黒瀬くんは振り回される


分かりにくいけど、だからこそ黒瀬が楽しそうだったら嬉しい。

だから、俺は決行することにした。



「黒瀬、これを見ろ」


金曜、5限。

選択授業のこの時間、黒瀬は俺の後ろの席だ。


「……何?」

「レボルバー5号のコント」


は?って言いたげな顔が向けられた。

けど構わず、スマホの画面を黒瀬に見せる。


「これ見てどうすんだ」

「おまえの腹をよじれさせる」

「は?」


今度こそ声に出しやがった。まあもう慣れたもんだ。
とにかく俺は、こいつを思いっきり笑わせてその爆笑を目撃することにしたんだ。

見せるのは、動画サイトに本人がのっけてる、俺のイチオシの芸人のコント。
あんまテレビでは見ないけど、俺は地球で一番おもしろいと思ってる。


「どうだ。するだろ、爆笑」

「しねえ」

「は!? なんでだよ。開始5秒から爆笑だろ、レボルバー5号だぞ」


仕方ねえな、って言いながら動画を30秒くらい進める。
こうなったら俺も本気だ。


「目かっぽじって見ろよ」

「……」


こっからなんだよな、本番は。
画面の中で、コンビニ店員の格好をしたボケが、ツッコミにすっと弁当を渡した。


『遠慮せず。お疲れでしょう、どうぞ。僕からの差し入れだと思って』

『店員さん……これは?』

『本日の廃棄(はいき)弁当です』

『廃棄かよ!! 奢れよそこは堂々と!! 日替わりメニューみたいに言うな!!』

「ぶっっっはっっっっ、腹がしぬ」

「……」


あまりにおもしろくて、バンバンと机をたたく。


『450円の未払いになります』

『買い物を未払いって言わねえから! ていうか金取るなよ、廃棄で!』

「わっはっはっはっ」

「…………」


ひーひー言いながら、濡れてきた目の端をこする。

めちゃくちゃおもしれーよな、レボルバー5号。


「今のもいーけど、やっぱコインランドリーのも外せないんだよな」

「……へー」


横から棒読みのリアクションが聞こえて、じっと黒瀬の方を見る。

嘘だろ。いつもと変わらなくね?


「……なんだよ」

「おまえ笑ってた?」

「笑ってない」

「なんでだよ!」

「笑うところがなかった」

「笑うところしかないだろ、レボルバー5号だぞ」


信じられないな、笑いのセンス壊滅的かよ。

言えばなんかまた目線が向けられたけど、俺の意識はそこにない。
くそ、この作戦は失敗か……。

「これ見せたら黒瀬が笑ってんの見られると思ったのに」


レボルバー5号がだめならなんだ、ランナー&ウォッチか?
好きな芸人を思い出しながら頭をひねる。

そしたら隣から、「は?」って声が聞こえた。


「? なんだよ」

「……何のために」

「なにが?」

「俺が笑ったって何もないだろ、別に」

「あるだろ! ……ん? ねえの?」


わかんねえけど、って続ける。

黒瀬、いっつもクールな顔しか見せないからなー。


「笑ってんの見たら、多分すげー嬉しい。俺が」

「───」

「あー、なんかすげえ眠くなってきた……」


おもいっきりあくびして、スマホをしまう。
ちょうどそのタイミングで先生が入ってきた。

起立、着席で席につく。

本格的に、(まぶた)が重くなってきた。


「……おい片岡!! 寝るな!!」

「うおっ」


気付いたら先生が俺の前に立ってて、クラスの何人かが笑ってた。


「え。黒瀬、俺寝てた?」

「寝てた」

「うそだろ、起こせよおめー……」

「黒瀬のせいにするんじゃない。片岡、疲れてるのか?」

「いやちょっと、レボルバー5号が……」

「レボルバー?」

「おっと、なんでもないっす」


笑い疲れた、完全に。

とか言ったらさすがにキレられそうだから言わないけど。


「ったく、集中してろよ。75ページな」

「うす」


返事をして、ページをめくって、教科書の陰でこっそりあくびをして。

正直まだ全然残ってる眠気に、半分意識が持ってかれてたから。


「……ぶは」


うしろで思いきり吹き出した黒瀬の声に、俺は気が付かなかった。