「結葵様の目で、悠真くんの無事を確認するのは大切なこと」
蝶たちは、朱色村で何かが起きると教えてくれた。
そのために私たちは朱色朱色村を見回っているはずなのに、来栖さんは私の精神的な面を気遣って声をかけてくれた。
「悠真様の仕事の邪魔はしたくないので」
「……結葵様は、強い」
山中で頼りになるのは月明かりくらいなのに、月を覆うほどの暗い雲が月の明かりを遮ってしまう。
「でも、もっとわがままになるべき」
「私は自分のわがままよりも、悠真様が幸せになることを優先したい……」
「紫純琥珀蝶が飛ぶ世界は、いつ誰が記憶を失っても可笑しくない」
一瞬、頬の横を鋭い風が駆け抜けた。
「来栖、さ……」
何が起こったのか確認する暇もなくて、私は呆然と立ち尽くしてしまった。
視界に映るのは、片手で持てる大きさの拳銃を私に向けている来栖さんの姿。
「ごめんなさい! 結葵様に当てない自信はあったけど、驚かせた……」
落ち着いて後ろを振り返ると、来栖さんが撃った銃弾に体を裂かれた紫純琥珀蝶の姿があった。即死だったようで、蝶の薄紫の羽は地面に力なく伏せられていた。
「私の方こそ……あ、ごめんなさい……私、気づかなくて……」
「謝らなくていい。声もかけずに銃を使った私が悪い」
「でも、来栖さんがいなかったら、私は記憶を失っていた……」
紫純琥珀蝶が、自分に近づいてきた気配をまったく感じなかった。
狩り人に協力した私を嫌ったのか、私に言葉をかけることなく蝶は私の背後へと忍び寄ったということらしい。
「結葵様、大丈夫?」
不自然なほど静かにしている私を気遣って、来栖さんは声を与えてくれた。
「狩り人でも、蝶の気配を感じ取れないときがあるから気にしなくていい」
「でも……」
いつもと、何かが違う。
狩り人と協力関係を結ぼうとしたことが、私の勘を鈍らせてしまったのかもしれない。
「化け物みたいな大きさの蝶が飛んでいるならともかく、紫純琥珀蝶はそこらへんを飛んでいる蝶々たちと変わりのない大きさ」
「そう……ですが、それは言い訳にしかなりません」
研究室に慣らされた蝶が、私に嘘を教えた可能性も否定はできなかった。
罠にはめられた可能性も考えながら、私は悠真様に蝶からの情報を伝えた。
「そんなに気にしなくても大丈夫」
「すみません、もっと……もっとしっかりします……」
でも、私たちは本当に罠にはめられてしまったのかもしれない。
蝶が私に話しかけてくれなかったことが、裏切り者への制裁なのかもしれない。
「さっきの来栖さんのお話に繋がりますね……」
何を優先して生きていくのか。
すべての時間を悠真様に費やすことができないからこそ、優先したい感情に順番をつけなければいけない。
「私は、悠真様の傍にいたいです」
悠真様のことは、もちろん信頼している。
狩り人のみなさんがいてくれれば、朱色村のことを絶対に守ってくれると思う。
それなのに、胸騒ぎがする。
何かが起こるような、既に何かが起きているような、そんな予感が脳裏をかすめていく。
だから、私は悠真様と再会することを優先させたい。
「戻ろう、結葵様」
「こんな自分勝手なことをしても大丈夫ですか」
私の失態で、大勢の人に迷惑をかけてしまったかもしれない。
「狩り人がいる限り、村の平和は維持できる」
「……はい」
「だから、持ち場を離れても問題はない」
これ以上、狩り人の人たちに迷惑をかけないためにも、私は来栖さんに確認をとる。
「朱色村の蝶は、ほかの村に比べたら数が少ないから」
「…………」
「まるで、この人数でなんとかできるように蝶が配慮してくれているみたいに……ね」
そんなこと、考えたことがなかった。
どんなに両親の血を引く美しい容姿をしていても、紫純琥珀蝶と言葉を交わす私を貰ってくれるような華族は現れなかった。
外の世界を知らずに育った私にとっては、来栖さんを始めとする外の世界を生きた人たちの情報は貴重だった。
