「ご無沙汰してます、高見(たかみ)さん」
「久しぶりだな藍沢。俺の卒業以来か」

 週末の土曜日。俊平は繁華街のファストフード店で懐かしい顔と再会していた。
 向かいに座る、日焼けした黒髪短髪の高校生の名は高見(たかみ)健勇(けんゆう)。中学時代に共に生徒会に所属していた先輩で、当時はそれなりに親しくしていた。進学した高校は別で、現在は隣町の私立高校の三年生だ。一応連絡先だけは交換していたが、直接顔を合わせる機会はなく、高見の卒業以来の再会だった。

「学校はどうだ?」
「楽しくやってますよ。気ままな帰宅部なので、放課後も自由ですし」
「高校では生徒会に入らなかったのか?」
「顧問からの誘いはありましたけど、最終的には断りました。生徒会の大変さは中学時代に思い知りましたから、高校ではもういいかなって」
「違いないな。俺も高校では生徒会はやらなかった。まあ、部活に集中したかったからってのもあるが」

 他愛のない世間話を交わしつつ、フライドポテトを摘まんでいく。

「それで、俺に何を聞きたいんだ? まさか思い出話するつもりで呼び出したわけじゃないだろう」

 中学時代に親しかったとはいえ、二年振りに連絡してきた後輩が、いきなり直接会って話したいと言ってきたのだ。何か訳アリであることは高見も察していた。

「藤枝さんについて聞きたいことがあります」
「お前らは同じ高校なんだし、今だって交流はあるだろう。わざわざ俺に聞かなくたって」
「藤枝さん本人には、少々聞きずらいことでして」
「どういう意味だ?」

 高見は眉尻を上げ、露骨に不快感を露わにした。久しぶりに会った後輩が、友人の腹を探るような真似をしてくれば、不信感を抱くのも当然だ。親交も俊平よりも藤枝との方が長く、深い。

「俺が知りたいのは、俺が入学するよりも前の時期。藤枝さんが高校一年生の頃の話です。高見さんは藤枝さんとは親しい幼馴染だ。進学先は違っても、それなりに藤枝さんの事情は知っているんじゃないですか?」
「……知らないよ。確かに別の学校に進学してからも、あいつとはよく休日に遊んでたけど、学校よりも趣味とか、プライベートな話をすることの方が多かったし」

 目線を逸らす高見の仕草を見て俊平は確信する。鍵となるのはやはり俊平の入学前。藤枝と橘芽衣が一年生だった頃の出来事だ。そして高見も何かを知っている。

「藤枝さんと橘先輩の間に、何があったんですか?」

 あえて直球を投げつける。例え明確な答えなど返って来なくとも、高見が僅かでも動揺を見せればそれで十分だ。固い口を突き崩す算段など、会話の中で見つけていけばいい。

「どうしてそこで橘の名前が出る?」
「俺が、橘先輩の死の真相を調べているからですよ」

 気まずさから再び視線を逸らそうとした高見だったが、今回はどういうわけか俊平から目を離すことが出来ないでいた。決して威圧的なわけではない。言葉遣いだって目上の先輩に対する丁寧なものだ。それなのに、底知れぬ引力を放つ瞳だけが、魔眼のごとく恐ろしい。 生徒会役員として一年間俊平と共に活動したが、こんな恐ろしい目を見るのは初めてだ。

「言っておきますが、すでにそれなりの情報は集めています」

 高見は日焼けしていて体格もよく、豪快に笑う。一見すると剛胆な印象だが、実際にはプレッシャーに弱く、周りに流されやすい傾向がある。中学時代から周りを見ていた俊平は高見のそんな一面を見抜いていた。高校生活を経てそういった面が改善されている可能性もあったが、反応を見る限りやはり人の根幹というものはそうそう変わるものではない。強く押せばいけると、俊平はそう確信していた。

「否定されても、素直に引き下がるつもりはないのでそのつもりで」

 駄目押しの一言。決着にはこれで事足りる。高見個人には決して敵意など抱いていない。少なからず良心は痛むが、橘芽衣の真実を明らかにするためなら、俊平はかつての先輩にプレッシャーを与えることもいとわない。

「……藍沢ってさ、そんなおっかない奴だったか?」
「自分でも驚いていますよ。目的のためなら、俺はどこまでも冷酷になれるらしい」
「……そうか。愛の力は怖いな」

 観念した高見は大きく息を吐き出した。中学時代、俊平が橘芽衣に好意を抱いていたことには高見も気が付いていた。橘芽衣の死から二年が経った今でも俊平の思いが変わらぬことには驚いたが、それは同時に引き下がるつもりはないという言葉の本気さを裏付けている。高見にはもうお手上げだった。
 
「言っておくが、本当に大したことは知らない。友人と言っても、藤枝の全て知っているわけではないからな。それと、俺が情報源ってことは絶対に藤枝には言うなよ。あいつとの友情を壊したくはない」
「ありがとうございます。もちろん情報源の秘匿はお約束します。俺はただ、前に進むために真実が知りたいだけなんです。真実を知ったからって、それを使って何かをしようだなんて考えてはいません」

 半分嘘で半分本当だった。情報源を漏らすつもりはないが、真実を知った上で、どういった行動を取るのかはまだ決めてはいない。理性が感情を上回る可能性を否定しきれない。
 
「二年前の四月の半ばだったかな。藤枝の奴、目に見えて浮かれていたよ」
「何があったんですか?」
「橘と付き合えることになったと、心底嬉しそうに語っていた……それがまさか、あんなことになっちまうとはな」

