翌日、理来は時間通りにマンションのロビーに現れた。
 もし落ち込んでいたらどう励まそうかとそわそわしていたけど、へらっと笑って「よ」と手を挙げたその表情は、いつもとあまり変わらないように見えて、ほっとする。
 あのあと、どんな感じだったのか気にはなるけど、理来から話題にするまで待つべきだろうと「ねえ、聞いてよ。今日の朝、音羽がさぁ」と話しかけ、そのままくだらないことをしゃべりつつ、二人でバスに乗ってショッピングモールへと向かう。
 途中、バスの中で並んで座っていた理来が、乗ってきたおばあさんに席を譲り、私の隣にそのおばあさんが座った。
「優しい彼氏さんねぇ」
 あわてて「いえ、ただの友達ですー」と否定すると、「あら、お似合いなのに」と返されて思わず苦笑してしまう。
 一方の理来は何も言わず吊革につかまったまま窓の外を眺めているだけで、バスを降りたあとに私はその腕を軽く殴る。
「ああやって誤解されたときに否定すんの、人任せにしないでくれる? 私が一人で気まずい感じになるんだけど」
「あー、なんか俺までわざわざ否定したら、逆に気を遣わせるかなって思ってさ。悪い」
 言われて、理来と漣の二人がかりで否定されたとき、確かに言わなければ良かったかもって申し訳なく思ったことを思い出す。
「それに、この先、また会う人でもないんだし、別にわざわざ否定しなくてもいいんじゃないの」
「でも否定しないと肯定してるみたいになるじゃん。なんか嘘つくみたいでやだ」
 私の言葉に、理来はちょっと考えるような顔をした。
「あのさ、鈴音は学校で俺と付き合ってるって噂あんの知ってる?」
「あー、まあ。哉子から聞いた。ってか、理来も知ってたんだ」
「いや、全然知らなかったけど、二人とも噂を否定してないってことは付き合ってんのかって、この前聞かれてさ」
――誰にだろう。
 わざわざ当事者にそんなことを聞くなんて、よほどのゴシップ好きか、もしくは理来に好意を持っている子だとしか考えられない。
 心のうちがざわっとするのを感じながら私は答える。
「バカみたい。直接聞かれてないんだから否定するもなにもなくない? ただスルーしてるだけじゃん」
「つまり、さっきみたいに直接言われたり聞かれたりしたら否定するけど、噂を自分から否定しにいくことはないってことか。それは嘘にはならないってこと?」
「そりゃそうでしょ。無責任な噂を流す人とかそれを盲目的に信じて敵意を向けてくる人とかに対して、私がスルーしてたら嘘をついてることになるって、どんな乱暴な理論よ」
「敵意向けられんの?」
「誰かさんがおモテになるせいでね」
 私の返事に、理来が微妙な顔になる。
「だけど、スルーしてると誤解されたままになったりするだろ。それはいいのか」
「自分の大事な人たちが分かってくれてればいいって思ってる。哉子とか理来とか漣とか。あとはお好きにどうぞ噂しててくださいって感じ」
「そっか」
 そのまま黙ってしまった理来を見て、どうでもいい噂のせいでせっかくのお出かけの楽しい気分が下がるのはムカつくなと、私は気持ちを切り替えて声をかける。
「じゃ、まずフードコートいってお昼食べよっか」
「レストラン街じゃなくて?」
「フードコートのほうが安いし、お互い好きなもの選べるし」
「逆に選択肢がありすぎて、鈴音が何食べるか決められないでいる間に閉店時間になるんじゃねーの」
「そんなことありませーん。今日はサンドイッチを食べるって決めてきたもんね。ただ具材はまだ悩んでる」
「なんでそうやって悩みそうなものをあえて選ぶのか……」
「そういう気分なんだもん」
 肩をすくめた理来の背中を両手で押し、私たちはフードコートのほうへと歩き出した。

 さんざん悩んだあげく、結局理来に決めてもらったサンドイッチは想像以上に美味しかった。
 おかげで気持ちもお腹も満たされ、クリスマスソングが流れる中、ウキウキした気持ちでいろいろなショップをのぞきながら目的のお店へと向かっていると、途中にクリスマス雑貨を可愛らしくディスプレイしている雑貨屋があった。
