「おはよう!」
翌朝。俊平は登校するなり、教室全体に向けて明るい挨拶を飛ばした。「おはよう藍沢くん!」と元気よく返す女子生徒。「よう」と簡素に挨拶を返す男子生徒のグループ。一瞥し、軽く会釈することを返事とするカップル。返事やリアクションは人それぞれだが、俊平の挨拶を無視する者はいなかった。体育祭や文化祭でリーダーシップを発揮する俊平はクラスメイトからの信頼が厚い。
「おはよう俊平」
「おう。今日は早いな作馬」
俊平が着席すると、すぐに彰が駆け寄ってきた。俊平の後ろ、まだ登校してきていな瑛介の席に腰を下ろす。
「昨日は悪かった」
「その話なら昨日解決しただろ。気にするなよ」
気を落とす彰の肩に俊平は優しく触れた。昨日の放課後に俊平と彰は、お互いに昼休みの出来事を謝り合った。その際二人は、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、ほぼ同時に謝罪の言葉を発した。あまりに見事なタイミングだったため、その場にいた瑛介や小夜、唯香から堪らず笑いが漏れ、俊平と彰もそれにつられて相好を崩した。そのおかげで和やかムードへと変わり、無事に仲直りすることが出来た。
「そうだな。悪い」
「また謝ってるし。悪いはしばらく禁止な」
二人の間にはすでに気まずい空気は存在せず、普段のような気心知れた友人関係へと戻れていた。
「今日の数学って確か小テストだよな? 気が重いよ」
雑談を挟み、話題は今日の授業の内容にシフトした。彰の成績は総合的に見ればそこまで悪くはないのだが、その能力はどちらかといえば文系寄りで、中でも数学は苦手分野だ。来たる小テストを前に、大袈裟に頭を抱える。
「中間や期末に比べたらマシだろ」
ショルダーバックから教科書類やノートを取り出しながら、俊平は苦笑した。ちなみに俊平はオールマイティで、平均して高い成績を収めている。
――ん? 何かあるぞ。
俊平がペンケースをしまうために机に手を入れると、指先が何かに触れた。
「手紙?」
机に入っていたのは一通の手紙だった。色合いは桜色、丁寧に『藍沢先輩へ』と宛名が書かれている。
「おっ、ラブレターか?」
「見た目はな。果たして中身はどうだか」
テンションの上がっている彰とは対照的に、俊平のリアクションは淡泊だ。封に使われているハートマークのシールを剥がし、中から便箋を取り出す。
「何が書かれてるんだか」
便箋を広げ、俊平がその内容に目を通すと。
藍沢俊平様。
あなた様に伝えたい思いがあります。
放課後。四階西の角部屋でお待ちしております。
便箋には横書きで三行、端的にそう書かれていた。
「この場所で告白ってことか? 相変わらずモテモテだな」
「俺には果たし状に見えるが」
彰はニヤニヤして小突いてきたが、目を細める俊平の表情はさながら捜査資料にでも目を通しているかのようだ。
「また近いうちに会えますから。か」
差出人が想像通りの人物だと確信した俊平は、遠い目をして溜息をついた。
「待ち合わせ場所に行くのか?」
「行かないよ。たぶん悪戯だろう」
言葉とは裏腹に、俊平は差出人の呼びだしに応じることに決めていた。
※※※
放課後。俊平は校舎四階の西側を訪れていた。
元々は生徒会室や教材室、一部の部活動の部室として使われていたエリアなのだが、三年前の増改築により場所が移ったことで使用頻度は減少。現在は空き教室となっている部屋も多い。
ポケットから取り出した便箋で、もう一度指定された場所を確認し、西の角の空き教室へ向かって歩みを進める。移動教室などで四階を訪れることはあるが、空き教室はまったく使わないので、この一画を訪れる機会はほとんどない。
「鍵はかかってないみたいだな」
道中いくつかの部室を通ってきたが、この部屋のプレートには教室名がなく、ただの空き教室のようだ。施錠されている可能性もあったが、扉に指をかけた感覚では抵抗は感じられなかった。
「藍沢だ。入ってもいいか?」
一言、教室内にいるであろう人物に断りを入れる。聞き覚えのある女子生徒の声が、俊平の入出を許可した。
「お邪魔します」
「お待ちしておりました。藍沢先輩」
