布団をめくるのと一緒に、ガバッとベッドから起き上がる。

朝7時。
まだアラームが鳴ってないスマホを枕に投げて、頭をわしゃわしゃとかいた。


「……黒瀬め……」


全っ然眠れなかった。
黒瀬は別に悪くねえけど。いやでもやっぱおまえのせいだ。

勝手にキレながら、うなだれて布団に顔を埋める。

目を閉じる。


『───好きだ、片岡』


脳内再生される、昨日の黒瀬の声。


「……っ、だあ!」


意味わかんねえ。

おかしいだろ、なんだあれ。


「……なんなんだよ、あの夢」


その夢を見たのは、昨日の放課後。

借り物競争用のくじを作ってたら、教室に黒瀬が来た。
そんで手伝ってくれて、けど忘れ物取りに急にいなくなって。

なんか疲れて来たし休憩するかな、って俺も作業を止めた。

最初はスマホでショート動画とか、1日1話無料のマンガとかを読んでたけど、だんだんと眠くなってきて。
景色がぼやっとして、窓の外から差し込んでた夕日が、急に消えて暗くなって。

たぶんそのまま、飲まれて寝落ちた。


『片岡』


そしたら聞きなれた声が聞こえた気がしてきて、でもなんか、それがやけに落ち着いて。
ああこれ夢だな、黒瀬って俺の夢にまで出るのかよとか考えて。

けど心地いいから、そのふわふわした感覚にぜんぶ預けてたら。


『……好きだ、片岡』


落ちてきたのは、そんな、頭の端っこにもなかった言葉。

は、って思ったけど、それよりも。
そんな風に、震えて名前を呼ばれるのは人生で初めてで。

こいつって、俺の名前こんなに大事なものの名前みたいに言うのか、って思ったら。
心臓の奥が、めちゃくちゃ熱くなって仕方なかった。

その声色が、いつまでも頭の中に焼き付いて離れない。

……いや。離れないじゃねーっての!!


「片岡?」


7時35分。
結局あの後も全然寝られなかったから、とりあえず待ち合わせ場所に来た。

なんとなく先についておけば、心の準備もしやすいかもとか思ったのに。


「……なんでもういるんだよ、漁師か!!」

「は?」


待ち合わせまで15分もあるのに、そいつは今日も涼しい顔でそこに立ってた。

なんだこいつ、夢ではあんな必死そうに俺のこと呼んでたくせに。
別にこいつのせいじゃねーけど!


「……おまえ寝ろよ、ちゃんと」

「寝てる」

「もっと寝ろ、育ち盛りを満喫しろ」

「……何言ってんだ」

「だあ、くそ」


意味が分からないって言いたげな目が向けられる。
なんでこんな意識してんだ、俺。

……は。意識?


「……そっちだろ」

「───え」


心の中に生まれた単語に自分で動揺していたら、黒瀬がすぐ近くまで来てるのに気づかなかった。

呼ばれて振り向いたときには、もう遅い。


「寝てねえの? クマ、できてる」


前髪が当たりそうな距離で、黒瀬の黒っぽい目がのぞきこむ。

そこに自分が映ってるのが見えて、
瞬間、首から一気に熱が登ってくるのが分かった。


「っ……おま、近ぇわ!」


反射的に肩を押せば、少しだけ離れる黒瀬。
どんな顔をしてるのか、見ようにも見られない。

……なんだ、これ。

何してんだ、俺。

……あー、くそ!


「行くぞ、学校!」


ごちゃごちゃした頭の中をかき消すみたいにそれだけ言って、くるっと方向を返して勝手に進み始めた。