 第三者から裏付けが取れたことで、橘芽衣と藤枝が交際していたことは確定した。交際開始が四月の半ばということは、橘芽衣はその僅か半月後に自殺を図ったことになる。自殺の原因が、直近の男女関係にある可能性は非常に高い。

「橘先輩の自殺ですか」
「藤枝の奴、ショックを受けて酷く自分を責めていたよ。橘が自殺したのは自分のせいだと」
「どういう意味ですか?」
「ゴールデンウイーク中に二人は分かれたらしい。何でも橘の方から別れを切り出したそうだ。交際期間も短かったし、納得のいかない藤枝はかなり食い下がったみたいで、感情的に酷い言葉を浴びせてしまったらしい。タイミングがタイミングだ。藤枝はそれが原因で橘が自殺したと考えたんだろうな」

 出来ることなら聞きたくない情報であったが、真実を明らかにするためにも、残酷な現実から目を逸らすわけにはいかない。

「ゴールデンウイーク中に、橘先輩の方から別れを切り出した。間違いありませんか?」

 重要な情報だ。間違いがないように、確認には念入りに行う。

「間違いない。藤枝は橘の訃報を知り、酷く取り乱した様子で俺に打ち明けてきたからな。あの状況で嘘なんてつかないだろう」
「別れた理由については聞いていますか?」
「藤枝も、そこまでは教えてくれなかったよ。深入りするのも不謹慎かと思って、それ以来橘の話題には一切触れていない。そのせいで、昔より距離が出来ちまった感は否めないけどな」

 確信には触れていないとはいえ、藤枝に対する罪悪感があるのだろう。事情を語る高見の表情は終始渋面であった。

「俺から言えるのはこれぐらいだ。これ以上は本当に何も知らないからな」
「十分参考になりました。ご協力に感謝します」
「まるで取り調べだな」
「受け取り方次第ですよ。俺はお世話になった先輩と世間話をした。くらいの認識ですから」
「……やっぱりお前、キャラ変わったよ」

 話すことはもう何もないし、居心地があまりに悪い。高見は残っていたポテトを急いで平らげると、まだ食事を続けている俊平を残して席から立ち上がった。

「昔は良い意味で敵に回したくなかったけど、今は悪い意味で敵に回したくないよ」

 目も合わせぬまま、高見は俊平から逃げるように店を後にした。元より疎遠だったこともあり、今後顔合わせる機会はことはないだろう。俊平の側はともかく、高見はもう俊平とは顔を合わせたくないと感じていた。

「……熱くなりすぎたかな。高見さんと仲たがいするのは不本意だったが」

 反省して目を伏せると、俊平はドリンクのストローに口をつけた。

 ※※※

「御影。俺だ」

 高見から遅れてファストフード店を後にした俊平は、駅舎の壁に背中を預け、繭加のスマートフォンへと電話をかけた。藤枝と橘芽衣が事件の直前まで交際していたという、第三者からの情報。これは大きな進展だ。協力関係として、利益はすぐさま共有すべきだろう。

『誰ですか?』
「俺だよ」
『俺さんなんて知り合いはいません。ひょっとして詐欺ですか?』
「優しい先輩の藍沢俊平でございます。これでいいか?」
『藍沢先輩だったんですか、一瞬、誰かと思っちゃいましたよ』
「嘘をつくな嘘を。固定電話ならともかく、スマホなんだし発信者の名前が出てるだろう」
『詐欺の件は冗談ですが、声を聞くまで誰からの着信か分からなかったのは本当ですよ。先輩の連絡先をふざけた名前で登録したままなのを忘れていまして、一瞬、混乱してしまいました』
「どういう状況だよ。ちなみにふざけた名前って?」
『ご想像にお任せします』
「そこに想像力を割くリソースはない。いい加減本題に入らせてもらうが、今さっき藤枝と親しい中学時代の先輩と会ってきた。色々と興味深い情報を得られたよ」
『情報とは?』

 話題の転換に、流石の繭加も気を引き締めたようだ。電話越しの吐息には、新たな情報への期待と不安が入り混じっている。

「藤枝と橘先輩は交際していたらしいが、僅か半月ほどで橘先輩の方から交際を解消。橘先輩の死は、それから間もなくのことらしい」
『それが事実なら、芽衣姉さんの死の原因が藤枝との交際にあった可能性は高いですね』
「時期が時期だからな」

 駅前の雑踏を眺めながら、俊平はしばし思案する。今回得られた情報は大きいが、同時に手詰まり感も感じる。藤枝の被害者の一人である桜木志保。藤枝友人の高見健勇らから情報を得られただけでも上々だ。所詮は警察でも探偵でもない高校生による調査活動。情報収集もそろそろ限界が近い。当事者である橘芽衣がもうこの世に存在しない以上、残る当事者は限られている。遅かれ早かれそうする予定だったのだ。そろそろ頃合いかもしれない。

「御影。可能な限り情報もそろえた。ここいらで決定的な証言が欲しいところだ。思い切って本人に問いただしてみないか?」
『私も同じことを考えていました。藤枝の彼女の振りをするのも疲れてきましたしね。ジョーカーを切るにはいい頃合いです』
「意見の一致とは珍しい」
『ようやく絆が芽生えてきたということですかね』
「そういうことにしといてやるよ。今外だから、また後で連絡する」
『分かりました』

 互いに軽口を叩くのは余裕の表れか、あるいは余裕が無いがための強がりか。少なくとも俊平の眼光に宿っているのは、刃物のような鋭利さだった。

「忘れない内に買い物しておくか」

 通話を終えた俊平は、駅前の家電量販店の方へと向かった。