パイプ椅子に腰掛け、長机の上で手を組む繭加の姿がそこにはあった。さながら映画の終盤で悪役が主人公を迎えるシーンのような構図だが、繭加が小柄なのでいまいち迫力に欠ける。
「やはりお前だったか。御影」
大した驚くこともなく、俊平は淡々と扉を閉めた。
「あまり驚かないんですね?」
「思い通りにならなくて残念だったな」
心にも無い同情を口にし、俊平は意地の悪い笑みを浮かべる。ラブレター? の差出人の正体を察していた俊平が、今更驚くはずもない。
「まあいいでしょう。それよりも今回、藍沢先輩をお呼びしたのには理由があります」
「昨日の話の続きだろ?」
昨日の今日で接触があったことは予想外だったが、話の続きが気になっていた俊平にはむしろ好都合だった。昨夜はあまり眠れていない。
「はい。放課後なら時間はタップリありますしね」
肯定する繭加の表情は笑顔だが、昨日去り際に見せた屈託のない笑顔ではなく、どこか作り物染みた無機質な笑みだ。
「とりあえずお掛けください」
繭加に勧められ、俊平は向かい合う形で反対側のパイプ椅子に腰掛けた。
「しかし、何でラブレターもどきなんて出して俺を呼び寄せた? 手紙を教室の机に入れたくらいだ。直接声をかけてきてもよかっただろうに」
「だって、その方が面白いじゃないですか」
通常ならジョークだと受け取るべき状況だが、どうやら繭加は真剣なようだ。その瞳には良くも悪くも迷いが無い。
「それで、面白かったか?」
「いいえ。扉を開けた瞬間の藍沢先輩が驚愕に震えるのを期待していたのに、結果はこの有様です……」
「いやいや。お前の想像の中の俺はどれだけビビりなんだよ」
俊平は棒読みで話をまとめる。昨日から繭加の発言には独特な雰囲気を感じていたが、どうやらあれはあの場限りのことではないようだ。
「ところでこの教室は何だ? 空き教室には普段、鍵がかかっているだろう」
気になることはとことん指摘してしまおうと考えた俊平は、呼び出されたこの場所について尋ねることにした。
「ここは私が立ちあげた文芸探求部の部室です。部長も私ですよ」
「他に部員は?」
「実質、私一人だけです。それ以外は部を立ち上げるために名前を貸してもらった幽霊部員が数名」
「相変わらず緩いな。うちの学校」
緋花高校は新規の部活動の立ち上げに寛容(というよりも、審査が緩すぎる)ため、よっぽどおかしな内容でない限り、入学間もない新入生でも簡単に申請を通せる。繭加は新しい部を立ち上げ、部室として空き教室の使用許可と鍵を得たようだ。
「この部の活動内容は、他の文芸部とは違うのか?」
緋花高校には文芸に関連した部が複数存在するが、純文学や古典など、どういった方向性なのか分かりやすい名前が多い。探求というのはある意味で曖昧だ。
「一つの作品を部員同士で深く読み込み、執筆時の作者の真理や奥底に隠されたメッセージ性を探求していこうというのが活動内容となっています」
「けっこう真面目な内容だな」
「表向きですが」
「おい、表向きと言ったか?」
真面目な活動内容に俊平は感心していたのだが、繭加が最後に付け加えた一言で一気に雲行きが怪しくなる。
「あくまでも、部活動という体裁を整えるために考えた内容ですね
「それで、表向きじゃない真の活動内容は何なんだ?」
「言ったら多分引きますよ?」
「じゃあ聞かないでおく。知らぬが仏だ」
「言わせてくださいよ!」
繭加は駄々っ子のように両腕を上下させる。
「どっちなんだよ……」
リアクションに困った俊平は、頬杖をついて溜息をもらした。
「お願いですから言わせてください」
「どうしようかな」
悪戯っぽい笑みを浮かべて冗談混じりに俊平が言うと、繭加は眉を顰めて頬を膨らまし、無言の反論を取った。幼い子供をあやしているような気分になり、俊平は微笑みを浮かべていた。
「その笑顔、逆に心に刺さります」
「悪い悪い。お詫びに話を聞いてやるから」
流石にこれ以上からかうのは可愛そうだ。俊平が両手を合わせて謝罪すると、自分のターンが回ってきたことで繭加の表情が綻ぶ。わざとらしく咳払いをすると、意味深に間を取った。
「真の活動内容は、私の趣味でもある心の観察です」
「心の観察?」
よく人間観察が趣味だという人がいるが、そういった類の話だろうか?
