「いやいや、ありえないだろ!」

 休み時間、教室中に俺の声が響き渡り、一斉にこちらに視線が集まる。
 のんたと隆二と会話をしていたはずなのに、正直ふたりの声は俺の耳を右から左へ流れていた。

「隆ちゃん、やっぱり叶芽がおかしいよ~!」
「どうした、叶芽。最近情緒がジェットコースターだぞ」

 ふたりに心配されるけど、本当のことを話せるはずもなく。……だって、橘のことを可愛いと思ってしまったなんて。
 あのときの橘の顔がどうしても頭から離れてくれない。

「熱でもあるのか?」

 のんたが心配そうに俺の額に手を当ててくる。俺は思わずその手を掴んで、のんたの顔をまじまじと見つめた。

「わっ、なんだよ」

 のんたはいわゆる小動物系で、目がくりくりしていて去年の文化祭の女装も似合っていたし、女子たちからは可愛いと騒がれている。
 でも俺はのんたにきゅんとしたことは一度もない。
 それなのに、あろうことかあんなに敵対視していた橘にきゅんとときめいてしまったのだ。女の子らしくて可愛いというわけではなくて、その存在が、反応が、可愛いと思った。近づいただけであんなうぶな反応をされるなんて思ってもみなかったから。

「いっそ熱でもあってほしかったわ……」

 自分で自分の気持ちがわからなくて、混乱する。

 溜め息を吐きながらのんたの手を離すと、のんたの肩越しに、窓際の席に座って頬杖をついている橘の姿を捉えた。
 視線を感じたのか、橘がこちらに顔を向けてくる。けれど目が合うと、ふいっと乱雑に視線を逸らされた。超絶な塩対応に、思わずあんぐりと口を開く。
 今、シカトされた……!? 前言撤回、やっぱり可愛くない!