眠りが浅かったせいか、翌朝起きた時は体が重かった。
しかし、心はもっと重かった。
それが顔に出ているのを化粧で隠そうとしたが、肌への乗りはよくなかった。
それでも休むわけにはいかなかった。
今日もスケジュールは立て混んでいるのだ。
食料危機に対応するためのミーティングが午前に2つ、午後に3つも入っているのだ。
体が重いなんて言っていられるはずはなく、気合を入れて最初の会議に臨んだ。
それは情報を整理するための内部の会議だった。
テーマはロシアのウクライナ侵攻によって発生した食料危機についてだった。
首席補佐官が現状を説明したあと、フリーディスカッションに移った。
「積み出しを妨害しているロシアをもっと強く非難すべきです」
待ち切れないように発言したのは20代の男性職員だった。
「自分たちには責任がないと言い張っていますが、そんな嘘を誰が信じますか」
語気が強まると共に顔が紅潮してきた。
「大変なことになろうとしているのに他人事みたいに言うのは許せません」
怒り心頭に発した彼はそれをどうにも収めることができないようだった。
そんな様子を見ながら不曲はゼレンスキー大統領の言葉を思い出していた。
それは、「このまま港の封鎖が続けば、今秋までに最大7,500万トンの穀物が国内に滞留し、その結果、新興国での食料不足が深刻になる恐れがある」というものだった。
事態は予断を許さない状況になっているのだ。
しかし、国連は何も手を打てていない。
「数か月以内に何千万人もが栄養失調や飢餓に陥る恐れがある。その原因には新型コロナの影響や気候変動、価格格差などもかかわっているが、ロシアのウクライナ侵攻はこれらすべてを悪化させている」と事務総長が発言しただけだ。
もちろんロシアはきっぱりと否定した。
「西側諸国がロシアに課した制裁が輸送ルートを混乱させたせいだ」と。更に、「ウクライナが船の往来を妨げて航路に機雷を施設した」とまで言っているのだ。
「歯がゆくて仕方ありません」
発言したのは30代前半の女性職員だった。
外務省の総合外交政策局国連政策課でキャリアを積んだ将来を嘱望されている人物だった。
「国連はただ指摘しているだけです。有効な打開策は何一つ打てていません。みんながおかしいと思い、多くの人が困っているのに何もできていないのです。こんなことでいいのでしょうか」
歯がゆさを顔全体で表すと、「いいわけないですよ。このまま放置していたら国連の信用がどんどん落ちていくだけですよ」と未だ怒りが収まらない男性職員が割り込んだ。
「そうなのよ。というより、もう誰も国連には期待してないと思うの。だって、ああでもないこうでもないと言っているだけだから」
「ちょっと待って」
このままだと不満合戦になりかねないと思った不曲は話を止めた。
「愚痴を言っても何も始まらないわ。私たちは課題を解決するためにここに居るのよ。それを忘れないで」
しかし、場に賛同は広がらなかった。
頷く者は誰一人としていなかった。
それは徒労に終わった何百という会議を目の当たりにしてきた虚脱感から来ているのかもしれなかった。
それでもこのまま放置するわけにはいかなかった。
「確かにロシアや中国の拒否権の前で私たちは無力かもしれない。複雑な利害関係の中で立ち往生しているかもしれない。でもね、必ずどこかに糸口があるはずなの。だから、それを見つけなければならないの」
「その糸口ってどこにあるのですか?」
男性職員がすかさず口を挟んできた。
そんなものはどこにもないというような否定的な口調だった。
彼が指摘するように不曲にもその糸口は掴めていなかったが、敢えて強い口調で言い返した。
「それを探すためにみんなで話し合っているんでしょ。一歩前に進むために知恵を出し合っているんでしょ。そうでなければ私たちがここに居る意味がないでしょ」
強く睨むと男性職員が顔を伏せたが、納得はしていないというふうにゆらゆらと首を横に振った。
そのあとは沈黙が部屋を支配し、誰もがうつむいたままになった。
それをなんとかしたいと思ったが、不曲にしたところで答えを持ち合わせているわけではなかった。
というより、糸口の〈い〉さえ掴めていないのだ。
自然に視線が下を向いたが、その時、沈鬱な空気を破るような大きな声が発せられた。
「なんでもいいんだ。何か糸口になるような意見を持っている人はいないのか?」
首席補佐官だった。
しかし、誰も口を開かなかった。
愚痴や不満以外の言葉を持ち合わせていないというような虚ろな表情を浮かべていた。
「わかった。これ以上会議を続けても無駄なようだね。今日はこれでお終いにする。でもね、私は諦めないよ。なんとしてでも解決の糸口を見つけてみせる。絶対に見つけてみせる。じゃないとウクライナが救われない。だから皆さんも諦めないで欲しい。考えて考えて考え抜いて欲しい。よろしく頼む」
