小さい頃から、ほしいものはなんでも手に入った。
いや、どちらかと言うと、ほしいと思う前にすべてが俺の手の中にあったという方が正しいかもしれない。
我ながら整った甘いマスクと天性のトークスキルで、常に身近には女の子がいて選り取り見取りだった。家だって裕福な方だし、飽きる前に手を伸ばすまでもなく次から次へと新しいものが与えられる環境にいた。
それで満たされていると思っていた。だからなにかに執着し、熱烈にほしいと願ったものはない。
けれどそんな俺の世界に、自分でも気づかないほど小さな歪みが生まれていた。
翌日の昼休み。非常階段の踊り場で総菜パンを頬張りながら、俺はのんたに詰められていた。
「なあ! 昨日ココナちゃんから連絡きたぞ! 叶芽に急に置き去りにされたって」
「ああ、それね……」
昨日のことを考えると頭痛がしてくる。後遺症がまだひりひりと尾を引いているのだ。
「なんか女の子と遊ぶ気がしなくて」
「なんでだよ、あんなにココナちゃん狙ってたのに」
「どうした、叶芽。お前らしくない」
女の子と遊ぶのを一時的に控えただけでこの言われようなのはなんとも情けないけれど、弁解の余地もない。
っていうかなんで橘に好きな人がいたっていうだけで、こんなにもやもやしているんだ!?
「ほんと自分でも変なんだよな……。目が合うとどきどきして、笑ってくれると嬉しくて、もっと笑ってほしくて、違う人を見てほしくなくて、こんなに心を振り回されたことなんてなくて戸惑ってるんだよ……」
はあ、と哀愁漂う溜め息を吐き出す。
するとのんたと隆二が揃ってぽかんと口を開いた。
「なんという模範解答のような恋だ……」
「は?」
「いやいや、恋愛偏差値低っ! っていうか森羅万象生きとし生ける女に愛される叶芽を振り回すなんて、どこの女だよ!」
のんたが好奇心で目をきらきらさせているけれど、俺はその前の隆二の台詞を頭の中で巻き戻す。そして一旦冷静になるよう努めながら、慎重に問いただす。
「ちょっと待って。さっき恋って言った?」
「ああ、言ったぞ」
一片の迷いもなく、俺を見据えて言い放つ隆二。
恋……?
まるで恋という言葉を初めて知ったかのような衝撃が走る。
するとのんたが信じられないというように恐る恐る口を開く。
「もしかして叶芽くん、キミって実は初恋まだだったりする……?」
「は? そんなわけないだろ!」
口では強く否定するけれど、内心焦りまくっていた。
初恋って……いやいや、そんなわけない。俺が橘のことを好きなはずがない。
なにかの間違いだ。そうだ、そうに決まっている。