「お前男なのに、だせえ」

 クラスメイトの一人が、突如として地面に倒れ込んだ。それを見た海谷星夜(うみたにせいや)は口走る。
 体調不良から立ち眩みになったらしく、中々立ち上がろうとしない。
 その言葉を放たれた相手は高校に入学してから一カ月も満たない間に、幾度も体調を崩して倒れたり早退したりしていた。
 始めこそは顔面蒼白になりフラフラとする青年にクラス中が心配していたものの、繰り返されれば繰り返すほど各々にとってただ鬱陶しいだけの行為だ。
 男子なのに女子にまで助けられ気を遣われ挙句、周りに吐瀉物の処理をさせるような青年の存在は正直、年頃の生徒には見ていて小っ恥ずかしくなるほど滑稽だった。
 
 そう思うのは星夜だけでなく、他の多勢も一緒だったようだ。悪意に満ちた発言にクラス中からはどっと笑いが起こる。
 対して青年は、苦笑いをしながら震える身体で無理やり立ち上がると、体操服に付いた砂を払う。
 その瞬間、星夜は何とも言えない高揚感に包まれた。

 ──俺が放った言葉で皆んなが笑っている……。

 今考えるとこれがいじめの始まりだったのかもしれない。
 その日からだろうか。クラスは青年を小馬鹿にするような、いや、見下すような態度を取るようになる。傍からみればここでは体の丈夫さでも競っていたのかと呆れてしまう。
 そのとき既に星夜の胸の内では、これをいじめだと自覚していて少なからず罪悪感があった。
 でも、自分より弱いものを見て安心するような星夜にはそれをやめる勇気もいじめだと発する勇気もなかったのだ。

 ときは過ぎ夏休みのある日のこと。
 部活動の休憩中、水を飲んでいると酷い腹痛が星夜を襲った。あまりの激痛にその場で動けなくなり担任の車に乗せられ病院に行くこととなった。
 何か恐ろしい病気なのではないかと内心怯えていたが、診断結果は虫垂炎。
 体が弱いのを馬鹿にしていたのにも関わらず、病気が原因で入院することになってしまった。
 これは決して嫌な出来事ではなく、星夜が更生し少し成長したきっかけとなる。

 そう、ここで出逢うことになるのだ。
 忘れもしないあの青年と。