「その後にもセツさ、オレばかりに頼りたくないって今度は頑張って自分から声をかけて友達を作ることになったよね」
次々に嫌な思い出が、会話と彼の脳内によって掘り返されていく。
どうして当時、悪意があった訳でもないのに、こんな思いをたて続けにしなくてはならなかったのか、と感じるのはもちろんのこと。
言葉足らずさだけではなく、根本的には自身の容姿がこんなふうだったからこそ、こんな嫌な目にあったのだと彼は思ってしまう。
「そこで気の合いそうな大人しい男子に声かけたら引き立て役にしてるって噂されて、その人に嫌われちゃったこともあったけど……これも原因のうちの一つ?」
申し訳なさそうに、友人は述べる。
彼からすれば友達になりたいという純粋な気持ちだけで一生懸命声をかけたのにも関わらず、身勝手に悪と解釈されただけ。
極めて理不尽極まりない出来事だった。
とはいえ、彼のことを嫌ったその人が悪い訳ではない。雪花の言葉を信じたか。周りのその他大勢の言葉を信じたか。それだけの話だ。
内面で判断してほしいのに、外見だけで決めつけられるのは侮辱的だ。でも、容姿は変えられないからそういうすれ違いに解決策がないとも解釈できてしまい、彼は希望を抱けずにいた。
「……確かにそれもそうだけど。俺がこの容姿で損したのって一度や二度の話じゃないでしょ」
悔しそうに想いを紡ぐ姿はとても痛々しい。見ていることさえ避けたくなるほどに。
敢えて考えてみれば、彼の体験した嫌な出来事や挫折。全て原因に彼自身の容姿が結びついているようにも思う。
上手く使えば有利に働く整った容姿も、普通から外れた道を歩くことを選べば足枷となる。
そんな彼が自身の外見を呪縛と捉えるしかないと主張するのは頷ける話だ。
「引き立て役にしてると思われるってセツが考えてるんだったら、相手に失礼。それだけは間違ってるよ。さっきも言ったけど同じことが起きたときにノートの人がセツを嫌うとも考えにくいし」
友人が途中途中で吃る様子は、だいぶ伝える言葉を選んでいるように受け取れた。
第一に雪花は何も悪いことをしていないので、そこは忘れてはならない。けれども、彼の主張していることや考えていることは自分は何も悪くない、全ては容姿のせいだ、ということ。
その思考が幼すぎるのもまた事実。
自身の容姿が悪だという決めつけが、また嫌な出来事を発生させるという悪循環を生み出している。
彼が自らの容姿を受け入れられるように。または、容姿に誇りを持てるようになるためにも。
何か成長できるようなきっかけが必要だと、友人は思っている。
「失礼も何も前にあったんだから事実じゃないか。知らないよ、何で皆んなが引き立て役にしてるとか思うかなんて」
彼の主張だって間違ってはいないはずだが、表情はどう見ても頗る辛そうだ。
生まれたときから共に生きてきた容姿なのだから、彼にとってそれは特別でも何でもなく。
どうして周りが過剰に神聖視するのかも、羨んで貶すのかも分からない。
その"分からないこと"は余計、彼と周りの間に溝を作り、ついには彼を孤独にさせた。
「セツ……」
悲哀に満ちた顔で雪花を見る友人。
彼がすぐ目の前で悶え苦しんでいるのに、自分には何もできないことが後ろ暗い気持ちになる。
こんなにも彼のことを友人として、大切に想っていても、助けになりたいと思ってもいても。
まだ子どもで、人生経験の少なさゆえに、それを伝えるすべを知らない。
「そうやって……! 今度こそは大丈夫だから相手のことを信頼してみようって歩み寄った瞬間に、相手から離れていくんだろっ……俺だって、過去を引き摺らずに躊躇なく、新しい出逢いに胸を馳せることができるならそうしたいよ! でも、無理なんだ、いつも……いつも!」
急に彼が声を張り上げたことで、周りの生徒も驚愕したのであろうか。
一斉に視線が彼らの方を向いた。教室で急に誰かが周りの雑談を凌駕する声量で喋れば、注目の的になる。声の正体が雪花だというのだから尚更だ。
されども会話の相手の友人が変に冷静だったことから、大事ではないと判断した生徒たちは何も声をかけることなく、また会話へと戻っていく。
「けどさ、オレのことは信用してくれるだろ。オレは離れないってわかってるから、こうやって真正面から自分の思いを伝えてぶつかってきてくれてるんだよ」
まるで、彼のことを宥めるような優しい微笑みを見せながら友人は話し始める。