「ちゃんと悠真くんに会って、不安定な心をちゃんと取り戻そう」
「はい」
世界は蝶の恐怖に怯えているのに、こんな私的な感情を優先する。
それでは駄目だと分かっていても、心を走り抜ける奇妙な勘は止まることを知らない。
「悠真くんたちが見回っているのは……」
「こちらの方角だと思います」
「ありがとう、結葵様」
「案内なら、お任せください」
元々、山の頂上まで向かう予定ではなかった。
私がこんな不安定な状態なのだから、山頂まで向かわなかったのはある意味正解だったのかもしれない。
「身内で行動すると、何かあったときに大変なことになると思ってたけど……」
ぼんやりとした月明かりが私たちを見守る中、来栖さんは悔しそうな表情を見せてくれた。
「結葵様と悠真くんは、一緒でも良かったかも……」
「そこは任務ですから、お気遣いいただかなくても……」
ここで来栖さんの年相応なところを見ることができるとは思ってもいなくて、なんて平和な時間なのだろうと思ってしまう。
「外に出たことがない私でも、紫純琥珀蝶が導いてくれるので」
都合のいい考え方かもしれないけれど、まるで誰かが山を登るべきじゃないって導いているような気がした。
私たちが早く村に戻ってこられるように、誰かが仕組んでいるような気がする。
(悠真様、どうかご無事で……)
外灯の光もなく、月明かりだけが頼りの朱色村。
私たちの静かな足音しか響かない中、村の小道を進んでいくことの心細さといったら言葉で表現できないほど。
(この村には、何か秘密が隠されているかもしれないから……)
紫純琥珀蝶と言葉を交わせる人間が存在するから、蝶たちは朱色村を紫に染めることがないのかもしれない。
その考えはある意味では正しいのかもしれないけど、私の出世に特別な秘密など隠されていないのなら、そこには隠された理由があると考えるのが普通。
「え……」
視界に映り込むはずのない、その人が私の中に入り込んでくる。
蝶たちは、朱色村で何かが起きると教えてくれた。
そのために私たちは朱色朱色村を見回っているはずなのに、来栖さんは私の精神的な面を気遣って声をかけてくれた。
「悠真様の仕事の邪魔はしたくないので」
「……結葵様は、強い」
山中で頼りになるのは月明かりくらいなのに、月を覆うほどの暗い雲が月の明かりを遮ってしまう。
「でも、もっとわがままになるべき」
「私は自分のわがままよりも、悠真様が幸せになることを優先したい……」
「紫純琥珀蝶が飛ぶ世界は、いつ誰が記憶を失っても可笑しくない」
一瞬、頬の横を鋭い風が駆け抜けた。
「来栖、さ……」
何が起こったのか確認する暇もなくて、私は呆然と立ち尽くしてしまった。
視界に映るのは、片手で持てる大きさの拳銃を私に向けている来栖さんの姿。
「ごめんなさい! 結葵様に当てない自信はあったけど、驚かせた……」
落ち着いて後ろを振り返ると、来栖さんが撃った銃弾に体を裂かれた紫純琥珀蝶の姿があった。即死だったようで、蝶の薄紫の羽は地面に力なく伏せられていた。
「私の方こそ……あ、ごめんなさい……私、気づかなくて……」
「謝らなくていい。声もかけずに銃を使った私が悪い」
「でも、来栖さんがいなかったら、私は記憶を失っていた……」
紫純琥珀蝶が、自分に近づいてきた気配をまったく感じなかった。
狩り人に協力した私を嫌ったのか、私に言葉をかけることなく蝶は私の背後へと忍び寄ったということらしい。
「結葵様、大丈夫?」
不自然なほど静かにしている私を気遣って、来栖さんは声を与えてくれた。
「狩り人でも、蝶の気配を感じ取れないときがあるから気にしなくていい」
「でも……」
いつもと、何かが違う。
狩り人と協力関係を結ぼうとしたことが、私の勘を鈍らせてしまったのかもしれない。
「化け物みたいな大きさの蝶が飛んでいるならともかく、紫純琥珀蝶はそこらへんを飛んでいる蝶々たちと変わりのない大きさ」
