校門から校庭の付近に並ぶたくさんの桜の木。
 美しい桃色の絨毯は昨日の夜雨に濡れ、水滴が朝日を浴びて宝石のように輝いている。
 すると、入学式の始まりを知らせる予鈴が学校の周辺に響き渡った。

「急がないと」

 そう思った真昼は、桃色の絨毯を駆け出して行く。

「──う、受け止めてくれ!」

 突然大きな声が上から聞こえる。ふと、見上げるとそこには桜の花弁を身体中に纏った少年が白い猫を抱えて桜の木から降ってきていた。
 もちろん、筋力の無い真昼は受け止められる筈もなく、少年の下敷きになってしまう。

「ごめん、生きてる?」

 彼は申し訳無さそうに真昼に声をかける。

「ふははっ! 生きてるって」

 星夜は覚えていないかもしれないが、これが星夜(せいや)真昼(まひる)の運命的な出逢い。
 まるで少女漫画のような思いかげない出来事は、少女漫画が大好きな真昼にとってフィルターがつくには十分だった。
 初めて袖を通した制服はたった一日で汚れ、入学式は二人揃ってジャージで参加することとなったが、教師の呆れた注意も袖の余った服も今ではいい思い出なのだと思う。

 入学して一ヶ月ほど経過したある日に、体育の授業中に体調不良になり、真昼は運動場で倒れてしまった。すると星夜が

「お前男なのに、だせえ」

 と口にしたのだ。頭の中に揶揄う声が何度も何度も繰り返し響く。
 入学式から浮いていて一度もクラスメイトに声をかけてもらえていなかった真昼は嬉しくて思わず笑みが溢れた。言葉さえ良くは無かったけれど、星夜が声をかけてくれたことがきっかけで少しだけクラスに馴染めた気がする。
 更に、ださいと言っていたのにも関わらず星夜は真昼を保健室に連れて行ってくれたのだ。貸してくれた肩が温かくて、朝の心臓が早鐘を打つ。

 ──顔に火が灯っていること、気付かれていないかな……。

 そのとき、あまりにも単純な真昼は初めて“恋"を知ってしまった。

 真昼は重い病気さえ持っていなかったものの、小さい頃から身体が弱く、色々な病院を転々としながら入退院を繰り返す生活を送っていた。幼稚園も小学校もろくに通えて居なかったので、本の中で読んだ学校という存在に憧れることにはそう時間はかからなかった。
 明るく優しいクラスメイト、楽しい部活動、可愛くてちょっとドジな恋人。
 苦しい勉強も理不尽なことで怒る教師も青春だと思えば、必ずやきらきらと輝いてみえる。
 病室の窓から見える登下校中の学生たちを見ては、

「いいな、おれも学校行きたい」

 と声に出して羨ましく感じていた。
 こう言うといつものように

「でも、真昼がいるから寂しくないよ」

 と前のベッドから声が聞こえてくる。前のベッドの少年は「むつくん」といって半年前から同じ病室に入院している。
 同い年なので直ぐに仲良くなったが、真昼が高校入学と同時に退院したのはその一年後のことだ。