穏やかな春だった。
 そして、穏やかな時の流れだった。
 かつて国民が一度も経験したことのない平和で自由な日々が続いていた。
 言論統制は過去のものとなり、国営放送はなくなった。
 プロパガンダという言葉は人々の記憶から消え去った。
 もう独裁者はいないのだ。
 二大政党が(しのぎ)を削る民主主義国家に生まれ変わったのだ。
 権力を恐れる必要がなくなった国民の心は解放され、酒で憂さを晴らす人はほとんどいなくなった。
 
 オリガルヒは霧散し、富の偏在が消えた。
 新たな産業が生まれ、海外からの投資が増え、経済は活況を呈していた。
 平均賃金は上がり、国民の生活は豊かになった。
 移動が活発になり、観光地は人であふれ、店はどこも賑わっていた。
 世界各国の言語が飛び交い、知らない者同士がすぐに仲良くなった。
 しかめっ面をしている人は減り、笑みを湛える人が増えた。
 悪夢は過ぎ去ったのだ。