神戸市の高速バスターミナルから夜行バスに乗り、そこから東京に着くまでは八時間三十分程の時間を要した。その間、私は翔太が何故紙にあのようなことを書いたのか考えていた。けれど、どれだけ考えてもその意図が分からない。何故私だけを東京に行かせたくないのか。もしかしたら、翔太は私のことを嫌いになったのかもしれない。だから、あの時、とバスに揺られながら頭の中で考えを巡らせたが答えは見つからなかった。それに、今のこの状況で翔太からあのような紙を貰った事を誰かに告げることは余計な混乱を生みかねない。だから私は隣に座る由奈にも言わず、当初の計画通り東京に向かうことを決めた。あの手紙の意図を、翔太本人の口から聞かなければ気が収まらなかったのだ。
『 長らくのご乗車お疲れさまでした。新宿駅南口です』
機械的な女性のアナウンスの音声で目が覚めた。乗車しているお客さんが眠りやすいようにと、窓は全てカーテンが降ろされていて車内は真っ暗だった。バスの前方、天井から吊るされている電子時計には午前六時と表示されている。車内が暗いせいか、その緑色に発光する文字の輪郭が強く浮き上がってみえた。
先生は私達を気遣ってか女性専用車両を予約していてくれたけれど、座席の間隔が狭くてあまり眠れなかった。確か、最後に時計をみたのは午前四時前だった気がする。けれど、新宿駅、という久しぶりに聞く懐かしい地名に心が躍り、そんなことはどうでも良くなった。
「沙結、降りよ」
空気が抜けていくような音が鼓膜に触れたのと同時に、由奈はフードを頭から被った。それをみて、私もキャップを深く被る。バスに乗る前、極力顔を見られないように何か買おうよ、と由奈に言われ、私達は駅前にあるちいさなセレクトショップでそれらを買っていた。
バスから外へと足を進めると、開放感が胸の中で押し寄せ、それと同時に「あっ」と呟いた。薄まった埃や塵、それから排気ガス、香水や人の体臭、いろんなものが混じり合ったその匂いに私は覚えがあった。
「待って、やばい。ちょっと……泣きそうかも」
新宿の土地を足で踏み締めるなり、由奈が萎れた花のように力なくゆっくりと腰を屈めた。
「……私も」
由奈に寄り添って声をかける。
「帰ってきたね」
「また、帰ってこれるなんて、思って……無かった」
東京は、私達の生まれ育った街だ。風にのって鼻腔に届いたその匂いは、これまでの全ての記憶を呼び覚ました。香りは脳の記憶を司る部分である海馬に強く作用するらしく、遠い昔の記憶も湖底から湧き上がった砂埃のように頭の中で広がっていく。
「お嬢さんたち、どうした?」
顔をあげると、運転手さんが不安気な面持ちで私達をみていた。バスを降りてすぐ傍の地面で泣き崩れていた私達をみて心配してくれたのかもしれなかった。
「由奈、立てる? もういかないと」
けれど、私達は極力顔をみられる訳にはいかない。運転手さんには頭を下げ、由奈の手を引いてバスターミナルをあとにした。
『 長らくのご乗車お疲れさまでした。新宿駅南口です』
機械的な女性のアナウンスの音声で目が覚めた。乗車しているお客さんが眠りやすいようにと、窓は全てカーテンが降ろされていて車内は真っ暗だった。バスの前方、天井から吊るされている電子時計には午前六時と表示されている。車内が暗いせいか、その緑色に発光する文字の輪郭が強く浮き上がってみえた。
先生は私達を気遣ってか女性専用車両を予約していてくれたけれど、座席の間隔が狭くてあまり眠れなかった。確か、最後に時計をみたのは午前四時前だった気がする。けれど、新宿駅、という久しぶりに聞く懐かしい地名に心が躍り、そんなことはどうでも良くなった。
「沙結、降りよ」
空気が抜けていくような音が鼓膜に触れたのと同時に、由奈はフードを頭から被った。それをみて、私もキャップを深く被る。バスに乗る前、極力顔を見られないように何か買おうよ、と由奈に言われ、私達は駅前にあるちいさなセレクトショップでそれらを買っていた。
バスから外へと足を進めると、開放感が胸の中で押し寄せ、それと同時に「あっ」と呟いた。薄まった埃や塵、それから排気ガス、香水や人の体臭、いろんなものが混じり合ったその匂いに私は覚えがあった。
「待って、やばい。ちょっと……泣きそうかも」
新宿の土地を足で踏み締めるなり、由奈が萎れた花のように力なくゆっくりと腰を屈めた。
「……私も」
由奈に寄り添って声をかける。
「帰ってきたね」
「また、帰ってこれるなんて、思って……無かった」
東京は、私達の生まれ育った街だ。風にのって鼻腔に届いたその匂いは、これまでの全ての記憶を呼び覚ました。香りは脳の記憶を司る部分である海馬に強く作用するらしく、遠い昔の記憶も湖底から湧き上がった砂埃のように頭の中で広がっていく。
「お嬢さんたち、どうした?」
顔をあげると、運転手さんが不安気な面持ちで私達をみていた。バスを降りてすぐ傍の地面で泣き崩れていた私達をみて心配してくれたのかもしれなかった。
「由奈、立てる? もういかないと」
けれど、私達は極力顔をみられる訳にはいかない。運転手さんには頭を下げ、由奈の手を引いてバスターミナルをあとにした。