 速くて、長くて、シャープなジャブを意識する。天城相手にただの目くらましは通用しない。そんなパンチを打てば、また強引に相打ちで強打を叩き込まれる。

 天城はガードを固め、身体を振りながら距離を詰めてくる。とんでもないプレッシャーだ。何階級も上の選手を相手にしているように感じる。

 距離が詰まる。このまま行けば殺人フックの射程圏内。

 いきなりの右を放つ。ガードの上でもお構いなしに叩き、すぐに左フックを返した。エグい音が会場に響き、周囲から呻き声が聞こえる。

 だが、天城はなおも止まらない。何が何でも強打を叩き込んで、あたしの息の根を止めるつもりのようだった。我ながらとんでもない相手と闘っているな、と思う。

 あたしもガードを上げる。正直あの強打ならガードの上から叩きこまれても効かされると思うけど、それでもガードを挟んでいる分だけ喰らった時にはいくらかマシな未来が待っている。

 天城がマイク・タイソンみたいに左右の連打を放ってくる。

 ヤバい、こいつ。ガチで暴風雨みたい。

 脚を使って距離を保とうとするも、リングを刈り込む形で距離を詰められ、コーナーへと追い詰められる。

 これだよ、こいつにはこれがあるんだよ。

 天城はケンと呼ばれていた時代から、ただの強打者ではなかった。強打を当てるために距離感や場所を巧みにコントロールし、気付けば一番強烈なパンチを当てるお膳立てをするのが異常に巧かった。

 背中にはコーナー。左右への逃げ場はない。

 右フック。オーバーハンドで叩きつけられる。

 ガードする。分かっているのに、その場から吹っ飛ばされる。

 左フック。悪夢のコンビネーション。デンプシーロールを喰らうボクサーはきっとこんな気分なんだろう。

 ガードを固めながら、左右に身体を振って耐える。

 両腕の間から見える天城の顔は、完全にあたしのことを殺しに来ていた。

 いいよ。それならこっちも全力で殺しにいくから。

 追い詰められても気にしない。

 全感覚を研ぎ澄ませて、相手のパンチを観察する。

 ――目を逸らすな。あいつとは何度も闘っているだろ。

 いつかの「俺」が見えないセコンドになって語りかけてくる。

 そうだ。

 基本的に、カウンターは相手のパンチをよく見ること。

 わずかな動き。まばたきや息遣い、表情などの機微からも情報を読み取り、瞬時に演算を始める。それをどれだけ合理的に出来るかでカウンターの成功率は変わってくる。

 天城が暴風雨のような左右フックを放ってくる。ガードしながら、攻撃の隙間を探す。

 ――今だ。

 「俺」の声が響くとともに、ほとんど本能的に右が伸びていた。

 サクッ――

 右手に残る、妙な感触。

 目の前の天城が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 前のめりに崩れ落ちる美少女。

 レフリーはノーカウントで試合を止めた。

 ノックアウト。誰が見ても、勝負は明らかだった。