今年の夏は漣もいるので、昼間から理来の家に飲み物片手に集まることが増えた。
というより、理来と漣が会う機会を増やすために、私が頑張っている結果こうなっているともいえる。
三人でLIMEのグループを作っているので、理来の家に行きたいときには【行ってもいい?】と打ち込む。理来から【いいよ】と返事が来ると、漣も必ず【俺も行く】と連絡してくる。しかも、我が家よりも一階分理来の家に近いということもあり、ほぼ私よりも先に到着している。
逆に理来からなかなか返事がこないときは、漣もLIMEを既読にすらせずほったらかしである。前に私たちといるとき、部活メンバーのグループLIMEをポップアップ表示で確認したあと、返信が必要がないと判断したらしく開くことなく放置していたことがあるので、私からのLIMEに対しても同じようにしているものと思われた。そもそも、漣はマメなほうではない。
それなのに、理来からの返事に対してだけこれだけ反応が速いってことは、つまり、当て馬ガールとしての努力のかいあって、私と理来を二人きりにさせたくないという、焦る気持ちが出てきたんじゃないだろうかと、今日も理来に教わりながら勉強する漣を横目で見る。だとすればいい傾向だ。
もっと欲を言えば、漣から理来の家に行きたいと言い出してくれればいいのだけど。そうすれば、無理やりにでも予定を作り出して二人きりにさせてあげられるのに。
というか、漣のお母さんにも勉強を教えてやってくれって言われてるんだから、毎日でも一緒に勉強すべきなんじゃないだろうか。高校受験のときは、それこそ理来が漣の背後霊のようにずっとくっついて教えていたイメージがある。
――でもあのときは、漣の学力じゃうちの高校に絶対に落ちるって言われたから、漣も必死だったもんなぁ
今も、勉強をしなければいけないとは思っているようだが、高校受験のときほど頑張っている印象は漣から受けない。
理来と一緒に北海道に行こうとか、そんな目的があればもう少し頑張れるのかな、とも思うけど、この前の様子からいって、まだどうすればいいのかも分からないようだったし。
確かに、行くことをそんなに軽く決められないくらいには北海道は遠いから気持ちは分かる。
「ってか、なんで理来は北海道の大学に決めたの?」
ふと疑問に思い、漣が英語の問題を解いているのを頬杖をつきながら見ていた理来に聞いてみる。
「ってか、ってなんだよ。今まで無言だったのに脈絡なさすぎだろ」
「ごめんごめん、私の中ではめちゃ脈絡あったもんで。だって、指定校推薦なんて、理来ならどこでも選び放題だったでしょ。東京近辺の大学だっていくつもあったしさ、それなのにわざわざ北海道って」
「あー……まあ、勉強したいことがあったのがその大学だったから」
理来が答えたところで、突然漣が「トイレ」と立ち上がり部屋を出て行った。
タイミング的にあんまりこの話はしたくないのかな、とその背中を見送りつつ、「この辺に決めておけば、まだまだ三人で今までみたいに遊べたのに」と理来に言う。
「そんなこと言っても、永遠にこのままってわけにはいかないだろ。俺らも」
理来はそう答えたあと、私を見てにやりとした。
「それに、鈴音は北海道来るとか言ってたろ。本気じゃなかったわけ?」
「いやいや」
ちょっと焦りつつ私は口を開く。
「選択肢の一つとしてあるなとは思ってるけど、でもさ。北海道なんてすぐに行きますって決断できる距離じゃないじゃん」
「まあいいって。鈴音のことだから、あんま深く考えないで口に出したんだろうなってことは分かってたから」
「なんでそう言いきれんのよ」
「あれから一度も北海道について話してくることないし、さっきだって、北海道に来ないってことを前提とした話をしてたし」
理来は笑顔を浮かべたまま、漣が開きっぱなしで置いていった参考書へと目を向けた。
「本気で北海道についてくる気があるなら、もっと真剣に学校を探したりなんだりしてるだろうし、そのことが話題に出てもいいはずだしさ。それがないってことは、俺と一緒に行きたいって思ってないってことだろ」
口調はいつも通り淡々としていたけど、ほんの少しだけ夏には似合わない乾いた寂しさがそこに混ざっているように感じられて、私は理来を見つめる。
