彼らが中学生の頃位置していたのは、女子から割と好感度の高い男子が集まってできたグループだ。
友人は彼に容姿さえ劣るもののコミュ力がある。
自己紹介をしたときに小学校が一緒だった仲のいいAと漫才をしたことが大ウケし、みるみるとクラスのカースト上位に居座った。
そのAももちろん、友人と同等に目立っていてクラスの場を仕切るタイプの生徒である。
対して、雪花は当時から落ち着いた性格ではあるが、圧倒的に優れた容姿とスタイルで直ぐ様注目の的となっていた。
そんな彼は殆ど自分から声をかけることがない。
加えて、あまりの住む世界の違う雰囲気によって、誰も声をかけることができず、しばらくはクラスで高嶺の花として浮いてしまう。
そんな彼に物怖じもせず最初に声をかけたのが、クラスで中心的な人物であるAだ。
彼も初めこそは、乗り気では無かったかもしれない。けれども、Aの陽気さに押され、たちまち仲を深めていくことに。
その三人のグループに他クラスの入学早々にして陸上部のエースとなったイケメンBと、Bの従兄弟で中学時点で主席だった大人しめのCが加わり、五人グループへと変化したのだ。
誰かが女子に告白されたとか、五人でいるときに女子から話しかけられることは日常茶飯事な生活。
必然的に恋愛ごとについて語ることが多くなる。ゲイで女子に興味のない彼からすれば、この時間は退屈だった。が、友人たちが楽しそうに談笑する姿を見るのは、然程窮屈ではない。
夏休みが明けて直ぐ、Bに好きな人ができた。
好きな人はBと同じクラスで、目立つタイプではないものの、愛嬌のある真面目な生徒。
もちろん、みんなはこの話に食いつき、女の子とその友達を誘って遊びに行こう、とか。陸上の大会に来てってお願いしてみよう、とか。
色々と二人の恋を成就させることに対しては、乗り気だったと思う。
彼は他人の恋愛事情に興味がなかったため、軽く受け流していたが、彼から見ても女の子はBに明らかに脈のある様子だ。当然のごとく二人を応援することになる。
ところが、たった一度の出来事でこのグループと、彼女との関係は崩壊していく。
友達の恋が成就することを応援していただけなのだから、彼にとっては彼女自体に興味は微塵もなかったわけだ。
今では、彼女の名前すら思い出せないのだから。
とある日の三限目。朝から何となく身体がだるかった彼は保健室で休むことに。その道のりで、たまたま体育館の前を通りかかった。
BかCがいるのではないかと思ったため、ほんの少し様子を伺う。
どうやらストレッチのペアを女子生徒たちが決めている最中らしい。残念なことに体育は男女が別れているので、Bはいなかった。Bの好きな人である彼女だけが体育館の真ん中にぽつんと立っている。
でも、どうも様子がおかしい。
誰もが彼女をいない存在のように扱い、ペアを組もうとしないのだ。彼女の友達でさえも。
それまではさり気ない小さな違和感だった。
「誰か──ちゃんと組みなよ」と他の女子生徒が話し始めたことによって、違和感が勘違いではないことに気づく。
「嫌に決まってんじゃん。あのビ○チと」
「男好きなら、男と組めばいいのに」
状況から推測すると、彼女はいじめを受けているようで。おとなしく反抗できなさそうな彼女が、イケメンが集まったグループの輪の中にいるのが気に食わなかったのだろう。
彼女は自分からそこに好きで入り込んだわけではなく、Bの好意によって無理にグループ内に引きずり込まれている。本来なら異性とは積極的に関わるタイプではないはずだ。
とうとう泣きだしそうな彼女に、雪花は見ていられなくなってしまう。
「──ちゃん? 大丈夫?」
だから、声をかけた。それだけの話。
わざわざ他クラスの授業中に体育館に乱入して、彼女のそばに駆け寄り、涙を周りに見せないように袖で彼女の視界を塞ぐ。
ざわめく周りや静止しようとする女教師の声を気にも止めない。無理矢理にでも彼女の腕を引き、保健室まで連れ出す。善意でもなんでもなかった。
