「では、何かあったら遠慮なくナースコールで呼んでくださいね」
看護師さんに言われ、軽く頷いた。
入院したことやインフルエンザになったことさえ無かった星夜。身体の丈夫さ、謂わば男らしさを取り柄にクラスでの尊厳を保っている。
身体の弱い青年を馬鹿にできたのは自分が丈夫だからだ。虫垂炎になって入院したという事実がある今はどうも箔が落ちる。
ダサい、と自分がいじめられっ子になる未来もやむを得ないだろう。
これからどうしようかと大きなため息をつく。
「もしかして新しい患者さんかな?」
カーテンの閉まった左隣のベッドから優しい声で囁かれた。前触れなく声をかけられたので少し戸惑ってしまう。
声や話し方から推測すれば、彼は恐らく同い年くらいの青年だ。部屋の他のベッドは空いていて入院している患者は星夜と彼、二人だけのようである。
「ああ、うん。虫垂炎で少し」
隣まで声が聞こえるように少し声を張って話す。顔も知らない人とカーテン越しに会話をするのはちょっと不思議に思えて、少しくすぐったい気分だった。
「大変だったね。今は体調平気?」
そっと息を呑む。再び耳にして気付いたが、彼の声はとても透き通っていて、何かを包み込むような朗らかな抑揚をしている。
思春期の高校生にありがちなちっぽけな下心だ。そんな彼の顔を見てみたい、と思ってしまう。
「薬効いてるし、何とか……。暇だからよかったら話せねー?」
「もちろん! ちょうど話し相手に飢えてたところだから!」
初対面なので多少は返事を渋るのではないかと思ったが、彼は声をピアノみたく弾ませていた。
しかし、"話し相手"という単語に妙な引っ掛かりを憶える。彼は一体、いつから入院生活を送っているのか。今までこの病室で一人、家族のお見舞いも来ることはなく孤独な想いをしていたのか、と。
「そっち、行ってもいいっすか」
どうせなら直接話して友達になりたい。
彼の心にある隙間に触れてみたい。
考えるより先に、気付けば問いかけている。
即座に嬉しそうな声で肯定の返事が聞こえてきた。
それから、慣れない点滴を引きずり、緊張しながらも隣の部屋のカーテンを開く。
瞬間、病室にぶわぁと甘い柔らかな香りが立ち籠め、星夜はその匂いにくらりとしてしまう。
窓からの薫風が、光に透けたカーテンと彼の細い髪を扇いでいる。
そこには言葉通り、まるで天使のような人がいた。肩にかかるほどの男にしては長い髪に白い肌。
たわやかな表情とは裏腹に目鼻立ちのはっきりとした中性的な顔立ちはぎょっとするほど整っている。
計らずも見惚れていると、彼の腕にある点滴の痛々しい跡をみつけてしまい目を反らしてしまった。
「あぁ、これ、ごめんね。もう長い間入院してるからさ。点滴の位置が合わなくて血が逆流したり漏れたりしちゃって、何度も付け替えて跡が残るんだよ」
ゆっくり丁寧な口調で説明してくる。
きっと青あざは内出血だが、その周りにも彼の言うように貼り替えた絆創膏の跡がいくつもあった。
全然大丈夫だと口に出すが、声色が震えていたのであろうか。彼は眉を下げて微笑み、寂しそうな顔をみせた。
他愛もない日常会話で同い年であることが分かり、数分ほど入院中の生活について話した後、今日はもう遅いから、とベッドに戻ることに。
星夜は彼の目に見えた苦労を見て、今まで馬鹿にしていたクラスメイトのことを思い出していた。
あのクラスメイトだってなりたくて病弱になったわけではないし、みんなの手を借りるのも嘸かし申し訳ない気持ちでいっぱいだっただろう。
それにしてもすごい美少年だったなと、心の中で早まる鼓動を静めながら眠りについた。
看護師さんに言われ、軽く頷いた。
入院したことやインフルエンザになったことさえ無かった星夜。身体の丈夫さ、謂わば男らしさを取り柄にクラスでの尊厳を保っている。
身体の弱い青年を馬鹿にできたのは自分が丈夫だからだ。虫垂炎になって入院したという事実がある今はどうも箔が落ちる。
ダサい、と自分がいじめられっ子になる未来もやむを得ないだろう。
これからどうしようかと大きなため息をつく。
「もしかして新しい患者さんかな?」
カーテンの閉まった左隣のベッドから優しい声で囁かれた。前触れなく声をかけられたので少し戸惑ってしまう。
声や話し方から推測すれば、彼は恐らく同い年くらいの青年だ。部屋の他のベッドは空いていて入院している患者は星夜と彼、二人だけのようである。
「ああ、うん。虫垂炎で少し」
隣まで声が聞こえるように少し声を張って話す。顔も知らない人とカーテン越しに会話をするのはちょっと不思議に思えて、少しくすぐったい気分だった。
「大変だったね。今は体調平気?」
そっと息を呑む。再び耳にして気付いたが、彼の声はとても透き通っていて、何かを包み込むような朗らかな抑揚をしている。
思春期の高校生にありがちなちっぽけな下心だ。そんな彼の顔を見てみたい、と思ってしまう。
「薬効いてるし、何とか……。暇だからよかったら話せねー?」
「もちろん! ちょうど話し相手に飢えてたところだから!」
初対面なので多少は返事を渋るのではないかと思ったが、彼は声をピアノみたく弾ませていた。
しかし、"話し相手"という単語に妙な引っ掛かりを憶える。彼は一体、いつから入院生活を送っているのか。今までこの病室で一人、家族のお見舞いも来ることはなく孤独な想いをしていたのか、と。
「そっち、行ってもいいっすか」
どうせなら直接話して友達になりたい。
彼の心にある隙間に触れてみたい。
考えるより先に、気付けば問いかけている。
即座に嬉しそうな声で肯定の返事が聞こえてきた。
それから、慣れない点滴を引きずり、緊張しながらも隣の部屋のカーテンを開く。
瞬間、病室にぶわぁと甘い柔らかな香りが立ち籠め、星夜はその匂いにくらりとしてしまう。
窓からの薫風が、光に透けたカーテンと彼の細い髪を扇いでいる。
そこには言葉通り、まるで天使のような人がいた。肩にかかるほどの男にしては長い髪に白い肌。
たわやかな表情とは裏腹に目鼻立ちのはっきりとした中性的な顔立ちはぎょっとするほど整っている。
計らずも見惚れていると、彼の腕にある点滴の痛々しい跡をみつけてしまい目を反らしてしまった。
「あぁ、これ、ごめんね。もう長い間入院してるからさ。点滴の位置が合わなくて血が逆流したり漏れたりしちゃって、何度も付け替えて跡が残るんだよ」
ゆっくり丁寧な口調で説明してくる。
きっと青あざは内出血だが、その周りにも彼の言うように貼り替えた絆創膏の跡がいくつもあった。
全然大丈夫だと口に出すが、声色が震えていたのであろうか。彼は眉を下げて微笑み、寂しそうな顔をみせた。
他愛もない日常会話で同い年であることが分かり、数分ほど入院中の生活について話した後、今日はもう遅いから、とベッドに戻ることに。
星夜は彼の目に見えた苦労を見て、今まで馬鹿にしていたクラスメイトのことを思い出していた。
あのクラスメイトだってなりたくて病弱になったわけではないし、みんなの手を借りるのも嘸かし申し訳ない気持ちでいっぱいだっただろう。
それにしてもすごい美少年だったなと、心の中で早まる鼓動を静めながら眠りについた。