先生が私達の宿泊しているホテルに戻ってきたのは、その翌日の夜のことだった。

「遅くなりました。人目につくとまずいので服は着替えてきましたが、身体中が血塗れなのでシャワーを浴びてきます」

 部屋に入ってくるなり先生は私の目をみながら、そう言った。先生が通ったあとを歩くと、鉄を煮詰めたような血の匂いが実際にした。私と別れてから一体何があったんですか、とまだ湿り気を帯びた髪の毛を拭いている先生に尋ねてはみたが答えてはくれなかった。翔太のことに関してもそうだった。昨夜、私は先生と別れてから一人でホテルに戻り、あの紙切れに書かれた文章を書いた意図を翔太に尋ねた。

〈東京には行くな。〉

 何故、あのような事を書いたのか。どうして私にそれを渡したのか。疑問に思ったことを尋ねてはみたが「こうなる事を恐れていたからだよ。人が多い東京に来れば、沙結が危険な目に遭うかもしれないと思ったから」と取り繕ったような返答ばかりを返された。十五年前の私なら、その言葉を真に受けて心配してくれてありがとうなどと言って翔太の手を取ったかもしれない。でもあれから月日が経ち、大人になった今の私には、翔太の放った言葉を素直に受け入れることが出来なかった。それが、約束を無下にされた相手なら尚更。

「皆さん、行きましょうか」

 振り返ると、先生は既に身支度を済ませていた。最初は私と先生だけで昨夜獏さんから教えて貰った情報を元に陸斗の向かうホストクラブに向うつもりだったが、由奈も翔太も今回は一緒に行きたいと声を揃えた。十五年前に別れてから一度も会っていなかった陸斗に、一分一秒でも早く会いたいと。

 四人で動くのは危険すぎます、と最初は眉を寄せた先生だったが、二人の気持ちを汲み取ったのか「分かりました。どのみち一箇所に留まるのは危険過ぎるので明日にはこのホテルをチェックアウトするつもりでしたし、今夜離れましょう。全員で」と先生は眼鏡を持ち上げてから言った。

 翔太のことに関しても、先生のことに関してもそうだが、曖昧にされ納得出来ないことが多かった。この数日に生まれた黒い靄を抱えながら、私は夜の闇へと足を進めた。