それは本当に私のことを言ってるのか、それとも、私の言葉にかこつけて漣に対する気持ちを吐露しているのか、どっちだろう。
「もし理来のほうで一緒に行ってほしいって思ってんなら、自分がまず素直になるのが大事じゃん?」
ちょっとでも真意が知れればと思ってそう言うと、理来は、ははっと笑った。
「そうだな。素直に言えば、鈴音が一緒なら楽しそうだとは思うかな」
「じゃあ、漣なら?」
無邪気さを装った私の問いに理来は少し黙ったあと「どうなんだかな」とだけ言った。
その素っ気なく曖昧な一言に込められた意味を、もう少し突っ込んで聞きたいと思ったところで、漣が部屋に戻ってきた。
「漣、ここ間違ってる」
「え――」
理来が問題集をトントンと指で叩き、漣はがくっとなりながら座卓の前にあぐらをかいた。
もし、本当は漣に一緒に来てほしいと理来が思っていたとして。
今のようなただの幼馴染という関係性で、北海道まで一緒に来てほしいなんて言えない気持ちは理解できる。でも、理来が言わなければ漣が自分から着いていくと言うとは思えない。
だからと言って、私が理来に一緒に行こうって漣に言ってあげなよ、なんて勧めるのはお節介にもほどがある。ここは当て馬ガールとしてどう動くのが正解なのか。
うーん、と腕を組んで考えていると「考えても分かんなかったら聞けよ」と理来に言われる。
聞いたら答えてくれんのか?と思いつつ、私は「はーい」と素直に答えた。
*
8月某日。
快晴の中、朝早く起きた私たちは富士山の裾野に広がる遊園地へと出かけた。
お化け屋敷と言えばここである。しかも最大四人までのグループで入れるので、もちろん三人で一緒に楽しむことができるし、当て馬ガールとしての本領も発揮できること間違いなしだ。
あとは絶叫マシン。これも、キャーキャー言いながら理来にしがみついてみたりしてもいい。
目の前の光景にワクワクしつつ、開園十五分前に学割優先のフリーパス券でいざ入場する。
「ちなみに二人とも絶叫系乗れんの」
理来に聞かれて、元気よく「大丈夫!」と答えようとした私は、慌てて言葉を飲み込む。大丈夫なんて言ったら怖がるふりをしたときに不自然に思われる。
「乗れるけどって感じ」
代わりにそう答えた私の隣で、漣は「この前の遠足で久々に乗ったけど、あんま得意ではないかも」とそびえたつ鉄骨を見上げながら不安そうに言う。
三年生の春に遠足で行ったテーマパークの絶叫なんて可愛いものだ。あれを得意じゃないと感じるならここの乗り物は地獄かもしれない。
「じゃあ、とりあえず一つ乗ってみるか」
漣はやめておくように進言するべきか、でもせっかく来たのに絶叫に一つも乗らないのも……と悩んでいる間に、理来はさっさと足を進めてしまう。
コースターはたまたま一番前に当たり、理来と私が一列目、あまり得意ではないかもという漣が二列目に座ることになった。
よし、これは、こわーい!とか言って理来の腕をつかんだりとか、そういうことをして漣に見せるチャンスだな!と張り切って乗り込む。
しかし、いざ走り出したら、あまりのスピードにそれどころではなくなってしまい、悲鳴の合間になぜか「あははははははは!」と高笑いしながら、ひたすらコースターのGに身を任せているうちに終了してしまった。
当て馬になるどころか、後ろに乗っていた漣に「鈴音の笑い声がおもろすぎて、あまり恐怖を感じなかった」と言われる始末である。
「なんであんな笑ってたの」
「自分でも分かんない。恐怖過ぎると笑っちゃうのかな」
「それはそれで興味深いな」
そう話しながら別のアトラクションに向かった私たちは、その後もいろいろなタイプの絶叫マシンに乗ったが、やはり私は高らかに笑い続けてしまい、か弱い女の子アピールはできないままとなってしまった。
そういや、前に来たときにも、ほんと楽しそうに乗るよね、と哉子に言われてたっけと今さらながらに思い出す。
それならば、とお化け屋敷へ二人を誘導しようとするが、理来にも漣にも「行かねーし!」と本気で抵抗されてしまった。
「なんでよ! 私が前に怖い話をテレビで見てトイレ行けなくなったって言ったら、理来はお化けなんて非科学的だって言ってたし、漣は生きてる人間のほうが強いんだから大丈夫って言ってたじゃん!」
