学校祭まで残すところ3日になった。学校祭の準備もいよいよ大詰めだ。
 放課後、オレと希純はの元に、プリントが完成した学校祭Tシャツが届いていた。

「すご……。希純の絵が、綺麗にプリントされてる」

 Tシャツを目の前に掲げて、まじまじとTシャツを見つめる。
 希純がデザインし清書までイラストが、こうしてTシャツとして形になっている。それはなんでか自分のことのように喜ばしく、感慨深いことだった。
 このTシャツは学校祭で販売される。対価をもらい人の手に渡るのだと思うと、よりいっそう心が湧く。

「お疲れ、冬馬」

 Tシャツをじっくり隅々まで眺めていると、希純の声が聞こえて、オレは視線を下ろす。そして首を傾げた。

「オレ、なんもしてないけど」

 我ながら戦力外にも程があった。デザインはすべて希純任せで、せめてオレもなにかをと思ったけれど、結局Tシャツの手配などだれにでもできるような裏方作業くらいしかできなかった。

 すると希純は穏やかに微笑んだ。

「俺ひとりじゃ完成しなかったよ」
「希純……」

 希純の笑顔を見ると、まるで夜空に一番星を見つけたかのような、そんなじんわりとした温もりが心に宿る。
 こんなに胸を揺さぶられるのは君にだけ。

 まだそれぞれのクラスの出し物の準備は残っているけれど、そんなのは後回しだ。
 学校祭の準備が終わる、それは同時に希純と一緒にいるための口実がなくなってしまうことを意味していた。
 オレはそんな侘しさを散らすように伸びをしながら、希純を見た。

「Tシャツも片づいたってことで、ちょっとさぼろーよ」
「え?」
「オレの秘密基地に案内するよ、希純」



 その場所はオレのとっておきの秘密だった。だからこの場所のことはだれにも話したことがない。
 けれど希純だけは特別だから。希純と共有したかったから。オレは希純を連れて、屋上に続く階段を上っていた。
 屋上はオレが入学したときにはもうすでに立ち入り禁止で、それがいつからだったのかは知らない。施錠されており、入ることができないというのが共通認識だから、安易に近づく生徒もいない。
 だから暇つぶしにはかっこうの場所なのだ。

「屋上は立ち入り禁止なんじゃないのか?」

 数段後ろをついてきながら、希純が問う。

「うん、立ち入り禁止だよ。でもオレは屋上の鍵を持ってるから」

 オレはシャツの胸ポケットから錆びついた鍵を取り出し、ちらちらと振って見せた。

「屋上の鍵なんてどこで……」
「この階段に昼寝に来たとき、偶然落ちてるの見つけちゃったんだよね」

 鍵穴に鍵を差し込み、90度横に倒す。
 そして建てつけの悪い扉を力強く押せば、水色の青空が目に飛び込んできた。びゅうっと乱暴な夏風が吹きつけてくる。

「んー……」

 夏風を体いっぱいに浴び、隣で希純が伸びをする。

「屋上なんて初めて来た。気持ちいいな」

 希純の表情と声が心なしか軽やかだ。その表情を見られただけでも、ここに連れて来た価値がじゅうぶんにある。

「こっち」

 校舎裏側のフェンス近くに希純を呼び寄せる。
 こちら側なら校舎やグラウンドの生徒に気づかれる心配もなく、街並みを一望できるのだ。

「いいだろ、この景色。オレのものなんだ」
「ここが冬馬の秘密基地か。いいな、この眺め」

 隣で希純が呟く。オレたちは今、同じ景色を目に映している。自分が特別だと思う景色を、希純もいいと思ってくれたことが無性に嬉しい。
 秘密主義のオレが、希純の前だと無性に自分を曝け出したくなる。ありのまますべてを受け入れてほしいと思ってしまう。
 オレはそっと扉を開錠し、だれにも話したことのない心を開放する。

「ここで感じる風、高跳びのときに感じた風に似てるんだ」

 夏の風に髪がそよぐ。
 風はいつだってオレを包み込み、味方でいてくれた。

「この間、久々に陸上部行ってきた。そんで後輩の指導してきた。……それがさ、無性に楽しかったんだよね」

 希純の瞳がこちらを向いたのがわかる。希純が見守ってくれているのをたしかに感じながら、言葉を紡いでいく。

「自分にはもうできないのに仲間は高跳びをしてるって状況は、きっと嫉妬で耐えられないと思ったから、高跳び自体を避けてた。高跳びをしてた過去すら、無理やり自分から切り離そうとしてた。でもさ、それって結局現実を受け入れずに逃げてただけなんだよね。希純がそのことをオレに気づかせてくれた」

 希純が見ていてくれた、認めてくれた。そのおかげで、憎しみに化してしまった過去を受け入れることができたのだ。ただひたすら高跳びに打ち込んでいたあの日の情熱を思い出し、高跳びにもう一度向き合うことができた。

 鼓動が走り出す。自分のものとは思えないほど騒がしい鼓動の音を聞きながら、希純に向き合った。
 希純と視線が交わる。色素の薄い綺麗な瞳。この世の美しいものをかき集めたって、きっとこの瞳の清澄さには敵わない。

 着飾られた言葉を必死に探したのに、緊張のあまり頭は使い物にならなくて、結局口からこぼれたのはあまりに単純で剝き出しな言葉だった。

「オレは希純のことが好き、なんだと思う」