「その中でも私が特に惹かれるもの、それは人の持つ心の闇です」
「つまり御影は、人の心の闇を覗き見るのが好きってことか?」
繭加は笑顔で頷いた。その表情は、自分の趣味嗜好を嬉々として人に語る時のそれだ。
「悪趣味だな」
「藍沢先輩は正直な人ですね。本音だとしても、普通は即答しませんよ?」
「この状況で建前はいらないだろ」
「引きました?」
「安心しろ。途中で帰るような真似はしないから。とりあえず話を続けてくれ」
悪趣味だと感じたのは事実だが、それだけで繭加に対する態度を変える程、俊平は単純ではない。表面上だけではなく、詳しい話を聞かない限りは判断を下せない。
「先程も申した通り人の心の闇、私はダークサイドと呼んでいますが、それを垣間見ることが私は好きです。趣味と言ってもいいかもしれません」
「ダークサイド、暗黒面ね。ネーミングに意味は?」
「特にありません。強いて言うなら、心の闇と言うよりもかっこいいです」
「……そ、そうか」
一瞬、中二病というワードが頭をよぎったが、話の流れを切るだけなので言葉には出さなかった。
「垣間見るとは言うが、具体的にはどういう活動をしてるんだ?」
趣味が悪いことに変わりはないが、もし活動内容に実害が伴わないのなら多少は認識が変わってくる。
「基本はターゲットに目星を付けての調査活動ですね。多かれ少なかれ、人は本当の自分を隠すために仮面を被っているものです。探りを入れなければ、とてもダークサイドなんて覗きようがありません」
「調査って、そこまでするのか」
「現物を見てもらった方が早いかもしれませんね」
繭加は立ち上がり、窓際の机に置かれていた白いリュックから、一冊の黒いファイルを取りだし、俊平へと差し出した。
ファイルの表紙には「ダークサイド」と記されている。
翌朝。俊平は登校するなり、教室全体に向けて明るい挨拶を飛ばした。「おはよう藍沢くん!」と元気よく返す女子生徒。「よう」と簡素に挨拶を返す男子生徒のグループ。一瞥し、軽く会釈することを返事とするカップル。返事やリアクションは人それぞれだが、俊平の挨拶を無視する者はいなかった。体育祭や文化祭でリーダーシップを発揮する俊平はクラスメイトからの信頼が厚い。
「おはよう俊平」
「おう。今日は早いな作馬」
俊平が着席すると、すぐに彰が駆け寄ってきた。俊平の後ろ、まだ登校してきていな瑛介の席に腰を下ろす。
「昨日は悪かった」
「その話なら昨日解決しただろ。気にするなよ」
気を落とす彰の肩に俊平は優しく触れた。昨日の放課後に俊平と彰は、お互いに昼休みの出来事を謝り合った。その際二人は、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、ほぼ同時に謝罪の言葉を発した。あまりに見事なタイミングだったため、その場にいた瑛介や小夜、唯香から堪らず笑いが漏れ、俊平と彰もそれにつられて相好を崩した。そのおかげで和やかムードへと変わり、無事に仲直りすることが出来た。
「そうだな。悪い」
「また謝ってるし。悪いはしばらく禁止な」
二人の間にはすでに気まずい空気は存在せず、普段のような気心知れた友人関係へと戻れていた。
「今日の数学って確か小テストだよな? 気が重いよ」
雑談を挟み、話題は今日の授業の内容にシフトした。彰の成績は総合的に見ればそこまで悪くはないのだが、その能力はどちらかといえば文系寄りで、中でも数学は苦手分野だ。来たる小テストを前に、大袈裟に頭を抱える。
「中間や期末に比べたらマシだろ」
ショルダーバックから教科書類やノートを取り出しながら、俊平は苦笑した。ちなみに俊平はオールマイティで、平均して高い成績を収めている。
――ん? 何かあるぞ。
俊平がペンケースをしまうために机に手を入れると、指先が何かに触れた。
「手紙?」
机に入っていたのは一通の手紙だった。色合いは桜色、丁寧に『藍沢先輩へ』と宛名が書かれている。
「おっ、ラブレターか?」
「見た目はな。果たして中身はどうだか」
