黒瀬は無表情で、声も棒読み。

けど結構いいところもあって、優しかったりする。

高校の友達って一生モノになりやすいらしい。って俺の姉ちゃんが言ってた。

実際に今年クラスが離れても仲は変わんないままだから、
もしそうなら、本当に続けばいいなと思う。



初めて喋ったのは1年前。

体育祭の時期だった。



「はあー?やだよアンカーなんて」


水曜5限、種目決め。

色んな競技の名前が並んだ黒板を前に、俺はべたっと机に突っ伏していた。


「仕方ないだろ、片岡が2番目にタイム速いんだから」

「んなの関係な……はっ?」


2番? 俺ここだとそんな早いの?

確かに昔から運動は好きだったけど、昔からバスケ以外に興味持ってなかったし。
中学は陸上が強い学校だったから、あんま足の速さで目立ったことなかった。


「あーそっか、ここ陸上部ないからかー」

「よろしくな、お前がこのクラスの陸王だ! じゃ!」

「やあやあやあ待てよ、なんで1番に行かねーんだよ」

「……あー……」


あー?
微妙な反応のクラスメイトに首をかしげる。

そいつの視線を追えば、教室の端っこの席。

真っ黒な髪で、片肘ついて。
なんかつまんなさそうに、窓の外を見てる生徒がいた。


「……あれ? 1番のやつ。黒瀬だっけ」

黒瀬(くろせ)(けい)な。なんか頼みづらいんだよなー、無駄に背高いし。たまに話しかけても反応ねーし。人と喋ってんの見たことないかも」

「最初女子に騒がれてたよな、イケメンだって」

「けどLIME交換しようって言ってきた女子、全員秒殺で断ったらしい」

「うえー、まじで一匹狼だな」


近くの席のやつらからも出てくる、いろんな噂。

へえ、って適当な相槌を返す。

人の話聞くのも好きだし大事だろうけど、それだけじゃ本当が何かはわかんねーし。


「……俺聞いてくるわ、アンカーやんないか」

「えっ、黒瀬慧に? やめとけよ片岡、お前が戦えるの身長くらいだぞ」

「ならよくね? ジャングルだったらでかいやつが一番強いだろ」

「ここ教室な! 人間界!」


後ろでなんか騒いでたけど、気にせず隅の席に向かった。

椅子があいてたから、黒瀬の横の席に腰かける。


「なあ」


返事はない。無視してんのかな、って思ったけど、よく見たら耳にイヤホンがささってた。

立ち上がって近づいて、ぱっと黒瀬の視界に手のひらを広げる。

気づいた黒瀬は、すこし驚いたみたいに目を向けて、イヤホンを外した。


「黒瀬さ。俺と一緒にアンカーしねえ?」

「……は?」


あっさりした返事。でもあんまり、冷たい感じはしない。


「何言ってんだよお前、アンカーは一人だって!」

「ええー、だって寂しくね? だし、押し付けられたくねーけどさ。押し付けたくもねーじゃん」

「……」

「だからっておまえな、」


ガタ。立ち上がった黒瀬が、俺の前を通り過ぎていく。

背中から、あーあって声が上がった。

やっぱうざかったかな、とか思ってたら。


「えっ、黒瀬アンカーやんの……!?」


黒板の方からそんな声が聞こえてきた。
見れば、文字を書く黒瀬の背中。

”アンカー①:片岡
アンカー②:黒瀬”

書ききった黒瀬が、手の粉を払いながら戻ってくる。


「書いてきた」


それだけ言って、席につく黒瀬。


「……ぶはっ」


なんだ、それ。


「なんだよ、めちゃくちゃ乗り気じゃん!」

「は?」

「じゃあさ、ついでに借り物競争も一緒にやんね? 俺これ一回出てみたかったんだよな」

「それはいい」

「秒殺すんなよ! LIME聞いてねーのに!」


言えば、また『は?』って返された。

後から聞いたけど、クラスのやつらを無視した記憶は一回もなかったらしい。
たぶんイヤホンつけてたから、だそうだ。

それから黒瀬は、あんまり教室でイヤホンを付けなくなった。
まあ、途中で壊れたのもあるんだろうけど。


「な、黒瀬。お前ゲーム好き?」

「やったことねえ」

「まじかよ。人生の1年くらい損してんぞ」

「……どこの1年だよ」


そうやって、くだらない会話を何回もしてたら、
毎日がすげーあっという間に過ぎるようになった。

あんま想像つかないけど、黒瀬がいなかったらこの学校での楽しみ、結構減ってた気がする。


「……何に笑ってんの」

「んや、別に?」


話しかけてよかったな、あの時。