 足をとめて中を眺めると、理来が「ここ入んの?」と聞いてくる。
「あー、哉子に買いたいものはここにはないんだけど……、ちょっと見てもいい?」
「じゃあ俺、外で待ってるわ」
「なんでよ」
「俺にこの女子向けの雑貨てんこもりのショップに入れっていうのかよ」
「待たれてると、気になってゆっくり見れないし」
「一緒にいようが待ってようが同じだと思うけどな……」
 ため息をつきながらも理来は後ろからついてきてくれる。
 一通りクリスマスグッズを見たあと、ピアス売り場が目に入ったのでそちらに足を向ける。
「あー、これ可愛いなぁ。哉子っぽくない?」
 カラフルなドットが縦に連なるピアスを持って見せると「どのへんが原さんっぽいのか分かんねーけど」と理来が言う。
「明るくて元気でカラフルって感じが哉子っぽいのよ」
「ふーん」
 いまいち興味なさそうな理来が、黒のスキニーパンツのポケットに手を突っ込んだまま、たくさんのピアスが並ぶ棚を眺める。
「鈴音はピアスしねーの?」
「んー、大学生になったらしようかなって思ってる。うちの高校、アクセは外さないといけないじゃん。いつもはつけて学校だけで外してって、なんかだるいなって思って」
「見た目の良さより楽なほうを選ぶのが鈴音だよな」
「ほめられたのかな?」
「なんでだよ。ポジティブすぎるだろ」
 あはは、と笑って私は続ける。
「でも哉子はだるいって思うどころか、自分の気持ちをあげるためって言って、日替わりでいろんなピアスをしたり季節に合わせてネイルをマメに変えたりしてるからねー、素直に尊敬してる。結局、指先まで適当にしないでちゃんとできる人って、いろいろきちんとしてるってことだと思うんだよね。哉子の部屋超きれいだし。だから哉子がモテるのは当然だと思うし、男子たち見る目あるなぁって思う」
 黙っている理来を相手に独り言のように喋りながら棚を一通り見ていると、細長い真っ白なビーズがたくさんまとめられ、ポンポンのような形になっているピアスが端のほうにあった。
 シロツメクサっぽくも見えるそのピアスに近づき、そっと指で触れてみる。
 シャラッと音をたてた繊細なビーズたちに、春風に揺れていた花冠と花束が重なり、目を離せないでいると「まあ、でもさ」と隣で理来が口を開く。
「そういうきちんとしている原さんがいいって男もいるだろうけど、気を遣わないで一緒にいられる鈴音がいいって男もいるんじゃねーの」
 理来らしい不器用なフォローに、私は笑顔で見上げる。
「今度こそほめられたのかな?」
「ほめたというか、気を遣ったというか」
「そこはほめたって言っておこうよ」
「じゃあほめた」
「じゃあ、が余計ですー」
 ピアスの棚から離れ「そろそろ本命の売り場に行きますか」と言うと、「なんも買わねーの?」と理来が聞いてくる。
「哉子のはプレゼントしたいもの他にあるしね」
「原さんのもそうだけど、自分のとか」
「あー、自分のかぁ。うーん、あえて言うなら、あのピアスがちょっと気になるけど、でも、まだ穴も開けてないのに買うのもね。高校卒業したら可愛いピアスを買うっていうモチベーションで受験勉強頑張るわ」
 さっき触れた白いピアスを振り返りながら、本当にそうしようかなと思う。
 今は、とりあえず合格することだけが目標になっていて、その先を考えようと思っても霧がかかっているかのように何も浮かんでこない。
 一つだけ確実な未来は、理来がいなくなるということ。それだけだ。
 そこに、もう一つピアスを買うという確実な未来を自分で足すことで、別れしか見えない未来にささやかな希望をプラスするというのはいい考えのように思えた。
 そしてそのピアスをして笑顔で理来を見送る……というところまで想像してしまい、鼻がつんとなった私は、思いっきり顔をしかめる。
「なんだよその顔」
「楽しい未来をイメージしようとしています」
「表情とちぐはぐすぎるだろ」