テンションの上がっている彰とは対照的に、俊平のリアクションは淡泊だ。封に使われているハートマークのシールを剥がし、中から便箋を取り出す。
「何が書かれてるんだか」
便箋を広げ、俊平がその内容に目を通すと。
藍沢俊平様。
あなた様に伝えたい思いがあります。
放課後。四階西の角部屋でお待ちしております。
便箋には横書きで三行、端的にそう書かれていた。
「この場所で告白ってことか? 相変わらずモテモテだな」
「俺には果たし状に見えるが」
彰はニヤニヤして小突いてきたが、目を細める俊平の表情はさながら捜査資料にでも目を通しているかのようだ。
「また近いうちに会えますから。か」
差出人が想像通りの人物だと確信した俊平は、遠い目をして溜息をついた。
「待ち合わせ場所に行くのか?」
「行かないよ。たぶん悪戯だろう」
言葉とは裏腹に、俊平は差出人の呼びだしに応じることに決めていた。
※※※
放課後。俊平は校舎四階の西側を訪れていた。
元々は生徒会室や教材室、一部の部活動の部室として使われていたエリアなのだが、三年前の増改築により場所が移ったことで使用頻度は減少。現在は空き教室となっている部屋も多い。
ポケットから取り出した便箋で、もう一度指定された場所を確認し、西の角の空き教室へ向かって歩みを進める。移動教室などで四階を訪れることはあるが、空き教室はまったく使わないので、この一画を訪れる機会はほとんどない。
「鍵はかかってないみたいだな」
道中いくつかの部室を通ってきたが、この部屋のプレートには教室名がなく、ただの空き教室のようだ。施錠されている可能性もあったが、扉に指をかけた感覚では抵抗は感じられなかった。
「藍沢だ。入ってもいいか?」
一言、教室内にいるであろう人物に断りを入れる。聞き覚えのある女子生徒の声が、俊平の入出を許可した。
「お邪魔します」
「お待ちしておりました。藍沢先輩」
パイプ椅子に腰掛け、長机の上で手を組む繭加の姿がそこにはあった。さながら映画の終盤で悪役が主人公を迎えるシーンのような構図だが、繭加が小柄なのでいまいち迫力に欠ける。
「やはりお前だったか。御影」
大した驚くこともなく、俊平は淡々と扉を閉めた。
「あまり驚かないんですね?」
「思い通りにならなくて残念だったな」
心にも無い同情を口にし、俊平は意地の悪い笑みを浮かべる。ラブレター? の差出人の正体を察していた俊平が、今更驚くはずもない。
「まあいいでしょう。それよりも今回、藍沢先輩をお呼びしたのには理由があります」
「昨日の話の続きだろ?」
昨日の今日で接触があったことは予想外だったが、話の続きが気になっていた俊平にはむしろ好都合だった。昨夜はあまり眠れていない。
「はい。放課後なら時間はタップリありますしね」
肯定する繭加の表情は笑顔だが、昨日去り際に見せた屈託のない笑顔ではなく、どこか作り物染みた無機質な笑みだ。
「とりあえずお掛けください」
繭加に勧められ、俊平は向かい合う形で反対側のパイプ椅子に腰掛けた。
「しかし、何でラブレターもどきなんて出して俺を呼び寄せた? 手紙を教室の机に入れたくらいだ。直接声をかけてきてもよかっただろうに」
「だって、その方が面白いじゃないですか」
通常ならジョークだと受け取るべき状況だが、どうやら繭加は真剣なようだ。その瞳には良くも悪くも迷いが無い。
「それで、面白かったか?」
「いいえ。扉を開けた瞬間の藍沢先輩が驚愕に震えるのを期待していたのに、結果はこの有様です……」
「いやいや。お前の想像の中の俺はどれだけビビりなんだよ」
俊平は棒読みで話をまとめる。昨日から繭加の発言には独特な雰囲気を感じていたが、どうやらあれはあの場限りのことではないようだ。
「ところでこの教室は何だ? 空き教室には普段、鍵がかかっているだろう」
気になることはとことん指摘してしまおうと考えた俊平は、呼び出されたこの場所について尋ねることにした。
「ここは私が立ちあげた文芸探求部の部室です。部長も私ですよ」