「ここのは物理的に存在するだろうが!」
「死んでる人相手じゃないから、向こうの方が強いかもしれないじゃん!」
ああ言えばこう言う二人はてこでも動こうとしない。
当て馬ガールとして活躍できそうな場所はもうここしかないのに、と仏頂面をさらしていると「じゃあ一人で行って来ればいいじゃん」と理来に言われる。
一人で行っても意味ないんだよ!と言いたいが言えないので「一人じゃ怖いもん」と当たり前なことを口にする。
「なんで怖いのに行こうとするんだよ。行かなければみんな平和だろ。そうだよな。よし、戻ろう」
理来にそう締められ、私は仕方なく二人と一緒に絶叫系アトラクションの方へと再び足を向けた。
絶叫系では高笑いしちゃうし、お化け屋敷も入れない。となれば、これはもう当て馬ガールとしての動きは放棄するしかないってことだろう。
そう割り切った私は、そこからは、純粋に三人での時間を楽しむことにした。
それに、当て馬ガールとしての気負いを無くして改めて見てみると、テンションがあがっているからか、理来と漣の距離はいつもより近く楽しそうで、変に割り込まずに二人をさりげなく後押しする幼馴染ポジとして動くのが、今日は正解と思われた。
その後は、コースターも、理来と私だけでなく、漣と私で並んだり、理来と漣で並んだりした。二人が並んで乗っているときは、わー――!!と声をあげる漣を、理来が何度も可笑しそうに見ているのを、後ろから「あははははは!」と笑いながら微笑ましく眺めた。
そうして、さんざん遊び倒して夕方になる頃には、高笑いを続けた私はハスキー声に進化をとげてしまっていた。
「ちょっと喉がっさがさだから飴かなんか買いたいんだけど、ショップ行っていい? 音羽にお土産も買いたいし。二人は? 行く?」
「いや、俺は別にお土産とかいらんし」
「あー、俺は妹に一応なんか買っとくかな」
仕方なさそうに言った漣に「そしたら私買っとくよ。音羽と一緒でいいでしょ?」と聞く。
「いや、悪いよ」
「いいって。逆にあのめちゃ混みの中に一緒に入ったらはぐれそうだし、その辺で二人で座って待っててくれた方が私も安心」
「ほんと?じゃあお願いしちゃおうかな。これ土産代。足りんかったら言って」
漣が財布から出した千円札を受け取り「おっけー」と言った私は、さあ、二人きりの時間を楽しむといいさ、と心の中で思いながらショップへとのんびりと足を向ける。
その後も、不必要なほど時間をかけて妹たちへの土産を選び、自分用の飴を買った私が外に出る頃には、入店してから30分近く時間が経過していた。
少しは後押しできたかな、と二人に待っててと言った場所へ向かう。
最初に立っていた位置には当然のことながらもうおらず、どこだろうと見回すと、植木を背にベンチに二人で並んで座っているのが見えた。
植木の後ろから回り込んで脅かせるな、と思いつき、ニヤニヤしながらそっと近づく。
二人は楽しそうに盛り上がっているわけではなかったけど、ときどき言葉を交わしながら絶叫を乗せて走るコースターを笑顔で眺めていて穏やかな雰囲気だった。
気付かれないように二人のすぐ後ろまでいき、植木のかげからそっと顔を出す。そして、声をかけようとした次の瞬間、私は自分の口を両手で塞いだ。
二人が何気なくベンチに置いている手と手が、触れあっているのが見えたからだ。
とはいっても重なっているとかではなく、ただ、小指の外側同士が当たっているだけだったけど、二人とも気付いているだろうに避けることなく、じっとくっつけたままでいるのを見て、なんだかこちらがドキドキしてくる。
これは、見なかったことにしたほうがいいだろうと、後ずさりをしようとしたところで、理来が少し身体の位置を変えて、二人の手が離れた。
あ、それなら今やっぱり声をかけて、と口から手を離した私の前で、理来は再び手をベンチに置き、今度は漣の指の上にほんの一センチほどだけその指先を重ねる。
一瞬、漣はぴくっとしながらも手を引っ込めることはせず、ただ耳が赤くなったのが後ろから見ていて分かった。
――やっぱ、両思いなんじゃん!!
