前略。
黒瀬の顔が見られない。

別に避けようとしてるわけじゃないけど、反射的に身体がそうしてる。



例えば昼飯を買いに、ひとりで購買に行った時。


「あれ、片岡? 珍しいな、黒瀬と一緒じゃねえの?」


クラスメイトの山田に、そう声をかけられて。


「別に、常に一緒にいるわけじゃねーっつーか……」

「お、噂をすれば黒瀬。あれ片岡探してんじゃね?」

「っ、いねーって言っといて!」

「はっ? おい、これ限定10個のクリームパンだろ! 置いてくのかよ!」


勢い任せでとりあえず走って逃げたし、昼飯を食い損ねたし。


「あれ、黒瀬じゃん。次、授業うちの教室?」

「……いや。片岡知らねえ」

「片岡ならさっき喋って……あれ。片岡は?」

「片岡ー? おーい。……先移動したんかな? でも荷物あるよな」

「教室行ってみようぜ。会ったら黒瀬が呼んでたって言っとくわ」

「……ありがとう」

「はは、素直か」


……とか、俺を探す黒瀬から身を隠して逃げもして、そのあと次の授業にも遅れた。

なんつーか全体的に、すげえペースが乱されてる。




「くそ、無駄に疲れたな……」


そんなこんなで放課後。
渡り廊下、自販機の前。

誰もいないのをいいことに、足元の段差に座った。

プシュッ。
買いたてのサイダーから、空気の弾ける音がする。

音から美味いよな、サイダーって。
って前に黒瀬に言ったら、なんだそれって声だけ笑ってた。

結局レボルバー5号作戦は失敗したまま、あいつの笑う顔は見られていない。

今後見られんのかな。俺いま、黒瀬の顔すら見られねーのに。


「はー、染みる……」


のどを通るスカッと感と、口に広がる甘さに癒される。

なんでこんな風になってんだろ。
……いや、全部自業自得なんだけど。

黒瀬と話すのがすげえ好きだ。
普通でくだらなくて、けどそんな毎日がすげえ楽しくて。

そうやって過ごしていけたら、それで良くて。


「……意識ってなんだよ」


なんでそんな単語、生みだしてんだよ。
友達なんじゃねーのかよ、俺とあいつは。

そんなやつが告白してくる夢見たからって、なんで勝手に調子崩してんだよ、俺。

……ああ、くそ、ダメだこのままじゃ。


「……よし」


これ飲みきったら、普通にしよう。
理由は言えないけどちゃんと謝って、普通に一緒に帰って、そんでまたくだらない毎日を過ごそう。

だって今日で、嫌ってほど分かった。

黒瀬がいるせいで、どんだけ毎日が楽しくなってるのか。


「……片岡」

「っ」


決意した瞬間、名前を呼ばれた。
顔を見なくても誰なのか分かって、先に心臓が反応する。



「……お、おう、黒瀬。元気そうだな」

「……」

「あ、おまえも飲むか。三ツ星サイダーのスプラッシュサンダー味」

「飲まねえ」


相変わらずシンプルな返答。
だよな、って下手くそに返す。

俺、こいつとどうやって話してたっけ。


「……炭酸とサンダーが掛かってんの、それ」


一日話さないのが久々すぎて混乱してたら、黒瀬がそんな話を振ってきた。


「は? そりゃどっちもピリピリするけど……って、おい。マジじゃん、天才かおまえ」


すげえ、そういうことかよ。
気にはなってたんだよな、サンダーって味あんの?って。


「すげえ……今日イチ感動してるわ今」


少しだけ中身の残ったペットボトルを掲げながら、心底感心する。

───と。


「……ふっ」


黒瀬の方から、吹き出す声が聞こえて、とっさに目を向ける。
……ああ、くそ。


「少なすぎだろ、感動」


なんでこのタイミングで見られるんだよ、笑った顔。

そんな優しい顔で笑うのかよ、おまえ。


「……あーー……」


───好きだ。

好きだろ、こんなの。

恋がどんな感情なのかはよく知らねーけど。
友達よりもっと特別で胸が苦しくなるこれが、他にどんな呼び方をすんのか、むしろ思いつかない。


「……帰ろうぜ、そろそろ」

「……片岡?」


結局また顔が見られなくなって、わざとらしいくらい目をそらしながら学校を出る。

なんで気が付くんだよ、こんな感情。


「……おか」


つか冷静に考えて笑いのツボどこだよ、黒瀬。

さっきの俺との会話がレボルバー5号より面白いって、感性ズレすぎだろ。


「片岡っ」

「? うわっ」


突然、黒瀬に二の腕を引かれる。
呼ばれた名前に反応するのも、重心を変えるのも間に合わなかった。

バランスを取ろうととっさに出したもう片方の手まで、ガシッと黒瀬につかまれる。
ほぼ高さが一緒の肩に、あごが軽くこすれた。


「ああー、わるいねえ兄ちゃん」


チリ、チリン。

かすれたベルとじいさんの声が通り過ぎた。


「……今鳴らすなよ」


黒瀬のこぼした声が、耳に直接かかる。


『───好きだ』


瞬間、頭の中で再生される、あの時の声。


「っ」

「……片岡?」

「え。あ、あー! びびったわ、自転車な。オートバイシクル!」


心臓の速さも強さも尋常じゃない。
適当な言葉を話しながら、ほぼ本能的に、黒瀬の肩を押して離れる。

つかまれていた腕が、熱い。


「バイシクルにオートはいらないだろ」

「あー、そっか、それはオートバイか!」

「オートバイはモーターサイクル……どうした。どっか痛めた?」


また、顔をのぞきこまれる。

黒っぽい目が、合う。


「っ……」


首から登った熱が、一瞬で顔全部に広がる。


「……片岡、」


なんだ、これ。
どうしたらいいんだよ。

こんなの、どうやって隠せって言うんだよ。


「……誰のせいだと思ってんだよ」

「は?」

「俺がなんで、こんな真剣に」

「……? 何言っ、」

「っお前が、人の夢にまで出て俺を好きとか言うから! どうしたらいいか分かんなくなってんだよ!」

「───は」

「あーくそ、帰る!! じゃあな!! 助けてもらったのには感謝する!!」


黒瀬の方をびしっと指さして、返事を待たずに分かれ道の坂を下る。

くそ、結局言ってるし。ギリ好きとは言ってねーけど。

……もういいわ、なんでも!
だってなんかもうムカついてくるだろ。

人が真剣に悩んでんのに、のんきに毎日を生きやがって。

……別にあいつのせいじゃねーけど!



「あのクソ瀬慧め!!」



とっとと帰ってしぬほどトレハンしてやる!