「他に部員は?」
「実質、私一人だけです。それ以外は部を立ち上げるために名前を貸してもらった幽霊部員が数名」
「相変わらず緩いな。うちの学校」
緋花高校は新規の部活動の立ち上げに寛容(というよりも、審査が緩すぎる)ため、よっぽどおかしな内容でない限り、入学間もない新入生でも簡単に申請を通せる。繭加は新しい部を立ち上げ、部室として空き教室の使用許可と鍵を得たようだ。
「この部の活動内容は、他の文芸部とは違うのか?」
緋花高校には文芸に関連した部が複数存在するが、純文学や古典など、どういった方向性なのか分かりやすい名前が多い。探求というのはある意味で曖昧だ。
「一つの作品を部員同士で深く読み込み、執筆時の作者の真理や奥底に隠されたメッセージ性を探求していこうというのが活動内容となっています」
「けっこう真面目な内容だな」
「表向きですが」
「おい、表向きと言ったか?」
真面目な活動内容に俊平は感心していたのだが、繭加が最後に付け加えた一言で一気に雲行きが怪しくなる。
「あくまでも、部活動という体裁を整えるために考えた内容ですね
「それで、表向きじゃない真の活動内容は何なんだ?」
「言ったら多分引きますよ?」
「じゃあ聞かないでおく。知らぬが仏だ」
「言わせてくださいよ!」
繭加は駄々っ子のように両腕を上下させる。
「どっちなんだよ……」
リアクションに困った俊平は、頬杖をついて溜息をもらした。
「お願いですから言わせてください」
「どうしようかな」
悪戯っぽい笑みを浮かべて冗談混じりに俊平が言うと、繭加は眉を顰めて頬を膨らまし、無言の反論を取った。幼い子供をあやしているような気分になり、俊平は微笑みを浮かべていた。
「その笑顔、逆に心に刺さります」
「悪い悪い。お詫びに話を聞いてやるから」
流石にこれ以上からかうのは可愛そうだ。俊平が両手を合わせて謝罪すると、自分のターンが回ってきたことで繭加の表情が綻ぶ。わざとらしく咳払いをすると、意味深に間を取った。
「真の活動内容は、私の趣味でもある心の観察です」
「心の観察?」
よく人間観察が趣味だという人がいるが、そういった類の話だろうか?
「その中でも私が特に惹かれるもの、それは人の持つ心の闇です」
「つまり御影は、人の心の闇を覗き見るのが好きってことか?」
繭加は笑顔で頷いた。その表情は、自分の趣味嗜好を嬉々として人に語る時のそれだ。
「悪趣味だな」
「藍沢先輩は正直な人ですね。本音だとしても、普通は即答しませんよ?」
「この状況で建前はいらないだろ」
「引きました?」
「安心しろ。途中で帰るような真似はしないから。とりあえず話を続けてくれ」
悪趣味だと感じたのは事実だが、それだけで繭加に対する態度を変える程、俊平は単純ではない。表面上だけではなく、詳しい話を聞かない限りは判断を下せない。
「先程も申した通り人の心の闇、私はダークサイドと呼んでいますが、それを垣間見ることが私は好きです。趣味と言ってもいいかもしれません」
「ダークサイド、暗黒面ね。ネーミングに意味は?」
「特にありません。強いて言うなら、心の闇と言うよりもかっこいいです」
「……そ、そうか」
一瞬、中二病というワードが頭をよぎったが、話の流れを切るだけなので言葉には出さなかった。
「垣間見るとは言うが、具体的にはどういう活動をしてるんだ?」
趣味が悪いことに変わりはないが、もし活動内容に実害が伴わないのなら多少は認識が変わってくる。
「基本はターゲットに目星を付けての調査活動ですね。多かれ少なかれ、人は本当の自分を隠すために仮面を被っているものです。探りを入れなければ、とてもダークサイドなんて覗きようがありません」
「調査って、そこまでするのか」
「現物を見てもらった方が早いかもしれませんね」
繭加は立ち上がり、窓際の机に置かれていた白いリュックから、一冊の黒いファイルを取りだし、俊平へと差し出した。
ファイルの表紙には「ダークサイド」と記されている。