心の中でそう叫びながら、私はゆっくりとゆっくりと、偶然なのか故意なのか分からないほど少しだけ指を重ねたままの二人に気付かれないように植木から離れ、自分の心臓が落ち着くのを待ってから、改めて二人に見えるように通路から「お待たせ」と戻った。
「時間かかったな。混んでるみたいだったもんな」
いつもと変わらない顔で話しかけてくる理来の隣で、漣がなんとも言えない表情で、さっきまで理来と触れ合わせていた右手の指先をぎゅっと握りこむのが見えた。
その顔が少し赤く見えるのは、夕日を受けているからだけではないだろう。
「混んでたねー。はい、これ」
妹ちゃんの分のお土産の袋を渡すと、漣がはっとしたように私を見て「ありがとな」とぎこちなく笑った。私に対する罪悪感を覚えているのかもしれない。
むしろ当て馬に対する優越感を覚えてくれ、と念を送った私は「じゃ、帰ろうか!」と二人の腕を引っ張って立ち上がらせた。
夏休み最後の週末は、地区の夏祭りに例年のように三人で出かけた。
野球部のマネージャーだという二年生の女子二人が、たまたま浴衣を着てお祭りに来てるのに遭遇して、一緒に回りませんか?と漣を誘うと言う、哉子曰く様式美な出来事が起こったりもした。
押しに弱い漣が断りきれないでいるのを見て、当て馬ガールらしく「行ってきたら? 私は理来と回るし」と言ったところ、漣は慌てたように断り、女の子たちは私を睨んで去っていった。
まあ彼女たちからしたら、私が漣の嫉妬心を煽った嫌な女に映るだろうからしょうがない。実際そのとおりだし。漣の嫉妬の方向があの子たちが思っているのとは違うだけで。
今だって、りんご飴とイカ焼きで両手がふさがってるからわた飴食べさせてとお願いして、漣に口に入れてもらってイチャイチャしているのは理来である。まあ、イチャイチャしてるっていうか、餌付けみたいな雰囲気ではあるけど。
そろそろ、当て馬ガールも必要ないかもしれない、と二人の姿を見ながら考える。遊園地に行ったあとも、理来と漣が会う回数を増やすために頑張っている成果が出ているのか、最近ではふとしたときに二人がそれぞれ相手に対して発動していたバリアのようなものが薄れ、好意が駄々洩れになっていることがある。勉強中の二人の距離感もなんか近すぎておかしいし。
だけどまだお互いが素直に気持ちを告げ合うためには決め手にかけるのだ。だからこそ、あともう一押ししたい。この前の遊園地の様子からいっても、漣がはっきりと理来に好意を示せば、二人はうまくいく気がするし。
また理来が漣にわた飴をねだり、笑った漣がちぎったフワフワのかたまりをその口に放り込む。一瞬寄り添った二人の影は道の上でぴったりと重なり合っていた。
というより、理来と漣が会う機会を増やすために、私が頑張っている結果こうなっているともいえる。
三人でLIMEのグループを作っているので、理来の家に行きたいときには【行ってもいい?】と打ち込む。理来から【いいよ】と返事が来ると、漣も必ず【俺も行く】と連絡してくる。しかも、我が家よりも一階分理来の家に近いということもあり、ほぼ私よりも先に到着している。
逆に理来からなかなか返事がこないときは、漣もLIMEを既読にすらせずほったらかしである。前に私たちといるとき、部活メンバーのグループLIMEをポップアップ表示で確認したあと、返信が必要がないと判断したらしく開くことなく放置していたことがあるので、私からのLIMEに対しても同じようにしているものと思われた。そもそも、漣はマメなほうではない。
それなのに、理来からの返事に対してだけこれだけ反応が速いってことは、つまり、当て馬ガールとしての努力のかいあって、私と理来を二人きりにさせたくないという、焦る気持ちが出てきたんじゃないだろうかと、今日も理来に教わりながら勉強する漣を横目で見る。だとすればいい傾向だ。