ただ、親友であるBの好きな人が苦しむことで、Bが苦しむ姿を見たくなかっただけ。
その行動で何もかもが変わったのだ。
女の子がいじめられていたことや授業中に助けた事実をグループ内には共有しない。彼女がBたちに心配をかけたくないと拒否したからだ。
彼女のことが心配で、彼はたまに二人きりで彼女と話すようになった。
それから、数カ月も経たない内に、グループの五人と彼女。合わせて六人で近所の神社で行う秋祭りに出かけることになる。
秋祭りでBは彼女に告白するつもりだった。
みんなで段差に腰をかけて屋台の食べ物を食べている最中、気を利かせた友人が、彼女に対して
「──ちゃんって好きな人とかいるの?」
と尋ねる。
誰もがそれをナイスアシスタントだと思った。彼女の口からはBの名前が出ると思っていたのだから、あからさまにBを囃し立てる。
けど、違ったのだ。
「……すきです」
彼女は顔を真っ赤にさせて、小さな声で呟く。
普段は自己主張が少ない人からの勇気を出した告白に熱狂し、皆が彼女の熱に当てられていた。
人気のないところではなく、賑やかな神社の直ぐ側の人通りの多い段差だ。
近くにいる大人も青春真っ只中の光景に思わず、聞き耳を立てているのがわかる。
「え! 誰が?」
真っ先に食いついたのは、友人だった。
彼でさえもBの恋が成就する瞬間なのだから、ちょっぴりドキドキとしている。
潤んだ瞳に耳まで赤く色づき、小さくて白い手のひらのか細い震え。彼女の口が徐ろに開くのを見て、それぞれは息を呑む。
「わたし、 "粧くん"のことが好きです」
一言で辺りの空気は静まり返っていく。
聞き間違いだと思い、友人が聞き返すがそうではなかった。
状況が理解できない。不意に彼はBの顔を見上げた。そのときのBの絶望したような形相は、未だに脳内にこびりついて離れない。
「──さん、粧くんに告白して振られたらしいよ」
一体、どこから聞きつけたのか。
学年を通して人気のBとそのグループに持て囃されていた彼女、そして、学校一イケメンだった雪花を巻き込んだ騒動。
思春期の少年少女たちにとっては嘸かし美味しい餌なのだろう。事態があまり大きくならずに収束するというはずもない。
広まった噂は直ちに格好の的になった。
「──さんってBと両想いだったんじゃないの? グループでちやほやされてたから、調子のって高み望んじゃったのかな」
実質的に雪花がBの上位互換と言っているような噂は、Bを徐々に苦しめる。
誰も悪くないからこそこの苦しみをぶちまける矛先がなく、精神的に衰弱するだけの日々。
更には段々と彼の日常がプライバシーもなく、他人によって告げ口されていく。
彼が授業中に乱入して、なぜか手を繋ぎながら、彼女のことを外に連れ出したこと。
たまにグループを抜きにして、二人きりで親密そうに何やらこそこそと話をしていたこと。
彼は彼女のことが好きで、嫉妬心から両想いだった二人の間に踏み込み、女の子を略奪したこと。
そんなように次第に噂に尾ひれがついた。
自分より雪花の方がかっこいいから仕方ないと諦めていたBも次第に彼のことを信じられなくなる。
悪意をもって彼がBの恋を成就させなかったのではないか、と思うようになってしまう。
彼ももちろん、そんなことをしたわけではない。
この状況をきちんと否定して、誤解であることを説明しなければならなかった。だから
「俺、ゲイだし好きな人いるから。あの噂、真実じゃない。誤解しないで」
と、グループで気まずい状況を過ごしているところ、はっきりと告げたのだ。
きっとみんななら自分の言うことを信じてくれるという信頼から出た告白だった。
「……セツ、俺たちだってわかってるよ。お前が──のことを好きじゃなかったことくらい」
突然の告白に唖然としてしまい、誰一人として声もでない様子。そんな中で、まずAが場を仕切るように喋り始めた。
自身のことを信じてくれていたのだ、と取れる言葉に彼は安堵して顔を上げてしまう。
