星夜が入院して、既に五日目になる。
入院した原因は、ただの盲腸なので退院の話も出てくる頃だ。星夜は回復がかなり早かったこともあり明日退院をし、また一ヶ月後に改めて手術のために入院をする。
こんなことを言うのは不謹慎だろうけど、星夜は正直あまり退院したくないらしい。
真昼は学校に通っていても会えるから良いけれど、朝は入院しているから簡単には会えないのだ。
お見舞いに行けばいいのだろうけど、星夜の家からここまで電車で三時間は掛かる。
高校生のお小遣いだって大したものではない。毎度毎度、切符を購入して三時間電車に乗り、ここにくる訳にも行かないのだ。
現に、星夜の家族は一度もお見舞いに来ていなかった。真昼は電車で学校に通っているので、ここから三十分程のところに住んでいるらしい。いっそ、独り暮らしなら住まわせてもらうか。と、冗談交じりの考えも浮かんでくる。
星夜が頭を抱えていると、
「むつくん、海谷くん、お見舞いにきたよ」
いつもより覇気のない声が聞こえてくる。何があったのかはさておき、真昼がお見舞いに来たようだった。
星夜がカーテンを開け、朝のところへ向かうと真昼の手には美しいフラワーアレンジメントがある。
「二人ともどっちがいい?」
どうやら真昼の手作りらしく、所々苦労した跡がみえる。その二つのフラワーアレンジメントのうちの一つはバラのが斑になったもので珍しく、星夜は見入ってしまった。
「じゃあ俺、こっち。早いもの勝ちだろ」
そう言って星夜は斑模様のバラのフラワーアレンジメントを手に取る。
目をキラキラとさせて喜ぶ姿は何だか周りを巻き込んでまで和やかな気分にさせてくれた。
「ちなみにおれのはこれだよ」
真昼はスマホでミモザのフラワーアレンジメントの写真を見せる。黄色い小さな花々が線香花火のように咲き誇る姿は真昼の明るい笑顔のようだ。
あまりにも似合っていたからか、すごくぴったりだと星夜は声に出しそうになった。
朝が気になって真昼を見ると、その星夜の笑顔を微笑ましそうに見ていて、胸がぎゅっと痛んだ。
最後は朝が選ぶ番である。と言っても一つしか余っていないのだけれど。今までずっと真昼の顔しか見ていなかったのが原因で、朝は何の花が余っているのか見ていなかった。
一体、どんな綺麗な花なのだろうか、と。朝はつい胸を弾ませる。
フラワーアレンジメントの方に目を向けると、最後に残っていた花は“チョコレートコスモス"だった。嗅ぎ慣れた甘い匂いが朝の鼻にすっと香り、少しだけその場に留まってしまう。
──あぁ、僕にぴったりじゃないか……。
苦笑いしながらも、朝は心の中で呟く。駄目だ、泣いてはいけない。と心の中で案じながら。
しかし、こう言う朝の瞳には既に大粒の水滴が佇んでいるのだった。
「チョコレートコスモスは、むつくんのね」
真昼はフラワーアレンジメントを手渡そうとする。反射的に真昼が朝の顔を見れば、その瞳からは温かい鬼雨が流れていた。
必死に止めようとするが止まらない涙に朝さえも戸惑っている様子だ。
「え! ごめんね、これ嫌、だった?」
焦った真昼と星夜は病室なのにも関わらず、ジタバタと足音を立てている。
何せ、彼が泣いている理由もわからないのだから。
──どうしよう。違う花で作った方が良かったのかな。
フラワーアレンジメントは朝が以前作ってくれたのを参考にし、試行錯誤してどうにかできたものだった。それにより、今回は全部作るのに丸々一日掛かってしまっていて、作り直すにも花選びを含めてまた一日は掛かりそうだ。
「違うよ、嬉しくて……これ僕のを参考に作ってくれたんだよね」
朝は涙声でゆっくりと話している。真昼は朝が分かるように大きく頷く。