もっと欲を言えば、漣から理来の家に行きたいと言い出してくれればいいのだけど。そうすれば、無理やりにでも予定を作り出して二人きりにさせてあげられるのに。
というか、漣のお母さんにも勉強を教えてやってくれって言われてるんだから、毎日でも一緒に勉強すべきなんじゃないだろうか。高校受験のときは、それこそ理来が漣の背後霊のようにずっとくっついて教えていたイメージがある。
――でもあのときは、漣の学力じゃうちの高校に絶対に落ちるって言われたから、漣も必死だったもんなぁ
今も、勉強をしなければいけないとは思っているようだが、高校受験のときほど頑張っている印象は漣から受けない。
理来と一緒に北海道に行こうとか、そんな目的があればもう少し頑張れるのかな、とも思うけど、この前の様子からいって、まだどうすればいいのかも分からないようだったし。
確かに、行くことをそんなに軽く決められないくらいには北海道は遠いから気持ちは分かる。
「ってか、なんで理来は北海道の大学に決めたの?」
ふと疑問に思い、漣が英語の問題を解いているのを頬杖をつきながら見ていた理来に聞いてみる。
「ってか、ってなんだよ。今まで無言だったのに脈絡なさすぎだろ」
「ごめんごめん、私の中ではめちゃ脈絡あったもんで。だって、指定校推薦なんて、理来ならどこでも選び放題だったでしょ。東京近辺の大学だっていくつもあったしさ、それなのにわざわざ北海道って」
「あー……まあ、勉強したいことがあったのがその大学だったから」
理来が答えたところで、突然漣が「トイレ」と立ち上がり部屋を出て行った。
タイミング的にあんまりこの話はしたくないのかな、とその背中を見送りつつ、「この辺に決めておけば、まだまだ三人で今までみたいに遊べたのに」と理来に言う。
「そんなこと言っても、永遠にこのままってわけにはいかないだろ。俺らも」
理来はそう答えたあと、私を見てにやりとした。
「それに、鈴音は北海道来るとか言ってたろ。本気じゃなかったわけ?」
「いやいや」
ちょっと焦りつつ私は口を開く。
「選択肢の一つとしてあるなとは思ってるけど、でもさ。北海道なんてすぐに行きますって決断できる距離じゃないじゃん」
「まあいいって。鈴音のことだから、あんま深く考えないで口に出したんだろうなってことは分かってたから」
「なんでそう言いきれんのよ」
「あれから一度も北海道について話してくることないし、さっきだって、北海道に来ないってことを前提とした話をしてたし」
理来は笑顔を浮かべたまま、漣が開きっぱなしで置いていった参考書へと目を向けた。
「本気で北海道についてくる気があるなら、もっと真剣に学校を探したりなんだりしてるだろうし、そのことが話題に出てもいいはずだしさ。それがないってことは、俺と一緒に行きたいって思ってないってことだろ」
口調はいつも通り淡々としていたけど、ほんの少しだけ夏には似合わない乾いた寂しさがそこに混ざっているように感じられて、私は理来を見つめる。
それは本当に私のことを言ってるのか、それとも、私の言葉にかこつけて漣に対する気持ちを吐露しているのか、どっちだろう。
「もし理来のほうで一緒に行ってほしいって思ってんなら、自分がまず素直になるのが大事じゃん?」
ちょっとでも真意が知れればと思ってそう言うと、理来は、ははっと笑った。
「そうだな。素直に言えば、鈴音が一緒なら楽しそうだとは思うかな」
「じゃあ、漣なら?」
無邪気さを装った私の問いに理来は少し黙ったあと「どうなんだかな」とだけ言った。
その素っ気なく曖昧な一言に込められた意味を、もう少し突っ込んで聞きたいと思ったところで、漣が部屋に戻ってきた。
「漣、ここ間違ってる」
「え――」
