朝、登校して下駄箱を開けると、ぎゅうぎゅうに詰められたプレゼントの山が雪崩落ちてきた。
「お、っと……」
「今年もすごいな」
一緒に登校した隆二が、抑揚のない声をわずかに揺らす。
今日は17回目の誕生日、だったらしい。すっかり忘れていたけれど、このプレゼントの山で誕生日だったことを思い出す。
誕生日やバレンタインはプレゼントをもらってもお返しができないからと断ったはずが、それ以来こうして匿名でプレゼントが届くようになった。この光景も、すっかり見慣れたものになっている。
「俺のサブバッグ使っていいぞ」
「あ、さんきゅ」
その場にしゃがみ込み、落ちてしまったプレゼントも埃を払いながら隆二が貸してくれたサブバッグに詰めていく。
するとそんな俺を無言で見下ろしていた隆二が、ぽつりと声を落とした。
「叶芽、変わったな」
「え?」
「なんか血が通うようになった気がする」
隆二の言うことは難しい。
けれど今までは特にありがたみを感じることもなく何の気なしに受け取っていたプレゼントにひとつひとつに、それぞれの思いが詰まっていたことが今はわかる。想いを寄せてもらえることは当たり前のことじゃない。だれかを追う側になって初めて、遅すぎではあるが、ようやくそれを理解できたのだ。
「だれかの影響か?」
「鋭いね、隆二。初恋、しちゃったみたいなんだよね」
両手を合わせて、口元に持っていく。
隆二の顔が見られない。友人に自分の恋愛事情を打ち明けるのがこんなに恥ずかしいことだとは思っていなかった。
「叶芽が?」
「うん、だから今、絶賛自分磨き中」
照れくささに顔を隠すようにピースをすると、隆二がぽんと俺の肩に置いてきた。
「かっこいいぞ、叶芽」
顔を上げれば、隆二が笑っていた。隆二の笑顔なんて超レアだから、朝からとてもいいものを見てしまった。
「叶芽、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう、叶芽くん!」
祝福の声を浴びながら教室に着くと、のんたが勢いよく駆けてきた。
「叶芽! セブンティーンおめ!」
「おはよう、のんた。さんきゅ」
「バースデーボーイ、今日もイケてるねえ」
「なんだよそれ。っていうか、さっき隆二が笑ったんだけど」
「え!? まじ!? 隆二が笑うなんて都市伝説じゃねえの!?」
「おい、こら」
のんたに迎えられ、いつものように他愛ない会話を交わしていると、教室のどこかから視線を感じた。いや、正確にはちらちらと女子の視線を感じてはいるが、その中でもなんだか異質な視線なのだ。
ふとそちらを見て――席に座っている橘と目が合う。俺の眼差しを捕まえた橘は、視線を落としてスマホを触る。直後、俺のスマホが鳴った。
まさかとは思いながらもスマホを取り出すと、ディスプレイに橘からのメッセージが表示されていた。
『西側の非常階段に来てほしい』
……え、なんだこれ。
この前のふたりで音楽を聴いたとき、さりげなくを装って連絡先を交換したのだ。連絡先を聞くのにあんなに緊張したのは、後にも先にもあのときだけだと思う。
それ以来ずっと勇気が出なくて自分から連絡することができなかったのだけど、まさか橘の方から連絡が来るなんて。
呆然としている間に、橘が教室を出て行く。
「ねえ、笑ってよ隆二! 僕も隆二が笑ってるところ見たい!」
「そんなこと言われても急には無理だ」
「隆二の堅物ばか!」
「――ちょっと抜けるわ」
言い争っているのんたと隆二にそれだけ告げて、俺も教室を出る。
「え!?」
背中の向こうでのんたの声が聞こえたけれど、立ち止まってはいられかった。
西側の非常階段。そこは人が滅多に来ない穴場だ。
ほとんどの生徒や教師は、東側の新しい非常階段を利用するからだ。
「橘!」
廊下を抜けて勢いよく扉を開ければ、橘がこちらを振り返る。夏風が橘の柔らかそうな髪を揺らした。
「ごめん、突然呼び出して。久遠といると目立つから」
目立つのが苦手なのは橘らしい。
騒ぐ鼓動の音を鎮めるように努めながら、あくまで"冷静な俺"を取り繕って問いかける。
「それはいいけど、どうしたの、急に」
「いや、今日久遠の誕生日だって聞いたから」
「……う、ん」
「久遠には仲良くしてもらってるし、お祝いしないとなと思って。おめでとう」
そう言ってほのかに微笑む橘。
なんだよそれ、可愛すぎだろ……っ!
思いがけない角度から投げられた衝撃に、心臓発作を起こしそうになる。
「さっき知ったから、誕生日プレゼントは準備できてないんだけど」
「でも、くれようとしたの?」
「ああ」
これは……やられたな。一度は白旗を上げるも、俺はふと起死回生の策を閃き、一歩橘に近づく。
「じゃあ、お願いがある」
「なに? 気軽に言ってほしい」
なんの疑りもない眼差し。
俺はその瞳を見つめたまま思いをぶつけた。
「俺が、橘のピアスホールを開けたい」
「え?」
「もちろん無理にとは言わない。増やすつもりがないならいいんだ」
橘にとってピアスホールがどれだけの意味を持つのか、きっと橘もわかっている。
それでも橘は頷いた。わかった、と。