しかし、心はもっと重かった。
それが顔に出ているのを化粧で隠そうとしたが、肌への乗りはよくなかった。
それでも休むわけにはいかなかった。
今日もスケジュールは立て混んでいるのだ。
食料危機に対応するためのミーティングが午前に2つ、午後に3つも入っているのだ。
体が重いなんて言っていられるはずはなく、気合を入れて最初の会議に臨んだ。
それは情報を整理するための内部の会議だった。
テーマはロシアのウクライナ侵攻によって発生した食料危機についてだった。
首席補佐官が現状を説明したあと、フリーディスカッションに移った。
「積み出しを妨害しているロシアをもっと強く非難すべきです」
待ち切れないように発言したのは20代の男性職員だった。
「自分たちには責任がないと言い張っていますが、そんな嘘を誰が信じますか」
語気が強まると共に顔が紅潮してきた。
「大変なことになろうとしているのに他人事みたいに言うのは許せません」
怒り心頭に発した彼はそれをどうにも収めることができないようだった。
そんな様子を見ながら不曲はゼレンスキー大統領の言葉を思い出していた。
それは、「このまま港の封鎖が続けば、今秋までに最大7,500万トンの穀物が国内に滞留し、その結果、新興国での食料不足が深刻になる恐れがある」というものだった。
事態は予断を許さない状況になっているのだ。
しかし、国連は何も手を打てていない。
「数か月以内に何千万人もが栄養失調や飢餓に陥る恐れがある。その原因には新型コロナの影響や気候変動、価格格差などもかかわっているが、ロシアのウクライナ侵攻はこれらすべてを悪化させている」と事務総長が発言しただけだ。
もちろんロシアはきっぱりと否定した。
「西側諸国がロシアに課した制裁が輸送ルートを混乱させたせいだ」と。更に、「ウクライナが船の往来を妨げて航路に機雷を施設した」とまで言っているのだ。
「歯がゆくて仕方ありません」
発言したのは30代前半の女性職員だった。
外務省の総合外交政策局国連政策課でキャリアを積んだ将来を嘱望されている人物だった。
「国連はただ指摘しているだけです。有効な打開策は何一つ打てていません。みんながおかしいと思い、多くの人が困っているのに何もできていないのです。こんなことでいいのでしょうか」
歯がゆさを顔全体で表すと、「いいわけないですよ。このまま放置していたら国連の信用がどんどん落ちていくだけですよ」と未だ怒りが収まらない男性職員が割り込んだ。
「そうなのよ。というより、もう誰も国連には期待してないと思うの。だって、ああでもないこうでもないと言っているだけだから」
「ちょっと待って」
このままだと不満合戦になりかねないと思った不曲は話を止めた。
「愚痴を言っても何も始まらないわ。私たちは課題を解決するためにここに居るのよ。それを忘れないで」
しかし、場に賛同は広がらなかった。
頷く者は誰一人としていなかった。
それは徒労に終わった何百という会議を目の当たりにしてきた虚脱感から来ているのかもしれなかった。
それでもこのまま放置するわけにはいかなかった。
「確かにロシアや中国の拒否権の前で私たちは無力かもしれない。複雑な利害関係の中で立ち往生しているかもしれない。でもね、必ずどこかに糸口があるはずなの。だから、それを見つけなければならないの」
「その糸口ってどこにあるのですか?」
男性職員がすかさず口を挟んできた。
そんなものはどこにもないというような否定的な口調だった。
彼が指摘するように不曲にもその糸口は掴めていなかったが、敢えて強い口調で言い返した。
「それを探すためにみんなで話し合っているんでしょ。一歩前に進むために知恵を出し合っているんでしょ。そうでなければ私たちがここに居る意味がないでしょ」
強く睨むと男性職員が顔を伏せたが、納得はしていないというふうにゆらゆらと首を横に振った。
そのあとは沈黙が部屋を支配し、誰もがうつむいたままになった。
それをなんとかしたいと思ったが、不曲にしたところで答えを持ち合わせているわけではなかった。
というより、糸口の〈い〉さえ掴めていないのだ。
自然に視線が下を向いたが、その時、沈鬱な空気を破るような大きな声が発せられた。
「なんでもいいんだ。何か糸口になるような意見を持っている人はいないのか?」
首席補佐官だった。
しかし、誰も口を開かなかった。
愚痴や不満以外の言葉を持ち合わせていないというような虚ろな表情を浮かべていた。
「わかった。これ以上会議を続けても無駄なようだね。今日はこれでお終いにする。でもね、私は諦めないよ。なんとしてでも解決の糸口を見つけてみせる。絶対に見つけてみせる。じゃないとウクライナが救われない。だから皆さんも諦めないで欲しい。考えて考えて考え抜いて欲しい。よろしく頼む」