理来が問題集をトントンと指で叩き、漣はがくっとなりながら座卓の前にあぐらをかいた。
もし、本当は漣に一緒に来てほしいと理来が思っていたとして。
今のようなただの幼馴染という関係性で、北海道まで一緒に来てほしいなんて言えない気持ちは理解できる。でも、理来が言わなければ漣が自分から着いていくと言うとは思えない。
だからと言って、私が理来に一緒に行こうって漣に言ってあげなよ、なんて勧めるのはお節介にもほどがある。ここは当て馬ガールとしてどう動くのが正解なのか。
うーん、と腕を組んで考えていると「考えても分かんなかったら聞けよ」と理来に言われる。
聞いたら答えてくれんのか?と思いつつ、私は「はーい」と素直に答えた。
*
8月某日。
快晴の中、朝早く起きた私たちは富士山の裾野に広がる遊園地へと出かけた。
お化け屋敷と言えばここである。しかも最大四人までのグループで入れるので、もちろん三人で一緒に楽しむことができるし、当て馬ガールとしての本領も発揮できること間違いなしだ。
あとは絶叫マシン。これも、キャーキャー言いながら理来にしがみついてみたりしてもいい。
目の前の光景にワクワクしつつ、開園十五分前に学割優先のフリーパス券でいざ入場する。
「ちなみに二人とも絶叫系乗れんの」
理来に聞かれて、元気よく「大丈夫!」と答えようとした私は、慌てて言葉を飲み込む。大丈夫なんて言ったら怖がるふりをしたときに不自然に思われる。
「乗れるけどって感じ」
代わりにそう答えた私の隣で、漣は「この前の遠足で久々に乗ったけど、あんま得意ではないかも」とそびえたつ鉄骨を見上げながら不安そうに言う。
三年生の春に遠足で行ったテーマパークの絶叫なんて可愛いものだ。あれを得意じゃないと感じるならここの乗り物は地獄かもしれない。
「じゃあ、とりあえず一つ乗ってみるか」
漣はやめておくように進言するべきか、でもせっかく来たのに絶叫に一つも乗らないのも……と悩んでいる間に、理来はさっさと足を進めてしまう。
コースターはたまたま一番前に当たり、理来と私が一列目、あまり得意ではないかもという漣が二列目に座ることになった。
よし、これは、こわーい!とか言って理来の腕をつかんだりとか、そういうことをして漣に見せるチャンスだな!と張り切って乗り込む。
しかし、いざ走り出したら、あまりのスピードにそれどころではなくなってしまい、悲鳴の合間になぜか「あははははははは!」と高笑いしながら、ひたすらコースターのGに身を任せているうちに終了してしまった。
当て馬になるどころか、後ろに乗っていた漣に「鈴音の笑い声がおもろすぎて、あまり恐怖を感じなかった」と言われる始末である。
「なんであんな笑ってたの」
「自分でも分かんない。恐怖過ぎると笑っちゃうのかな」
「それはそれで興味深いな」
そう話しながら別のアトラクションに向かった私たちは、その後もいろいろなタイプの絶叫マシンに乗ったが、やはり私は高らかに笑い続けてしまい、か弱い女の子アピールはできないままとなってしまった。
そういや、前に来たときにも、ほんと楽しそうに乗るよね、と哉子に言われてたっけと今さらながらに思い出す。
それならば、とお化け屋敷へ二人を誘導しようとするが、理来にも漣にも「行かねーし!」と本気で抵抗されてしまった。
「なんでよ! 私が前に怖い話をテレビで見てトイレ行けなくなったって言ったら、理来はお化けなんて非科学的だって言ってたし、漣は生きてる人間のほうが強いんだから大丈夫って言ってたじゃん!」
「ここのは物理的に存在するだろうが!」
「死んでる人相手じゃないから、向こうの方が強いかもしれないじゃん!」
ああ言えばこう言う二人はてこでも動こうとしない。
当て馬ガールとして活躍できそうな場所はもうここしかないのに、と仏頂面をさらしていると「じゃあ一人で行って来ればいいじゃん」と理来に言われる。