言われた通りに、友人は彼が信頼していて自分の思いを気兼ねなく伝えられる唯一の人物だった。自分は求め過ぎていたのかもしれない。
ノートの持ち主から返事をもらうのも、自分と同じ同性愛者の友達ができるのも、必ずしも簡単なことではないのだ。気負いすぎずに、"あわよくば"というマインドでいればいいのではないか、と。
相手の落ち着きにつられたことで、いつの間にか彼も冷静さを取り戻す。
「今、ここで起きてるんだから、セツの側から離れない人がいるっていうのも事実だよ」
「……っそれは、そう」
見まがうことのない正論に、彼は言葉を噤む。
物事を良くない方向に考えすぎていたことに気付き、少し反省の色を示した。
ぎゅっと唇を噛み、動揺からか一筋だけ首元に汗を垂らしている。
「セツはそもそも自分の容姿が嫌なんだよな。逆に言えば、容姿を気にしないでやり取りできることはチャンスじゃね? たらればのことを考えても、もったいないよ」
再び、ノートを彼の前へと差し出した。
友人は精一杯の笑顔でグッドポーズをすると、彼の背中を押すように肩をそっと叩く。
先程は何かと理由をつけては返事を書くことを拒んでいたのにも関わらず、今回は拒否反応を示すこともなく、それを平然と受け入れる。
彼は自分でも何に納得して、ノートを受け取ることにしたのか分からなかった。気付けば友人の手元ではなく、自分の手元にノートがあったのである。
「やり取りしたからって絶対に相手に会わないといけないわけじゃないし! もし会うことになったとしても……。そのときはセツが容姿とその人との関係を切り離して考えることができて、且つ、お前から会いたいって思ったときだよ」
正に脳が拒絶をすることなく友人の話す言葉の一つ一つが、簡単に頭の中へと入っている。
二人とも心が清々しい気持ちだった。
手一杯な今は『もしも』のことではなく、目の前で起こっていることだけに向き合って真剣に考えていれば、それで良いのだ。
自分の嫌なところを無理に出そうとしなくてもいい。隠して接してもいい、ということに気付いた彼は何だかホッとした。
「だから大丈夫。友人のオレが保証するな!」
以前までは、無責任だなと思うような発言も。この瞬間は心強いものに感じてしまう。
友人が居てくれて本当に良かったと彼は思った。きっと、これからの人生で友人以上に彼のことを理解してくれる存在は現れないのではないか。
次いでにと言っているような彼の頭をわしゃわしゃと撫でる億劫な仕草。
今回ばかりは、拒否することはしない。
「……ありがと」
僅かに照れ臭く感じながらも、小さな声ではあるが、心からの礼を言った。
自分の思っていたことがちゃんとした形で本人に伝わってくれたことが友人は嬉しかったようだ。
「どういたしまして」とは誓って口にせず、礼に対してそれ以上ない笑みで返す。
「返事書いてみる」
意を決してノートを開き、大々的に宣言をする。
まだホームルームが始まるまでには時間があるので、簡単な返事を書き留めるには充分だろう。
しかし、ひとしきり空白のページを見つめた後に、彼の動きがぴたりと止まった。
先程までは彼が返事に何を書くのかとワクワクを隠しきれていなかった友人でさえ、その様子を不思議に思ったのか。
気付けば二人揃ってまで、首を傾げていた。
「これ。なんて、書けば?」
どうということは無い単純な問いに、友人は無意識にずっこけそうになってしまう。
質問している本人も自分の考えなさに対して辟易しているのかもしれない。申し訳なさはあるものの表情は完全に苦笑いをしている。
「最初だから何でもいいだろ。例えば、やり取りのルール決めでもさ! お前らは恋愛的な関係じゃなくて、友人なんだから。オレと会話するみたいに深く考えずに返事しちゃえばいいよ!」
"友人"という変哲もない単語に関心させられた。
同じ同性愛者ということで、知らず知らずの内に相手を恋愛対象として見て変に意識しまっている。
けど、よく考えればお互いに好きな人がいる内はノートの持ち主でさえ、恋愛対象にはなり得ない。この友人と同じような普通の友達同士の関係だ。
奇妙な気を張ったり、相手にどう思われるか考えたりすることなく、単純な日常会話をしたらいい。
「わかった」
彼は当たり障りのない言葉で答える。
ノートの持ち主の返事をするために、友人から借りたボールペンを手に持った。
こうして、凛と雪花はやり取りをしている相手が、自分の好きな人であると気付かないまま、やり取りを続けることになっていくのだ。
