「あの、ずっと前から好きでした……っ」
柔らかそうなもちもちの頬を赤く染め、目の前の女の子が頭を下げる。
名前はさっき聞いたけど正直覚えていない。なにせ初対面だ。
「悪いけど、今は誰とも付き合う気がないんだ。ごめんね」
あくまで申し訳なさそうに、相手を傷つけないようふんわりと謝る。
これが、何回も告白されてきた経験から得た最善の断り文句なのだ。
こんな可愛い子を断るなんて俺だって本望じゃないけれど、誰とも付き合う気がないのは本心だった。
これまで何人かの女の子と付き合ってきたけれど、束縛される関係は性に合わなかったし、特定の相手を作ると気軽に女遊びができなくなるから面倒だ。俺はもっと自由気ままに快楽を貪りたいのだ。
女の子と別れ、教室に戻ると、待ち構えていたかのように俺の元に近づくふたつの影があった。
「どうだった!? ミナちゃんに告白されたんだろ!?」
「告白の返事は」
ぴょんぴょんと小動物のように飛び跳ねるのが、佐竹のんた。
そして隣の堅物デカ男が、松井隆二。
ふたりとも、中学の頃からの俺の友人だ。
「ああ、今回も断ったよ」
「え~もったいないなあ」
「けど、お前なら次から次に声がかかるもんな」
「まあな」
教室の入り口でこうして話しているだけでも、廊下を歩く女子たちの視線が背後からちらちらとぶつかる。
――この学校で久遠叶芽を好きにならない女子はいない。
そんな噂がまことしやかに囁かれるようになったのは、高校に入学して間もなくのことだった。
女子ウケする顔に、生まれ持った愛想とトークスキルで、昔から異性関係が途絶えたことがなかった。
けれど今は……。
そのとき、どんっと俺の肩になにかがぶつかった。
「……悪い」
俺の肩にぶつかってきたその男は、こちらに一瞥くれただけで、自分の机に向かってすたすたと歩いていく。
「お、黒王子」
のんたが不快な単語を口にする。
黒王子こと橘希純。
久遠叶芽一強と言われた女子人気を二分させたのがこいつだ。
こいつが転校してきた高1の冬から、俺は黒王子と並んで白王子なんて呼ばれるようになった。
女子たちの間では、毎日のように白王子派か黒王子派かなんて論争が繰り広げられている。
けれど俺のものだった人気が、ぽっと出の奴に横取りされたみたいで正直面白くないし、なんならムカついている。
なんであんな奴が人気なのかわからない。教室ではいつもまわりをシャットアウトするように窓の外をぼーっと見つめて愛想がないし、かっこつけているのか一匹狼を気取っているし。まあ、顔がいいのはたしかに認めざるを得ないけど。
「黒王子ってイケメンだけど、顔がいいから余計に怖いんだよな」
「まあ、近づくなオーラは発してるよな」
ふたりの会話をどこか遠くに聞きながら、ぼんやり橘のことを見つめていると、隆二の声にふとチャンネルが合った。
「そういえば、ココナちゃんが叶芽のこと狙ってるらしいぞ」
「え、あの超美人って噂の新入生?」
「まじか」
それはちょっとというかかなり朗報だ。ココナちゃんは、彼女が入学してすぐに可愛いと目をつけていた子だ。美人でグラマラスで、まさに俺好み。
「叶芽ばっかりずるい~!」
のんたが地団太を踏む横で、隆二が俺の肩にぽんと手を置く。
「ま、女遊びもほどほどにな」
親友の忠告だが、それは聞き入れられない話だ。俺は俺の生き方を変えるつもりはない。