「何が悪くないの?」
急に声を掛けられて驚きながら振り向くと、上に重ねた段ボールを二つ、両手で持った波瀬先輩がドアが開いたままになっていた部屋の入口に立っていた。
いつからいたのか、寮母さんが出て行って一人になったとばかり思っていた。
「今日からよろしくね、イチくん」
「よ、よろしく、お願いします…」
誰をも魅了するような笑顔で言われて、思わず目を逸らしてしまう。
元々人と目を合わせて話すのは苦手だが、先輩とは一瞬でも合わせられない。
僕には眩し過ぎて、直視するのは困難なのだ。
…ちなみに“イチくん”というのは先輩が付けた僕のあだ名だ。
直接聞いたわけではないが、“市”ヶ谷 “一”成で、どちらも“イチ”と読めるから、イチくんだと思う。
初めて会って、名前を聞かれた直後にそう呼ばれるようになったので、何とも安直というか、馴れ馴れしいというか。