一人で行っても意味ないんだよ!と言いたいが言えないので「一人じゃ怖いもん」と当たり前なことを口にする。
「なんで怖いのに行こうとするんだよ。行かなければみんな平和だろ。そうだよな。よし、戻ろう」
理来にそう締められ、私は仕方なく二人と一緒に絶叫系アトラクションの方へと再び足を向けた。
絶叫系では高笑いしちゃうし、お化け屋敷も入れない。となれば、これはもう当て馬ガールとしての動きは放棄するしかないってことだろう。
そう割り切った私は、そこからは、純粋に三人での時間を楽しむことにした。
それに、当て馬ガールとしての気負いを無くして改めて見てみると、テンションがあがっているからか、理来と漣の距離はいつもより近く楽しそうで、変に割り込まずに二人をさりげなく後押しする幼馴染ポジとして動くのが、今日は正解と思われた。
その後は、コースターも、理来と私だけでなく、漣と私で並んだり、理来と漣で並んだりした。二人が並んで乗っているときは、わー――!!と声をあげる漣を、理来が何度も可笑しそうに見ているのを、後ろから「あははははは!」と笑いながら微笑ましく眺めた。
そうして、さんざん遊び倒して夕方になる頃には、高笑いを続けた私はハスキー声に進化をとげてしまっていた。
「ちょっと喉がっさがさだから飴かなんか買いたいんだけど、ショップ行っていい? 音羽にお土産も買いたいし。二人は? 行く?」
「いや、俺は別にお土産とかいらんし」
「あー、俺は妹に一応なんか買っとくかな」
仕方なさそうに言った漣に「そしたら私買っとくよ。音羽と一緒でいいでしょ?」と聞く。
「いや、悪いよ」
「いいって。逆にあのめちゃ混みの中に一緒に入ったらはぐれそうだし、その辺で二人で座って待っててくれた方が私も安心」
「ほんと?じゃあお願いしちゃおうかな。これ土産代。足りんかったら言って」
漣が財布から出した千円札を受け取り「おっけー」と言った私は、さあ、二人きりの時間を楽しむといいさ、と心の中で思いながらショップへとのんびりと足を向ける。
その後も、不必要なほど時間をかけて妹たちへの土産を選び、自分用の飴を買った私が外に出る頃には、入店してから30分近く時間が経過していた。
少しは後押しできたかな、と二人に待っててと言った場所へ向かう。
最初に立っていた位置には当然のことながらもうおらず、どこだろうと見回すと、植木を背にベンチに二人で並んで座っているのが見えた。
植木の後ろから回り込んで脅かせるな、と思いつき、ニヤニヤしながらそっと近づく。
二人は楽しそうに盛り上がっているわけではなかったけど、ときどき言葉を交わしながら絶叫を乗せて走るコースターを笑顔で眺めていて穏やかな雰囲気だった。
気付かれないように二人のすぐ後ろまでいき、植木のかげからそっと顔を出す。そして、声をかけようとした次の瞬間、私は自分の口を両手で塞いだ。
二人が何気なくベンチに置いている手と手が、触れあっているのが見えたからだ。
とはいっても重なっているとかではなく、ただ、小指の外側同士が当たっているだけだったけど、二人とも気付いているだろうに避けることなく、じっとくっつけたままでいるのを見て、なんだかこちらがドキドキしてくる。
これは、見なかったことにしたほうがいいだろうと、後ずさりをしようとしたところで、理来が少し身体の位置を変えて、二人の手が離れた。
あ、それなら今やっぱり声をかけて、と口から手を離した私の前で、理来は再び手をベンチに置き、今度は漣の指の上にほんの一センチほどだけその指先を重ねる。
一瞬、漣はぴくっとしながらも手を引っ込めることはせず、ただ耳が赤くなったのが後ろから見ていて分かった。
――やっぱ、両思いなんじゃん!!