「そう……ですが、それは言い訳にしかなりません」
研究室に慣らされた蝶が、私に嘘を教えた可能性も否定はできなかった。
罠にはめられた可能性も考えながら、私は悠真様に蝶からの情報を伝えた。
「そんなに気にしなくても大丈夫」
「すみません、もっと……もっとしっかりします……」
でも、私たちは本当に罠にはめられてしまったのかもしれない。
蝶が私に話しかけてくれなかったことが、裏切り者への制裁なのかもしれない。
「さっきの来栖さんのお話に繋がりますね……」
何を優先して生きていくのか。
すべての時間を悠真様に費やすことができないからこそ、優先したい感情に順番をつけなければいけない。
「私は、悠真様の傍にいたいです」
悠真様のことは、もちろん信頼している。
狩り人のみなさんがいてくれれば、朱色村のことを絶対に守ってくれると思う。
それなのに、胸騒ぎがする。
何かが起こるような、既に何かが起きているような、そんな予感が脳裏をかすめていく。
だから、私は悠真様と再会することを優先させたい。
「戻ろう、結葵様」
「こんな自分勝手なことをしても大丈夫ですか」
私の失態で、大勢の人に迷惑をかけてしまったかもしれない。
「狩り人がいる限り、村の平和は維持できる」
「……はい」
「だから、持ち場を離れても問題はない」
これ以上、狩り人の人たちに迷惑をかけないためにも、私は来栖さんに確認をとる。
「朱色村の蝶は、ほかの村に比べたら数が少ないから」
「…………」
「まるで、この人数でなんとかできるように蝶が配慮してくれているみたいに……ね」
そんなこと、考えたことがなかった。
どんなに両親の血を引く美しい容姿をしていても、紫純琥珀蝶と言葉を交わす私を貰ってくれるような華族は現れなかった。
外の世界を知らずに育った私にとっては、来栖さんを始めとする外の世界を生きた人たちの情報は貴重だった。
「ちゃんと悠真くんに会って、不安定な心をちゃんと取り戻そう」
「はい」
世界は蝶の恐怖に怯えているのに、こんな私的な感情を優先する。
それでは駄目だと分かっていても、心を走り抜ける奇妙な勘は止まることを知らない。
「悠真くんたちが見回っているのは……」
「こちらの方角だと思います」
「ありがとう、結葵様」
「案内なら、お任せください」
元々、山の頂上まで向かう予定ではなかった。
私がこんな不安定な状態なのだから、山頂まで向かわなかったのはある意味正解だったのかもしれない。
「身内で行動すると、何かあったときに大変なことになると思ってたけど……」
ぼんやりとした月明かりが私たちを見守る中、来栖さんは悔しそうな表情を見せてくれた。
「結葵様と悠真くんは、一緒でも良かったかも……」
「そこは任務ですから、お気遣いいただかなくても……」
ここで来栖さんの年相応なところを見ることができるとは思ってもいなくて、なんて平和な時間なのだろうと思ってしまう。
「外に出たことがない私でも、紫純琥珀蝶が導いてくれるので」
都合のいい考え方かもしれないけれど、まるで誰かが山を登るべきじゃないって導いているような気がした。
私たちが早く村に戻ってこられるように、誰かが仕組んでいるような気がする。
(悠真様、どうかご無事で……)
外灯の光もなく、月明かりだけが頼りの朱色村。
私たちの静かな足音しか響かない中、村の小道を進んでいくことの心細さといったら言葉で表現できないほど。
(この村には、何か秘密が隠されているかもしれないから……)
紫純琥珀蝶と言葉を交わせる人間が存在するから、蝶たちは朱色村を紫に染めることがないのかもしれない。
その考えはある意味では正しいのかもしれないけど、私の出世に特別な秘密など隠されていないのなら、そこには隠された理由があると考えるのが普通。
「え……」
視界に映り込むはずのない、その人が私の中に入り込んでくる。