しかしながら、Aの表情は想像していた朗らかであたたかなものとは違っていたのである。
「けど、誤解を解くためって言ってもさ、ゲイっていう嘘までつく? ゲイの人は苦しんでて、簡単にネタにしちゃいけないってことくらいわかるだろ」
確かに、場を白けさせないために、女の子の好みについて一緒になって話し合ったかもしれない。
男が恋愛対象に入るという素振りを一度も見せなかったかもしれない。
にしても、自分がゲイである、ということに疑いがかかるなんて思ってもいなかった。茫然としてしまい、何も反論することができずにいる。
彼はゲイなのにゲイに配慮しろ、と言われている状況は大変異質なものだった。
「……なあ、そんなに俺を哀れに思った? 俺の方が仲良かったのに、お前のほうがイケメンだったから、好きな人を奪われて」
彼が何も言わないのを見計らって、Bが怒りを込めた口調で言う。
周りからみれば、彼が自分が悪者になるのを避けるためにわざわざ虚言を吐いてまで、場を治めようとしているように見えたのだ。
Bが失恋したという状態のまま、彼がこのことに口を挟むのは、どう頑張ってもBの神経を逆撫でした。ゲイで女の子に全く気がなかったといえば彼が彼女への距離感を測り間違えたとも取れる。
Bは今まで彼女と接するとき、あからさまに好意を顕にしていて緊張しい距離のある状態だった。
つまりは雪花がBの上位互換だったから女の子が乗り換えたのではなく、下心なくBより近い距離感で接することが彼女を恋に落としたのだ、と。
ちょっとした気遣いがBは可哀想じゃないと彼が必死になって証明させたがっているようで、余計にBを惨めな気持ちにさせた。
「は、そんなわけ……」
勝手な解釈で誤解されてはいたたまれない。咄嗟に否定するような言葉を呟く。
聞こえていなかったのか、わざと無視をしていたのか。Bは彼を遮るようにして続ける。
「俺、お前がそんな人だとは思わなかった」
はっきり告げられたBからの拒絶の言葉だった。
この誰にも止められない喧嘩をきっかけにグループは突如として崩壊。彼女も雪花に振られたことで、グループの男全員とも話すことがなくなった。
先行して、Aは彼がゲイという稚拙な虚言を吐いたと思ったことで彼から離れていき、Bもそれは同じ。でも、大きな理由は彼に好きな人を奪われてそもそもの関係が気まずくなっていたということからである。
Cは唯一、グループの中で中立の立場を築いていた。でも、幼馴染兼従兄弟であるBが苦しむ姿をみていて、Bの根っからの味方でありたいと思うようになったのか。時間が経てば自然とAとBが主とした新たなグループとつるむようになる。
たった一人、味方についてくれたのが、高校でも仲の良い友人だ。耐え切れず彼女との出来事について話すと「なんでそれを早く言わなかったんだよ〜!」と軽口で和ませてくれた。
カミングアウトの話も彼のことだから冗談ではないと察していたらしい。
改めて性的指向について話したときには、好きな人についても友人の方からさり気なく問うている。
高校進学先は、A、B、Cは都内の共学校。友人と雪花は都内の男子校を選んだ。
どちらもその中学校から近場であり進学する人の多い高校だったため、二手に別れたのは自然だったと思う。噂で彼女は県外にある大学付属の高校に進んだと聞いた。
決してそれぞれ別の進学先になるように意図して選んだのではない、と思いたい。
友人も彼もCとはたまに連絡を取っていて、BとAの近状報告を聞いている。
そのたびにBが中学のことを引き摺らず元気に充実した生活を送っていると知るとホッとするのだ。
彼は彼女に選ばれた要因が自身のずば抜けた容姿にあると言われるたびに、億劫な気持ちになった。
別に特別、彼女と親しかったわけでもない。
それなのに容姿が良ければ他愛もない会話をしただけで、恋愛感情を抱かれてしまうのだろうか。
けれども、雪花が凛に恋した理由は惑うことなき容姿にあり、その説を自分で裏付けてしまっている。
