物心ついた頃から、睦田朝(むつだとも)、通称むつくんには母親が居なかった。幼稚園に通う前まではそれが普通なんだと思っていて己の環境を疑うことさえなかった。
 が、入園後直ぐに朝の家庭は一般からみて普通ではないことを知るのだ。

「むつくんちはなんで、ままいないの?」

 好奇心旺盛な幼児には普通とは違う朝の家庭が嘸かし異端に見えたのだろう。
 子どもたちから母親について言及されるのは日常茶飯事で、周りの親からも白い目で見られることが多かった。
 いつの日か、朝は父親にこう聞いてしまったことがある。

「ぼくのままはどこ」

 その言葉を発したとき、いつもは朗らかだった父親の顔が心做しか引き攣っていたのを今でも覚えている。
 時は過ぎ、小学五年生になって数ヶ月経った頃。学校行事の途中に意識を失い、救急車で運ばれた。
 そして、朝は母親と同じ病気が原因で倒れたことを知ることになる。
 入院生活を余儀なくされ、突如として一変した日常生活。経過も良くならず日に日に弱っていく息子を見た父親はそれを意図しないうちに母親の経過に重ねてしまう。
 最期にはまた別れという選択肢しか残っていないのか。その影響で父親は精神を病み、精神病を発症したことで薬漬けの日々を送ることに。
 ほぼ毎日あった面会も一週間に一回、月に一回と減っていき、とうとうお見舞いにすら来てくれなくなった。
 一番最後にお見舞いに来てくれたときに言われたことがある。

「もう、俺の前から消えてくれ」

 朝は頭が真っ白になった。

 “僕が何をしたっていうんだ"

 始めこそそう思っていた朝だが、孤独な日々を送るにつれて、自分が生まれてこなければ良かったんだと感じるようになってきた。
 父親を自分自身のせいで苦しんでいるのだ、と。
 毎日、朝は夜な夜な涙を流し、次第に笑うことさえ難しくなっていった。
 そのとき朝を救ってくれたのが、前のベッドに入院してきた真昼だった。
 朝が泣けば泣き止むまでずっと側にいてくれて、朝が笑えないときには寒いギャグを繰り返し言って笑わせてくれる。
 真昼が居なかったら朝はとっくに壊れていたのではないかと思うと何だかゾッとしてしまう。
 そしていつしか、真昼は朝の心を奪っていくのだった。