フラワーアレンジメントを作ってこんなに喜ばれるとは、思ってもいなかった。自分も嬉しくなり思わず笑みが溢れる。
「ほんとうは赤のお花が贈り物にはよくないのは知っているんだけど、チョコレートコスモスはおれにとってむつくんが最初にくれた特別な花だから」
真昼の精一杯の笑顔を見た朝はまた喜びのかけらが瞳から落ちていった。
朝が泣きやんだ後、話す話題がなかった星夜は二人の前で独り言を言う。
「朝っていい香りするよな」
二人がスッと星夜を見る。
さすがに気持ち悪かったかもしれない。男にいい香りだ、なんて。しかし、真昼は引くこともなく同意する。朝は褒められたことにより照れくさそうだ。
「分かる、何か甘い香りするよね」
「へへ、多分これかな」
胸元の膨らんだポケットから何かを取り出す。香り袋である。
話によると、チョコレートコスモスの香り袋らしい。入院中は頻繁にシャワーを浴びることができないので、どうしても匂いを気にして香り袋で誤魔化してしまうそうだ。
相変わらず、クラスの女子よりも女子力が高いと真昼は絶賛するのだった。
「じゃあ、そろそろおれは行くね。ばいばい」
いつもと同じ言葉のはずなのだけれど、この言葉を同じ意味で聞くのはこれで最後だ。
明日、真昼がお見舞いに来るときには星夜は恐らく退院していて病院にはいない。
一週間もない短い入院期間だが、退院が近づいてきて星夜はやっと寂しさを感じた。
「明日で退院だね、退院おめでとう」
朝のふわふわとした顔がほころんでいる。
これまで何人もの入退院や別れを見届けてきたはずだ。朝は星夜が居なくなったところで寂しいとか無粋なことは思わないのかもしれない。
期待したところで無駄なんて始めからから分かっていたことだ。
「ん、あざす」
星夜は目も合わせずに、心にも思っていないことを伝えるのだった。
入院した原因は、ただの盲腸なので退院の話も出てくる頃だ。星夜は回復がかなり早かったこともあり明日退院をし、また一ヶ月後に改めて手術のために入院をする。
こんなことを言うのは不謹慎だろうけど、星夜は正直あまり退院したくないらしい。
真昼は学校に通っていても会えるから良いけれど、朝は入院しているから簡単には会えないのだ。
お見舞いに行けばいいのだろうけど、星夜の家からここまで電車で三時間は掛かる。
高校生のお小遣いだって大したものではない。毎度毎度、切符を購入して三時間電車に乗り、ここにくる訳にも行かないのだ。
現に、星夜の家族は一度もお見舞いに来ていなかった。真昼は電車で学校に通っているので、ここから三十分程のところに住んでいるらしい。いっそ、独り暮らしなら住まわせてもらうか。と、冗談交じりの考えも浮かんでくる。
星夜が頭を抱えていると、
「むつくん、海谷くん、お見舞いにきたよ」
いつもより覇気のない声が聞こえてくる。何があったのかはさておき、真昼がお見舞いに来たようだった。
星夜がカーテンを開け、朝のところへ向かうと真昼の手には美しいフラワーアレンジメントがある。
「二人ともどっちがいい?」
どうやら真昼の手作りらしく、所々苦労した跡がみえる。その二つのフラワーアレンジメントのうちの一つはバラのが斑になったもので珍しく、星夜は見入ってしまった。
「じゃあ俺、こっち。早いもの勝ちだろ」
そう言って星夜は斑模様のバラのフラワーアレンジメントを手に取る。
目をキラキラとさせて喜ぶ姿は何だか周りを巻き込んでまで和やかな気分にさせてくれた。
「ちなみにおれのはこれだよ」
真昼はスマホでミモザのフラワーアレンジメントの写真を見せる。黄色い小さな花々が線香花火のように咲き誇る姿は真昼の明るい笑顔のようだ。