飛び抜けて美しい容姿は人を盲目にさせてしまい、ときには嫉妬心をも抱かせるのだ、と。
友人は彼に容姿さえ劣るもののコミュ力がある。
自己紹介をしたときに小学校が一緒だった仲のいいAと漫才をしたことが大ウケし、みるみるとクラスのカースト上位に居座った。
そのAももちろん、友人と同等に目立っていてクラスの場を仕切るタイプの生徒である。
対して、雪花は当時から落ち着いた性格ではあるが、圧倒的に優れた容姿とスタイルで直ぐ様注目の的となっていた。
そんな彼は殆ど自分から声をかけることがない。
加えて、あまりの住む世界の違う雰囲気によって、誰も声をかけることができず、しばらくはクラスで高嶺の花として浮いてしまう。
そんな彼に物怖じもせず最初に声をかけたのが、クラスで中心的な人物であるAだ。
彼も初めこそは、乗り気では無かったかもしれない。けれども、Aの陽気さに押され、たちまち仲を深めていくことに。
その三人のグループに他クラスの入学早々にして陸上部のエースとなったイケメンBと、Bの従兄弟で中学時点で主席だった大人しめのCが加わり、五人グループへと変化したのだ。
誰かが女子に告白されたとか、五人でいるときに女子から話しかけられることは日常茶飯事な生活。
必然的に恋愛ごとについて語ることが多くなる。ゲイで女子に興味のない彼からすれば、この時間は退屈だった。が、友人たちが楽しそうに談笑する姿を見るのは、然程窮屈ではない。
夏休みが明けて直ぐ、Bに好きな人ができた。
好きな人はBと同じクラスで、目立つタイプではないものの、愛嬌のある真面目な生徒。
もちろん、みんなはこの話に食いつき、女の子とその友達を誘って遊びに行こう、とか。陸上の大会に来てってお願いしてみよう、とか。
色々と二人の恋を成就させることに対しては、乗り気だったと思う。
彼は他人の恋愛事情に興味がなかったため、軽く受け流していたが、彼から見ても女の子はBに明らかに脈のある様子だ。当然のごとく二人を応援することになる。
ところが、たった一度の出来事でこのグループと、彼女との関係は崩壊していく。
友達の恋が成就することを応援していただけなのだから、彼にとっては彼女自体に興味は微塵もなかったわけだ。
今では、彼女の名前すら思い出せないのだから。
とある日の三限目。朝から何となく身体がだるかった彼は保健室で休むことに。その道のりで、たまたま体育館の前を通りかかった。
BかCがいるのではないかと思ったため、ほんの少し様子を伺う。
どうやらストレッチのペアを女子生徒たちが決めている最中らしい。残念なことに体育は男女が別れているので、Bはいなかった。Bの好きな人である彼女だけが体育館の真ん中にぽつんと立っている。
でも、どうも様子がおかしい。
誰もが彼女をいない存在のように扱い、ペアを組もうとしないのだ。彼女の友達でさえも。
それまではさり気ない小さな違和感だった。
「誰か──ちゃんと組みなよ」と他の女子生徒が話し始めたことによって、違和感が勘違いではないことに気づく。
「嫌に決まってんじゃん。あのビ○チと」
「男好きなら、男と組めばいいのに」
状況から推測すると、彼女はいじめを受けているようで。おとなしく反抗できなさそうな彼女が、イケメンが集まったグループの輪の中にいるのが気に食わなかったのだろう。
彼女は自分からそこに好きで入り込んだわけではなく、Bの好意によって無理にグループ内に引きずり込まれている。本来なら異性とは積極的に関わるタイプではないはずだ。
とうとう泣きだしそうな彼女に、雪花は見ていられなくなってしまう。
「──ちゃん? 大丈夫?」
だから、声をかけた。それだけの話。
わざわざ他クラスの授業中に体育館に乱入して、彼女のそばに駆け寄り、涙を周りに見せないように袖で彼女の視界を塞ぐ。
ざわめく周りや静止しようとする女教師の声を気にも止めない。無理矢理にでも彼女の腕を引き、保健室まで連れ出す。善意でもなんでもなかった。
ただ、親友であるBの好きな人が苦しむことで、Bが苦しむ姿を見たくなかっただけ。