次々に嫌な思い出が、会話と彼の脳内によって掘り返されていく。
どうして当時、悪意があった訳でもないのに、こんな思いをたて続けにしなくてはならなかったのか、と感じるのはもちろんのこと。
言葉足らずさだけではなく、根本的には自身の容姿がこんなふうだったからこそ、こんな嫌な目にあったのだと彼は思ってしまう。
「そこで気の合いそうな大人しい男子に声かけたら引き立て役にしてるって噂されて、その人に嫌われちゃったこともあったけど……これも原因のうちの一つ?」
申し訳なさそうに、友人は述べる。
彼からすれば友達になりたいという純粋な気持ちだけで一生懸命声をかけたのにも関わらず、身勝手に悪と解釈されただけ。
極めて理不尽極まりない出来事だった。
とはいえ、彼のことを嫌ったその人が悪い訳ではない。雪花の言葉を信じたか。周りのその他大勢の言葉を信じたか。それだけの話だ。
内面で判断してほしいのに、外見だけで決めつけられるのは侮辱的だ。でも、容姿は変えられないからそういうすれ違いに解決策がないとも解釈できてしまい、彼は希望を抱けずにいた。
「……確かにそれもそうだけど。俺がこの容姿で損したのって一度や二度の話じゃないでしょ」
悔しそうに想いを紡ぐ姿はとても痛々しい。見ていることさえ避けたくなるほどに。
敢えて考えてみれば、彼の体験した嫌な出来事や挫折。全て原因に彼自身の容姿が結びついているようにも思う。
上手く使えば有利に働く整った容姿も、普通から外れた道を歩くことを選べば足枷となる。
そんな彼が自身の外見を呪縛と捉えるしかないと主張するのは頷ける話だ。
「引き立て役にしてると思われるってセツが考えてるんだったら、相手に失礼。それだけは間違ってるよ。さっきも言ったけど同じことが起きたときにノートの人がセツを嫌うとも考えにくいし」
友人が途中途中で吃る様子は、だいぶ伝える言葉を選んでいるように受け取れた。
第一に雪花は何も悪いことをしていないので、そこは忘れてはならない。けれども、彼の主張していることや考えていることは自分は何も悪くない、全ては容姿のせいだ、ということ。
その思考が幼すぎるのもまた事実。
自身の容姿が悪だという決めつけが、また嫌な出来事を発生させるという悪循環を生み出している。
彼が自らの容姿を受け入れられるように。または、容姿に誇りを持てるようになるためにも。
何か成長できるようなきっかけが必要だと、友人は思っている。
「失礼も何も前にあったんだから事実じゃないか。知らないよ、何で皆んなが引き立て役にしてるとか思うかなんて」
彼の主張だって間違ってはいないはずだが、表情はどう見ても頗る辛そうだ。
生まれたときから共に生きてきた容姿なのだから、彼にとってそれは特別でも何でもなく。
どうして周りが過剰に神聖視するのかも、羨んで貶すのかも分からない。
その"分からないこと"は余計、彼と周りの間に溝を作り、ついには彼を孤独にさせた。
「セツ……」
悲哀に満ちた顔で雪花を見る友人。
彼がすぐ目の前で悶え苦しんでいるのに、自分には何もできないことが後ろ暗い気持ちになる。
こんなにも彼のことを友人として、大切に想っていても、助けになりたいと思ってもいても。
まだ子どもで、人生経験の少なさゆえに、それを伝えるすべを知らない。
「そうやって……! 今度こそは大丈夫だから相手のことを信頼してみようって歩み寄った瞬間に、相手から離れていくんだろっ……俺だって、過去を引き摺らずに躊躇なく、新しい出逢いに胸を馳せることができるならそうしたいよ! でも、無理なんだ、いつも……いつも!」
急に彼が声を張り上げたことで、周りの生徒も驚愕したのであろうか。
一斉に視線が彼らの方を向いた。教室で急に誰かが周りの雑談を凌駕する声量で喋れば、注目の的になる。声の正体が雪花だというのだから尚更だ。
されども会話の相手の友人が変に冷静だったことから、大事ではないと判断した生徒たちは何も声をかけることなく、また会話へと戻っていく。
「けどさ、オレのことは信用してくれるだろ。オレは離れないってわかってるから、こうやって真正面から自分の思いを伝えてぶつかってきてくれてるんだよ」
まるで、彼のことを宥めるような優しい微笑みを見せながら友人は話し始める。
言われた通りに、友人は彼が信頼していて自分の思いを気兼ねなく伝えられる唯一の人物だった。自分は求め過ぎていたのかもしれない。