あまりにも似合っていたからか、すごくぴったりだと星夜は声に出しそうになった。
朝が気になって真昼を見ると、その星夜の笑顔を微笑ましそうに見ていて、胸がぎゅっと痛んだ。
最後は朝が選ぶ番である。と言っても一つしか余っていないのだけれど。今までずっと真昼の顔しか見ていなかったのが原因で、朝は何の花が余っているのか見ていなかった。
一体、どんな綺麗な花なのだろうか、と。朝はつい胸を弾ませる。
フラワーアレンジメントの方に目を向けると、最後に残っていた花は“チョコレートコスモス"だった。嗅ぎ慣れた甘い匂いが朝の鼻にすっと香り、少しだけその場に留まってしまう。
──あぁ、僕にぴったりじゃないか……。
苦笑いしながらも、朝は心の中で呟く。駄目だ、泣いてはいけない。と心の中で案じながら。
しかし、こう言う朝の瞳には既に大粒の水滴が佇んでいるのだった。
「チョコレートコスモスは、むつくんのね」
真昼はフラワーアレンジメントを手渡そうとする。反射的に真昼が朝の顔を見れば、その瞳からは温かい鬼雨が流れていた。
必死に止めようとするが止まらない涙に朝さえも戸惑っている様子だ。
「え! ごめんね、これ嫌、だった?」
焦った真昼と星夜は病室なのにも関わらず、ジタバタと足音を立てている。
何せ、彼が泣いている理由もわからないのだから。
──どうしよう。違う花で作った方が良かったのかな。
フラワーアレンジメントは朝が以前作ってくれたのを参考にし、試行錯誤してどうにかできたものだった。それにより、今回は全部作るのに丸々一日掛かってしまっていて、作り直すにも花選びを含めてまた一日は掛かりそうだ。
「違うよ、嬉しくて……これ僕のを参考に作ってくれたんだよね」
朝は涙声でゆっくりと話している。真昼は朝が分かるように大きく頷く。
フラワーアレンジメントを作ってこんなに喜ばれるとは、思ってもいなかった。自分も嬉しくなり思わず笑みが溢れる。
「ほんとうは赤のお花が贈り物にはよくないのは知っているんだけど、チョコレートコスモスはおれにとってむつくんが最初にくれた特別な花だから」
真昼の精一杯の笑顔を見た朝はまた喜びのかけらが瞳から落ちていった。
朝が泣きやんだ後、話す話題がなかった星夜は二人の前で独り言を言う。
「朝っていい香りするよな」
二人がスッと星夜を見る。
さすがに気持ち悪かったかもしれない。男にいい香りだ、なんて。しかし、真昼は引くこともなく同意する。朝は褒められたことにより照れくさそうだ。
「分かる、何か甘い香りするよね」
「へへ、多分これかな」
胸元の膨らんだポケットから何かを取り出す。香り袋である。
話によると、チョコレートコスモスの香り袋らしい。入院中は頻繁にシャワーを浴びることができないので、どうしても匂いを気にして香り袋で誤魔化してしまうそうだ。
相変わらず、クラスの女子よりも女子力が高いと真昼は絶賛するのだった。
「じゃあ、そろそろおれは行くね。ばいばい」
いつもと同じ言葉のはずなのだけれど、この言葉を同じ意味で聞くのはこれで最後だ。
明日、真昼がお見舞いに来るときには星夜は恐らく退院していて病院にはいない。
一週間もない短い入院期間だが、退院が近づいてきて星夜はやっと寂しさを感じた。
「明日で退院だね、退院おめでとう」
朝のふわふわとした顔がほころんでいる。
これまで何人もの入退院や別れを見届けてきたはずだ。朝は星夜が居なくなったところで寂しいとか無粋なことは思わないのかもしれない。
期待したところで無駄なんて始めからから分かっていたことだ。
「ん、あざす」
星夜は目も合わせずに、心にも思っていないことを伝えるのだった。