「はい、最初に復習。y=ax²でxがpからqまで変化するときの、変化の割合。太雅」
「a(p+q)じゃなかったっけ」
「そうそう。正解。じゃ、授業に入っていくが……」
 学校で、先生からの評価に縛られている分、塾のこの緩い感じは、気がとても楽だ。
 変化の割合は、aq²-ap²/q-pで求める。これが教科書通りだが、覚えづらいということで、塾ではa(p+q)という簡単な公式を教わった。
「今日は、ちょっと趣向を変えた話をしようと思う」
 そういうと、先生は、黒板に図形を描き始めた。ブーメランのような図形だ。狐にも見える。ブーメランの手持ち部分の直線の内側が中に引き伸ばされ、外側の直線に突き当たるまで引き延ばされている。
「この狐のような形を見たら、この言葉を思い出せ。『メネラウスの定理』」
 先生は、各辺の比を書いていった。
「この辺の比を覚えれば、難しい平面図形の問題を、とても簡単に求められる場合がある。覚えておけ。じゃあ、教科書に従って授業をしていく」
 塾では、学校では教えてくれない様々な公式や定理を教えてくれる。しかし、なぜ成り立つのかを教えてくれない。それが、かえって効率化を生み出すのだろうか。
 なぜ。
 なぜ。
 なぜ。
 じゃあ。
 じゃあ。
 さっき、大雅が答えた問題。
 y=ax²でxがpからqまで変化するときの変化の割合は、a(p+q)。なぜ、成り立つのだろうか。 
 なぜ。だろうか。
 あの時。
 数学の坂本先生との会話の時。
 三角形やひし形の面積の公式を、うまく、長方形の公式を変形して半分にして導いていたよな。
 教科書通りの変化の割合の公式は、aq²-ap²/q-p
 もしかして、この、「教科書通りの公式を変形すれば」、a(p+q)が出てくるんじゃないか……?
 いや、絶対そうだ。
 俺は、ノートを取り出し、シャーペンをノックした。
 そして、aq²-ap²/q-pを変形していった……。
 
 次の日の2時間目、数学の授業の途中。
「y=2x²において、xが1から3まで変化するときの、変化の割合を求めよ」
 俊太が当てられている。
 あいつは、俺とは別の塾に行っている。
 だが、塾に行っている限り、あの公式を知らないはずがない。
「奥寺」
 寝てる俊太が、当てられる。
「これ、どうやって解いた」
「……えーっと……y=2x²において、xが1から3まで変化するときの、変化の割合、ですよね、y=ax²において、xがpからqまで変化する時の変化の割合は、a(p+q)になるので、aのところが2、pのところが1、 qのところが3になっていたので、この方法で、解きました」
 俊太、それは、塾とかで習う公式だよ……。やばい、完全に寝ぼけてる……。先生怒るぞー……。
「何だその方法は。どうしてそうなる。なぜそうなるんだ」
 そんなん、寝起きで答えられるわけ……。
「教科書通りの公式を変形したらそれになるからじゃないですか」
 ……は?
 え、今、なんて言った……?
『教科書通りの公式を変形したらそれになるからじゃないですか』
 俺が。
 俺が、めっちゃ考えて捻り出した仮説を!
 俊太は! 寝起きで! いとも、簡単に!
 何で!
 何で、そんなことができるんだよ!
 先生も、目を丸くしている。
 そりゃ、そうだよな。
 誰だって、ビビるよな。
「本当にそうなるのか?」
「いや、どうなんだろう……」
「もういい。奥寺、座れ。先生は、みんなが塾に行ってることくらい、わかってます。塾では、この公式を、教えます。でもね。なんでそうなるか、分からなかったら、使っちゃダメですよ。何でそうなるか、説明できなかったら、使っちゃいけない。誰か、これを証明できる人、いないんですか」
 教室が、シーン、となる。
 今、先生、質問を、した?
 この公式が証明できるかどうか、質問を、したのか……?
 これって、大チャンスじゃないか……?
 数学を4から5に上げる、大チャンスじゃないか?
 なぜ、この公式が成り立つのか。
 俺、クラスの中で大きな声を出したり、前に出たりって、ほとんどしない。
 しないのに。
 騒いでる。
 心臓が騒いでる。
 今。
 このチャンスを掴めって。
 疼いてる。
「誰もいないんなら……」
「……はい」
 クラス中の目線が、俺に集中する。
「ほう。じゃあ、岩田くん。証明してみてください」
「前に出てもいいでしょうか」
「はい」
 席を立ち、黒板へと向かう。
 クラス中の目が、視線が、おれを追いかける。
 やばい。めちゃくちゃ緊張する。
 黒板に着いた。
 ……aq²-ap²/q-pを変形して、a(p+q)にすればいい。
『分子を共通因数でくくると』
『a(q²-p²)/q-p』
『つまり、a(q+p) (q-p)/ q-p』
『約分して、a(q+p) 』
『よって、y=ax2において、xがpからqまで変化する時、a(p+q)が成立する』
 証明終了。
 
 Q.E.D.

 あー、緊張した。
 達成感で、満たされてるのがわかる。
 これで。
 数学が、5になれば、いいな。