ノートの持ち主から返事をもらうのも、自分と同じ同性愛者の友達ができるのも、必ずしも簡単なことではないのだ。気負いすぎずに、"あわよくば"というマインドでいればいいのではないか、と。
相手の落ち着きにつられたことで、いつの間にか彼も冷静さを取り戻す。
「今、ここで起きてるんだから、セツの側から離れない人がいるっていうのも事実だよ」
「……っそれは、そう」
見まがうことのない正論に、彼は言葉を噤む。
物事を良くない方向に考えすぎていたことに気付き、少し反省の色を示した。
ぎゅっと唇を噛み、動揺からか一筋だけ首元に汗を垂らしている。
「セツはそもそも自分の容姿が嫌なんだよな。逆に言えば、容姿を気にしないでやり取りできることはチャンスじゃね? たらればのことを考えても、もったいないよ」
再び、ノートを彼の前へと差し出した。
友人は精一杯の笑顔でグッドポーズをすると、彼の背中を押すように肩をそっと叩く。
先程は何かと理由をつけては返事を書くことを拒んでいたのにも関わらず、今回は拒否反応を示すこともなく、それを平然と受け入れる。
彼は自分でも何に納得して、ノートを受け取ることにしたのか分からなかった。気付けば友人の手元ではなく、自分の手元にノートがあったのである。
「やり取りしたからって絶対に相手に会わないといけないわけじゃないし! もし会うことになったとしても……。そのときはセツが容姿とその人との関係を切り離して考えることができて、且つ、お前から会いたいって思ったときだよ」
正に脳が拒絶をすることなく友人の話す言葉の一つ一つが、簡単に頭の中へと入っている。
二人とも心が清々しい気持ちだった。
手一杯な今は『もしも』のことではなく、目の前で起こっていることだけに向き合って真剣に考えていれば、それで良いのだ。
自分の嫌なところを無理に出そうとしなくてもいい。隠して接してもいい、ということに気付いた彼は何だかホッとした。
「だから大丈夫。友人のオレが保証するな!」
以前までは、無責任だなと思うような発言も。この瞬間は心強いものに感じてしまう。
友人が居てくれて本当に良かったと彼は思った。きっと、これからの人生で友人以上に彼のことを理解してくれる存在は現れないのではないか。
次いでにと言っているような彼の頭をわしゃわしゃと撫でる億劫な仕草。
今回ばかりは、拒否することはしない。
「……ありがと」
僅かに照れ臭く感じながらも、小さな声ではあるが、心からの礼を言った。
自分の思っていたことがちゃんとした形で本人に伝わってくれたことが友人は嬉しかったようだ。
「どういたしまして」とは誓って口にせず、礼に対してそれ以上ない笑みで返す。
「返事書いてみる」
意を決してノートを開き、大々的に宣言をする。
まだホームルームが始まるまでには時間があるので、簡単な返事を書き留めるには充分だろう。
しかし、ひとしきり空白のページを見つめた後に、彼の動きがぴたりと止まった。
先程までは彼が返事に何を書くのかとワクワクを隠しきれていなかった友人でさえ、その様子を不思議に思ったのか。
気付けば二人揃ってまで、首を傾げていた。
「これ。なんて、書けば?」
どうということは無い単純な問いに、友人は無意識にずっこけそうになってしまう。
質問している本人も自分の考えなさに対して辟易しているのかもしれない。申し訳なさはあるものの表情は完全に苦笑いをしている。
「最初だから何でもいいだろ。例えば、やり取りのルール決めでもさ! お前らは恋愛的な関係じゃなくて、友人なんだから。オレと会話するみたいに深く考えずに返事しちゃえばいいよ!」
"友人"という変哲もない単語に関心させられた。
同じ同性愛者ということで、知らず知らずの内に相手を恋愛対象として見て変に意識しまっている。
けど、よく考えればお互いに好きな人がいる内はノートの持ち主でさえ、恋愛対象にはなり得ない。この友人と同じような普通の友達同士の関係だ。
奇妙な気を張ったり、相手にどう思われるか考えたりすることなく、単純な日常会話をしたらいい。
「わかった」
彼は当たり障りのない言葉で答える。
ノートの持ち主の返事をするために、友人から借りたボールペンを手に持った。
こうして、凛と雪花はやり取りをしている相手が、自分の好きな人であると気付かないまま、やり取りを続けることになっていくのだ。