 冷静にそう言った理来が、次の瞬間、ふっと笑う。
「ほんと、鈴音が北海道来てくれたら飽きなかったかもな」
「東京に決めてすみません」
「すみませんってことはないだろ。優柔不断な鈴音が頑張って決めた進学先なわけだしさ」
 からかうような言い方ではあるけど、ちゃんとそこには優しさが込められていて、理来なりに応援してくれている気持ちが伝わってくる。
 こうやって相手の進む道を認め、離れる寂しさはありながらも背中を押しあう。これがどんな人間関係においても理想なのは間違いないし、理来もそのことは当然分かっているだろう。
 でも、漣に対してだけはそうやって相手を応援し思いやる気持ちよりも、自分のことを一番に考えて道を決めてほしいというエゴが勝ってしまうことに、誰よりも困惑していたのは実は理来だったかもしれないなとふと思う。
「そういやさ」
 通路を歩きつつ、いろいろ考えて無言となっていた私に、理来が何気ない口調で話しかけてくる。
「実は昨日、漣にも、俺らが付き合いだしたのかって聞かれたんだよな」
「は!?」
 思わず大声を出してしまい、すれ違ったカップルにじろじろ見られて慌ててボリュームを下げる。
「え、なんで?」
「何回か周りのやつに俺らが付き合い出したって本当かって聞かれたらしい。それに、昨日の俺らがいい雰囲気だったからって」
「いい雰囲気!?」
 もしや昨日、理来が腕をつかんできたことだろうか。
 あの瞬間、理来につかまれたことにびっくりして、漣の表情なんて見ていなかったけど、どんな顔をしていたのだろうと今さらながらに気になってくる。
「だから、お前に関係ないだろって言ったら、それをイエスだと受け取ったらしく」
「は?」
「そっか、良かったとか笑顔で言い出してさ」
「は?」
「その顔見てたら違うって言えなくて」
「なに!? まさか理来と私が付き合ってるって誤解させたままってこと!?」
 声をひそめながらも語気荒く詰め寄ると、理来が「いや、でも鈴音も噂を否定してないって聞いたから、別にいいかなって思ってたんだけど……」と珍しくこっちをうかがうように見る。
「いやいや、ちょっと待ってよ。否定してないんじゃなくて、スルーしてるだけだって言ってんじゃん」
「うん、さっき話を聞いてさ、鈴音が直接聞かれれば否定するっていうスタンスなのは分かったけど、でも、もし、好きなやつとかいないなら、高校卒業するまででいいから、このままスルーしておいてもらえると有難い」
「なんのために?」
「……俺が鈴音と付き合ってるって勘違いしたあと、あいつが前みたいに普通に話してくれたから」
 少し言いづらそうに理来が続ける。
「昨日、久しぶりに家の前で少しだけど立ち話とかして、まあ、ちょっとぎこちなかったけど、それでもすげー楽しかったし、やっぱ嬉しくてさ。で、夜にいろいろ考えて、どうせあと三か月くらいで嫌でも離れるんだから、今、好きなのを無理にやめる必要もないかって、逆に吹っ切れたって言うか。でも、あっちとしては俺が鈴音と付き合って、自分に恋愛感情が向かなくなったと思って安心できたから、ようやくああやって話してくれたわけでさ。だからできれば付き合ってるってことにさせてもらえると……」
「いや、無理だわ」
 美容グッズのショップに入りながら、私は手をひらひらと振って答える。
「無理?」
「絶対無理」
 ネイル好きな哉子に、手や爪の可愛いケア用品を買おうと思っていた私は、お目当てのコーナーへと足を進める。
 カラフルなネイルやケア用品が並ぶ棚の前で立ち止まると、理来も隣に並んだ。
 困っている横顔をちらりと見上げたあと、私は値札に視線をやって良さそうなものを探しながら小さい声で話しかける。
「前にさ、なんで二人が付き合ってたこと私に話してくれなかったのかって聞いたら、嘘をつかせたくなかった、って理来が言ってたじゃん」
「……言ったな」
「それなのに、今回は嘘をつけとか、そういうダブスタなところがまず気に入らない」