心の中でそう叫びながら、私はゆっくりとゆっくりと、偶然なのか故意なのか分からないほど少しだけ指を重ねたままの二人に気付かれないように植木から離れ、自分の心臓が落ち着くのを待ってから、改めて二人に見えるように通路から「お待たせ」と戻った。
「時間かかったな。混んでるみたいだったもんな」
いつもと変わらない顔で話しかけてくる理来の隣で、漣がなんとも言えない表情で、さっきまで理来と触れ合わせていた右手の指先をぎゅっと握りこむのが見えた。
その顔が少し赤く見えるのは、夕日を受けているからだけではないだろう。
「混んでたねー。はい、これ」
妹ちゃんの分のお土産の袋を渡すと、漣がはっとしたように私を見て「ありがとな」とぎこちなく笑った。私に対する罪悪感を覚えているのかもしれない。
むしろ当て馬に対する優越感を覚えてくれ、と念を送った私は「じゃ、帰ろうか!」と二人の腕を引っ張って立ち上がらせた。
夏休み最後の週末は、地区の夏祭りに例年のように三人で出かけた。
野球部のマネージャーだという二年生の女子二人が、たまたま浴衣を着てお祭りに来てるのに遭遇して、一緒に回りませんか?と漣を誘うと言う、哉子曰く様式美な出来事が起こったりもした。
押しに弱い漣が断りきれないでいるのを見て、当て馬ガールらしく「行ってきたら? 私は理来と回るし」と言ったところ、漣は慌てたように断り、女の子たちは私を睨んで去っていった。
まあ彼女たちからしたら、私が漣の嫉妬心を煽った嫌な女に映るだろうからしょうがない。実際そのとおりだし。漣の嫉妬の方向があの子たちが思っているのとは違うだけで。
今だって、りんご飴とイカ焼きで両手がふさがってるからわた飴食べさせてとお願いして、漣に口に入れてもらってイチャイチャしているのは理来である。まあ、イチャイチャしてるっていうか、餌付けみたいな雰囲気ではあるけど。
そろそろ、当て馬ガールも必要ないかもしれない、と二人の姿を見ながら考える。遊園地に行ったあとも、理来と漣が会う回数を増やすために頑張っている成果が出ているのか、最近ではふとしたときに二人がそれぞれ相手に対して発動していたバリアのようなものが薄れ、好意が駄々洩れになっていることがある。勉強中の二人の距離感もなんか近すぎておかしいし。
だけどまだお互いが素直に気持ちを告げ合うためには決め手にかけるのだ。だからこそ、あともう一押ししたい。この前の遊園地の様子からいっても、漣がはっきりと理来に好意を示せば、二人はうまくいく気がするし。
また理来が漣にわた飴をねだり、笑った漣がちぎったフワフワのかたまりをその口に放り込む。一瞬寄り添った二人の影は道の上でぴったりと重なり合っていた。