その行動で何もかもが変わったのだ。
女の子がいじめられていたことや授業中に助けた事実をグループ内には共有しない。彼女がBたちに心配をかけたくないと拒否したからだ。
彼女のことが心配で、彼はたまに二人きりで彼女と話すようになった。
それから、数カ月も経たない内に、グループの五人と彼女。合わせて六人で近所の神社で行う秋祭りに出かけることになる。
秋祭りでBは彼女に告白するつもりだった。
みんなで段差に腰をかけて屋台の食べ物を食べている最中、気を利かせた友人が、彼女に対して
「──ちゃんって好きな人とかいるの?」
と尋ねる。
誰もがそれをナイスアシスタントだと思った。彼女の口からはBの名前が出ると思っていたのだから、あからさまにBを囃し立てる。
けど、違ったのだ。
「……すきです」
彼女は顔を真っ赤にさせて、小さな声で呟く。
普段は自己主張が少ない人からの勇気を出した告白に熱狂し、皆が彼女の熱に当てられていた。
人気のないところではなく、賑やかな神社の直ぐ側の人通りの多い段差だ。
近くにいる大人も青春真っ只中の光景に思わず、聞き耳を立てているのがわかる。
「え! 誰が?」
真っ先に食いついたのは、友人だった。
彼でさえもBの恋が成就する瞬間なのだから、ちょっぴりドキドキとしている。
潤んだ瞳に耳まで赤く色づき、小さくて白い手のひらのか細い震え。彼女の口が徐ろに開くのを見て、それぞれは息を呑む。
「わたし、 "粧くん"のことが好きです」
一言で辺りの空気は静まり返っていく。
聞き間違いだと思い、友人が聞き返すがそうではなかった。
状況が理解できない。不意に彼はBの顔を見上げた。そのときのBの絶望したような形相は、未だに脳内にこびりついて離れない。
「──さん、粧くんに告白して振られたらしいよ」
一体、どこから聞きつけたのか。
学年を通して人気のBとそのグループに持て囃されていた彼女、そして、学校一イケメンだった雪花を巻き込んだ騒動。
思春期の少年少女たちにとっては嘸かし美味しい餌なのだろう。事態があまり大きくならずに収束するというはずもない。
広まった噂は直ちに格好の的になった。
「──さんってBと両想いだったんじゃないの? グループでちやほやされてたから、調子のって高み望んじゃったのかな」
実質的に雪花がBの上位互換と言っているような噂は、Bを徐々に苦しめる。
誰も悪くないからこそこの苦しみをぶちまける矛先がなく、精神的に衰弱するだけの日々。
更には段々と彼の日常がプライバシーもなく、他人によって告げ口されていく。
彼が授業中に乱入して、なぜか手を繋ぎながら、彼女のことを外に連れ出したこと。
たまにグループを抜きにして、二人きりで親密そうに何やらこそこそと話をしていたこと。
彼は彼女のことが好きで、嫉妬心から両想いだった二人の間に踏み込み、女の子を略奪したこと。
そんなように次第に噂に尾ひれがついた。
自分より雪花の方がかっこいいから仕方ないと諦めていたBも次第に彼のことを信じられなくなる。
悪意をもって彼がBの恋を成就させなかったのではないか、と思うようになってしまう。
彼ももちろん、そんなことをしたわけではない。
この状況をきちんと否定して、誤解であることを説明しなければならなかった。だから
「俺、ゲイだし好きな人いるから。あの噂、真実じゃない。誤解しないで」
と、グループで気まずい状況を過ごしているところ、はっきりと告げたのだ。
きっとみんななら自分の言うことを信じてくれるという信頼から出た告白だった。
「……セツ、俺たちだってわかってるよ。お前が──のことを好きじゃなかったことくらい」
突然の告白に唖然としてしまい、誰一人として声もでない様子。そんな中で、まずAが場を仕切るように喋り始めた。
自身のことを信じてくれていたのだ、と取れる言葉に彼は安堵して顔を上げてしまう。
しかしながら、Aの表情は想像していた朗らかであたたかなものとは違っていたのである。
