そんな大きな変化に思いを巡らせていると、突然、川面から吹く風が髪を揺らせた。
 その毛先が夫の頬を撫で、ライラックの甘い香りが辺りに漂った。
 たまらなくなったように夫がナターシャの肩を抱くと、ナターシャは頭を夫の肩に乗せた。
 すると、夫が髪を優しく撫でて顔を髪に埋めた。
 ナターシャは再びこうして一緒にいられる幸せを噛みしめた。
 
 しばらくして顔を上げた夫がナターシャのお腹に手を当てると、その上にナターシャが手を重ねた。
 2人の手の下には新たな命が宿っていた。
「元気に生まれてきてね」
 ナターシャが優しく囁いた。
「パパだよ」
 お腹に顔を近づけた倭生那がその子の名を呼んだ。
「ミール」
 それは、ロシア語で『平和』を意味する言葉だった。