今夜は牛すじカレー。本日のスター、牛すじはバッチリ手に入れた。あとは家にある人参と玉ねぎを使えばいい。他に買うものは、確かなかったはず。
「東海地方も本格的に梅雨入りした影響で、今週は雨の日が続くでしょう」
今朝、卵焼きを焼きながら聞いていた天気予報が頭の中でもう一度再生される。
雨脚が少し強くなってきた。きょうは朝からずっと雨で、梅雨だから仕方がないとわかっているものの、雨の日が続くと気分も落ち込む。乾燥機付きの洗濯機で乾燥させると、天気のいい日に外に干したときのようなさっぱり感がない。それに、なんだか臭う気がする。
私は自分のシャツのニオイを嗅いで、臭くないかチェックした。
うん、まぁ、大丈夫。
まだ6月なのに、じめじめ蒸し暑いので汗もかいているから、多少臭っても仕方ないと割り切る。帰ったら真っ先にシャワーを浴びよう。そうしたら、牛すじカレーに向き合おう。
よいしょ、と牛すじ肉のパックが入ったエコバッグを肩にかけて、信号が青に変わるのを待つ。小さな交差点。押しボタン式の横断歩道。ちょうど小学生たちが帰宅する時間らしく、反対側の信号の前で列を作って子どもたちが待っている。
ふと、足元に猫がすり寄ってきた。野良猫だろうか。
「ごめんね、猫ちゃん。エサになるようなもの、持ってないんだ」
見知らぬ私にエサを求めて来るなんて、きっといろんな人にエサをもらって強くたくましく生き抜いているに違いない。
猫は三毛猫で、耳のあたりは黒い毛が多く、背中は黒と明るい茶色と白がまだら模様になっている。
あ、茶色いところがハート模様に見える。
そう思っていると、突然猫は車が走る車道へと走り出した。
どうしよう、と思うよりも先に、身体の方が先に動いていた。私はとっさに道路に飛び出し、猫を思いっきり力づくで掴むと歩道へ投げ飛ばした。ひっくり返る私の身体が宙に舞い、車のランプがものすごく近く、まぶしかった。空を見上げると、赤い傘がふわりと浮いていた。
子どもたちの悲鳴が聞こえる。
音は聞こえるが、身体に力が入らない。痛みも不思議と感じられなかった。意識がだんだんと遠のいていく。
牛すじカレー、作れなかったな。ゆーちゃん、きっと楽しみにしていたのに。
シフォンケーキもそのまま冷蔵庫に残ってる。
ゆーちゃんに食べさせたかったな。
ゆーちゃん、大丈夫かな。
シフォンケーキのお店、開きたかったな。
――どうやら私は、死んだらしい。
目を開けると、地面が視界いっぱいに広がっていた。身体中が痛い。ゆっくりと身体を起こそうとする。だが、私の手がない。
手、ではない。ふわふわの白い猫の手がある。
なんだこれ? と私は首を傾げながら手をまじまじと見つめた。白い猫の手は、ひっくり返すと肉球が綺麗な桜色で、手をぐっと縮めたり伸ばしたりすると爪が出たり引っ込んだりした。
もう一度立ち上がろうと試みる。だが、私の手は依然、猫の手のままだった。
あれ、と横を見ると救急車が来ていた。人だかりがすごい。私は人の足の間を縫って歩いて、運ばれていく人を見る。私だ。
血だらけの私が、救急車に運ばれていく。
待て! 私は急いで救急車を追いかける。だが、追いつくはずもない。どんどん引き離されてしまい、私はひとり、いや1匹取り残された。
どうやら私は、猫になってしまったらしい。
「東海地方も本格的に梅雨入りした影響で、今週は雨の日が続くでしょう」
今朝、卵焼きを焼きながら聞いていた天気予報が頭の中でもう一度再生される。
雨脚が少し強くなってきた。きょうは朝からずっと雨で、梅雨だから仕方がないとわかっているものの、雨の日が続くと気分も落ち込む。乾燥機付きの洗濯機で乾燥させると、天気のいい日に外に干したときのようなさっぱり感がない。それに、なんだか臭う気がする。
私は自分のシャツのニオイを嗅いで、臭くないかチェックした。
うん、まぁ、大丈夫。
まだ6月なのに、じめじめ蒸し暑いので汗もかいているから、多少臭っても仕方ないと割り切る。帰ったら真っ先にシャワーを浴びよう。そうしたら、牛すじカレーに向き合おう。
よいしょ、と牛すじ肉のパックが入ったエコバッグを肩にかけて、信号が青に変わるのを待つ。小さな交差点。押しボタン式の横断歩道。ちょうど小学生たちが帰宅する時間らしく、反対側の信号の前で列を作って子どもたちが待っている。
ふと、足元に猫がすり寄ってきた。野良猫だろうか。
「ごめんね、猫ちゃん。エサになるようなもの、持ってないんだ」
見知らぬ私にエサを求めて来るなんて、きっといろんな人にエサをもらって強くたくましく生き抜いているに違いない。
猫は三毛猫で、耳のあたりは黒い毛が多く、背中は黒と明るい茶色と白がまだら模様になっている。
あ、茶色いところがハート模様に見える。
そう思っていると、突然猫は車が走る車道へと走り出した。
どうしよう、と思うよりも先に、身体の方が先に動いていた。私はとっさに道路に飛び出し、猫を思いっきり力づくで掴むと歩道へ投げ飛ばした。ひっくり返る私の身体が宙に舞い、車のランプがものすごく近く、まぶしかった。空を見上げると、赤い傘がふわりと浮いていた。
子どもたちの悲鳴が聞こえる。
音は聞こえるが、身体に力が入らない。痛みも不思議と感じられなかった。意識がだんだんと遠のいていく。
牛すじカレー、作れなかったな。ゆーちゃん、きっと楽しみにしていたのに。
シフォンケーキもそのまま冷蔵庫に残ってる。
ゆーちゃんに食べさせたかったな。
ゆーちゃん、大丈夫かな。
シフォンケーキのお店、開きたかったな。
――どうやら私は、死んだらしい。
目を開けると、地面が視界いっぱいに広がっていた。身体中が痛い。ゆっくりと身体を起こそうとする。だが、私の手がない。
手、ではない。ふわふわの白い猫の手がある。
なんだこれ? と私は首を傾げながら手をまじまじと見つめた。白い猫の手は、ひっくり返すと肉球が綺麗な桜色で、手をぐっと縮めたり伸ばしたりすると爪が出たり引っ込んだりした。
もう一度立ち上がろうと試みる。だが、私の手は依然、猫の手のままだった。
あれ、と横を見ると救急車が来ていた。人だかりがすごい。私は人の足の間を縫って歩いて、運ばれていく人を見る。私だ。
血だらけの私が、救急車に運ばれていく。
待て! 私は急いで救急車を追いかける。だが、追いつくはずもない。どんどん引き離されてしまい、私はひとり、いや1匹取り残された。
どうやら私は、猫になってしまったらしい。