「けど、誤解を解くためって言ってもさ、ゲイっていう嘘までつく? ゲイの人は苦しんでて、簡単にネタにしちゃいけないってことくらいわかるだろ」
確かに、場を白けさせないために、女の子の好みについて一緒になって話し合ったかもしれない。
男が恋愛対象に入るという素振りを一度も見せなかったかもしれない。
にしても、自分がゲイである、ということに疑いがかかるなんて思ってもいなかった。茫然としてしまい、何も反論することができずにいる。
彼はゲイなのにゲイに配慮しろ、と言われている状況は大変異質なものだった。
「……なあ、そんなに俺を哀れに思った? 俺の方が仲良かったのに、お前のほうがイケメンだったから、好きな人を奪われて」
彼が何も言わないのを見計らって、Bが怒りを込めた口調で言う。
周りからみれば、彼が自分が悪者になるのを避けるためにわざわざ虚言を吐いてまで、場を治めようとしているように見えたのだ。
Bが失恋したという状態のまま、彼がこのことに口を挟むのは、どう頑張ってもBの神経を逆撫でした。ゲイで女の子に全く気がなかったといえば彼が彼女への距離感を測り間違えたとも取れる。
Bは今まで彼女と接するとき、あからさまに好意を顕にしていて緊張しい距離のある状態だった。
つまりは雪花がBの上位互換だったから女の子が乗り換えたのではなく、下心なくBより近い距離感で接することが彼女を恋に落としたのだ、と。
ちょっとした気遣いがBは可哀想じゃないと彼が必死になって証明させたがっているようで、余計にBを惨めな気持ちにさせた。
「は、そんなわけ……」
勝手な解釈で誤解されてはいたたまれない。咄嗟に否定するような言葉を呟く。
聞こえていなかったのか、わざと無視をしていたのか。Bは彼を遮るようにして続ける。
「俺、お前がそんな人だとは思わなかった」
はっきり告げられたBからの拒絶の言葉だった。
この誰にも止められない喧嘩をきっかけにグループは突如として崩壊。彼女も雪花に振られたことで、グループの男全員とも話すことがなくなった。
先行して、Aは彼がゲイという稚拙な虚言を吐いたと思ったことで彼から離れていき、Bもそれは同じ。でも、大きな理由は彼に好きな人を奪われてそもそもの関係が気まずくなっていたということからである。
Cは唯一、グループの中で中立の立場を築いていた。でも、幼馴染兼従兄弟であるBが苦しむ姿をみていて、Bの根っからの味方でありたいと思うようになったのか。時間が経てば自然とAとBが主とした新たなグループとつるむようになる。
たった一人、味方についてくれたのが、高校でも仲の良い友人だ。耐え切れず彼女との出来事について話すと「なんでそれを早く言わなかったんだよ〜!」と軽口で和ませてくれた。
カミングアウトの話も彼のことだから冗談ではないと察していたらしい。
改めて性的指向について話したときには、好きな人についても友人の方からさり気なく問うている。
高校進学先は、A、B、Cは都内の共学校。友人と雪花は都内の男子校を選んだ。
どちらもその中学校から近場であり進学する人の多い高校だったため、二手に別れたのは自然だったと思う。噂で彼女は県外にある大学付属の高校に進んだと聞いた。
決してそれぞれ別の進学先になるように意図して選んだのではない、と思いたい。
友人も彼もCとはたまに連絡を取っていて、BとAの近状報告を聞いている。
そのたびにBが中学のことを引き摺らず元気に充実した生活を送っていると知るとホッとするのだ。
彼は彼女に選ばれた要因が自身のずば抜けた容姿にあると言われるたびに、億劫な気持ちになった。
別に特別、彼女と親しかったわけでもない。
それなのに容姿が良ければ他愛もない会話をしただけで、恋愛感情を抱かれてしまうのだろうか。
けれども、雪花が凛に恋した理由は惑うことなき容姿にあり、その説を自分で裏付けてしまっている。
飛び抜けて美しい容姿は人を盲目にさせてしまい、ときには嫉妬心をも抱かせるのだ、と。