「だから、別に嘘をついてほしいとは言ってない。今までのまま噂をスルーしてくれればって」
「私のさっきの話聞いてた? 本当のことは大事な人たちに分かってもらってれば、それでいいって言ったんだけど。私の大事な人には漣も含まれてんのよ」
 理来が無言のまま下を向く。
「それに、漣が理来と付き合ってるのかって私にも聞いてきたら、どうすんの? まあ、当然私は付き合ってないって答えるけど」
「……一回だけ、嘘をついてもらうってことはできないか」
「嫌だって言ってるじゃん。しかもよりによって漣に対して嘘をつけっていうのがさ。私にとっては二人とも大事な幼馴染なわけだし、理来のために漣に嘘をつくなんてしたくないよ。反対に漣のために理来に嘘をつくこともしたくないって思ってる。もしどっちかに嘘をつかないといけないなら、そのときは両方ともに嘘をつくわ」
「……」
「だいたい、そんな嘘をついて結局虚しくなるのは理来なんじゃないの?」
 何も言わなくなった理来の隣で、哉子が好きそうなアイテムをいくつか選んで手に取り、それを並べてみる。
どれも哉子が持っていそうな気もするけど、初めて哉子に誕プレをあげたとき『持ってたらごめんね』と言ったら『もしプレゼントされたものとおんなじの持ってたら、うちらの気の合い方奇跡過ぎてうけるんだけど?』と言ってくれて、そこから選ぶのがぐっと楽になった。
 しかも、これまで結局一度もお互いが持っているものをプレゼントできたことがないので、むしろ持っているものをあげたくすらなってきている。
 腕を組んでしばらく眺め、中にドライフラワーが入っている哉子らしいカラフルなネイルオイルと、期間限定のクリスマスデザインのハンドクリーム、それから哉子に似合いそうなカラーのプチプラネイルを三色選び、他のものを元の位置に戻していると「あとで」と理来が言う。
「漣に、本当は鈴音とは付き合ってないって言っておく」
「それがいいよ」
 そう答えて見上げると、真面目な顔で床に目を落としたままの理来が「別に相手が鈴音じゃなくても、誰かと俺が付き合ってれば、漣は安心できるんだろうし」とぽつりと言う。
「……なに言ってんの」
「鈴音とだと嘘になるけど、俺のことを好きだって言ってくれてる子と本当に付き合えば、漣を騙してることにはならないしな。うん」
 理来が自分の言葉に納得するように頷く。
「え、ちょっと待ってよ。好きでもないのに付き合うとか、そんなの相手の女の子に失礼じゃん」
「好きでなくても大事にはできるし、そんな失礼になるような付き合い方はしないし」
「気持ちがない時点で失礼なんだって」
「気持ちなんて表に見えないから分かんねーよ。俺だって、気持ちがないまま付き合ってもらっててそれに気づかなかったんだから」
 自嘲するように唇をゆがめた理来に「ねぇ、本気?」と聞く。
「本気で漣と話すためだけに、誰かの気持ちを利用するって言ってんの?」
「利用するっていうとなんかあれだけどさ。でも、あの子は俺と付き合える、俺は漣と話せる、漣は安心できる、鈴音は噂を流されることもなくなる。いいことしかないじゃん」
 あの子、ということは確実に自分のことを好きだと分かっている相手がいるということか。しかも噂を流されなくなるということは、校内に。理来に、私との噂のことを直接聞いた子かもしれない。
「せっかくだからクリスマスプレゼントも買っとこうかな。女子って何喜ぶのか教えてよ」
「……プレゼントってその人のことを考えて買うものでしょ。女子は一般的にこれが好きだからあげておけばいいかって、一番最低な選び方だと思うけど」
「そう言われても、まだよく知らねーしな」
 ため息をついた理来が、私が持っている哉子へのプレゼントに目を向ける。
 そして「あ、これいいじゃん」と、ドライフラワー入りのネイルオイルを取り上げて、目の前にかざした。
「女子が好きそう。俺もこれにしようかな」
