不曲はまたも裏切られた気持ちになった。
 トップ同士が会って合意したのがこれだけというのが信じられなかった。
 ウクライナから即時撤退しろとはっきり言わなければならないのに、こんなレベルで会談を終わらせた事務総長にむかっ腹が立った。
 この程度のことしかできないんだったら行く必要なんかないのだ。
 事務方にやらせれば済むことなのだ。
 ただ会って話し合っただけという結末に開いた口が塞がらなかった。
 それだけでなく、国連の限界が再び露呈(ろてい)したことに強い危機感を覚えた。
 
 しかし、それだけでは終わらなかった。
 頭を抱えることは続くもので、同じ日に行われたラヴロフの発言に愕然(がくぜん)とした。
 それはロシア国営テレビのインタビューにおける発言だった。
「核戦争が起きるかなりのリスクがあり、過小評価すべきではない」と言ったのだ。
 更に、「そのリスクを人為的に高めようとは思わないし、多くの人がそれを望んでいる」と断ってはいたが、「西側諸国がウクライナに供与する武器は正当な標的になる。そのリスクは相当なもので、危険は深刻であり、また現実であり、それを過小評価してはならない」と強調したのだ。
 NATOがロシアと代理戦争をしていることに対して強い懸念を表すだけでなく恫喝(どうかつ)を与えたのだ。
 
 なんということを言うのだ!
 不曲は怒り心頭に発した。
 常任理事国の外務大臣が言うべきことではないだろう!
 常軌を逸していると思った。
 核兵器の使用を正当化するなんてありえなかった。
 こんな非常識な発言を許せるはずがなかった。
 
 核兵器がどれほどの苦しみを与えるのか知っているのか!
 不曲は振り上げたこぶしを机に叩きつけた。
 それでも怒りが収まることはなかった。