 さっきから、なにバカなこと言ってんだ、とふつふつと湧いてくる怒りを、いや、こんな自暴自棄でひどいことを考えてしまうほど今もまだ失恋から立ち直れずにいるってことだと我慢していた気持ちが、その瞬間、パンッとはじける。
 無言で理来の手から奪い返そうとするが、勢いがつきすぎて、その小瓶は私の手のひらをすり抜け床に落ち、キラキラと光りながら破片を散らした。
「なにしてんだよ」
 慌てて床にしゃがんだ私は、呆れたような声を出した理来を見上げて睨む。
「これはね。私が、哉子が好きそうなものを考えて選んだものなの。それを、女子が好きそう、って浅い理由だけで真似しないでよ。すごいバカにされた気分」
「そんなつもりは……」
 戸惑ったように瞬きをした理来から目を逸らし、私は立ち上がって店員さんを探す。
「……ごめん、俺がこれは弁償する」
「やめて。哉子へのプレゼントにどういった形でも関わってほしくない」
 顔も見ずに答え、音が聞こえたのかこちらをのぞくようにした店員さんに「すみません、間違って落としちゃって」と声をかける。
 店員さんが片付けてくれる間、理来は床に広がる液体の中に散らばる小さな欠片とドライフラワーを居心地悪そうにじっと見ていた。
 理来だってたぶん分かってる。自分がバカなことを言ってるって。
 だけど、そうせずにはいられないほど、たぶん理来もいっぱいいっぱいで。
 ――それでも、とりあえず好きでもない子と付き合うなんてことだけはさせちゃいけない。
 そんなことをしたら、その子を傷つけるのはもちろん、いつか冷静になったときに、きっと理来だって自己嫌悪に苦しむ。私だって知りながら止められなかったことを後悔する。
 理来を視界の端に捉えながら、私に止められるだろうか、と考える。
 漣に全部ばらせば間違いなく止められるだろうけど、理来が受けるダメージのことを考えるとさすがにそこまではしたくないし。
 結局何もプレゼントを買わなかった理来とともに、行きとは正反対の重苦しい沈黙に包まれて家に向かいながら、どうすればいいのかと考えすぎてだんだん頭の中がこんがらがってきた私は、これはもうシンプルにいくのがいいなという結論に辿り着く。
 そろそろ、二人のことに口を出さないでいるというのも限界だったのだ。
 ――当て馬ガール最後のミッション、になるかな。
 バスを降りて、マンションに向かって歩き出す理来のカーキのコートを着た背中を眺めながら「ねえ」と声をかける。
「ん」
「さっきの話だけど」
「……うん」
「やっぱり好きでもない子とは付き合わないでほしい」
「……」
「しかも漣と話すためだけとか」
「俺にとっては、だけ、じゃないんだよ」
 振り返りもしない理来の言葉に西の空を見上げる。さっき、最後の輝きを名残惜し気にきらめかせて太陽は沈んだ。夕焼けはあっという間に水彩画のような淡い色に塗り替えられていっている。
 あと少し。私が言っていることが本当なのか嘘なのか分からないくらい暗くなったら、そうしたら。
「ねえ、理来」
「なに」
「それなら私と付き合うってことでいいじゃん」
「さっきは無理だって言ってたじゃん」
「付き合ってるふりをするのは無理だって言ったんだよ。本当に付き合うなら、それは嘘じゃない」
 理来が足をとめてゆっくり振り返り、刻一刻と暮れなずんでいく景色の中、私たちはお互いの表情がぎりぎりで分かるくらいの距離を開けて見つめ合う。
「……本当に付き合うって」
「私は、理来が好きだから」
「嘘だろ」
「ほんと。でも、理来と漣が両思いだって知ってたから、ずっと言えなかった」
 理来は言葉を忘れてしまったかのように、口を半開きにして私を呆然と見つめた。
「理来の言ってたとおり、私は好きな理来と付き合えて、理来は好きな漣と話せる。漣は安心できる。しかも私は全部を知ってて理来と付き合いたいって思ってるんだから、これ以上、都合のいい相手はいないと思うけど」
 緊張しているからか、ただでさえ冷えている指先がますます冷たくなっていく。
 一分ほどの沈黙のあと、理来が「鈴音、俺さ」と、口を開いた。