やっと、真昼に謝ることができた星夜は、心の中でガッツポーズをしていた。
「へへ、おれも嬉しいよ。海谷くんはきっとドーナツまだ食べられないだろうから、これ」
笑みを堪えきれていなかったのか、真昼はそう言ってから手に持っていた何かを差し出す。
その手には星夜がよく学校で読んでいる漫画の最新巻があった。
「もう持ってたらごめんね」
照れくさそうに笑いながら言う真昼は恋する乙女のようで可愛らしい。
星夜は自分がこの本を好きなことを知っていたんだと驚きながらも、手を取り合って喜んだ。
入院生活は暇だったので何か娯楽を求めていたのである。
「いいのか!? これ欲しかったやつ!」
もちろんだよ、とその漫画をプレゼントしてくれた。
ちらりと星夜が朝の方の顔を見ると、どうしてか朝は切なそうな顔をしている。この本を朝も欲しかったのだろうか。
星夜は友人である彼の傷ついた表情をみて胸が痛んだ。
彼の心情を晴らすため思い切って星夜は朝に聞いてみることにした。
「そういえばさ、名前教えて!」
本当は何故そんな切ない顔をしているのか問いたかったけれど、本人が言いたくないことを聞くのは止したかった。
そう考えた結果、今までずっと知らなかった名前を聞くことにしたのだ。
「むつだとも。睦まじいの睦と田んぼに朝で睦田朝」
──とも。そうか、朝か。朝って書いてとも……。
何だか彼っぽいなと星夜は思った。
朝の白んだ空と小鳥の囀りがこだまする静かな、どこか暖かい景色。彼の持つ慈愛と朗らかさの象徴のようなものだ。
名前を知れたことが何だか嬉しくて心が踊っている。今はこの名前を口にしてみたい一心で何も考えられないようだ。
顔に出ていないかな、そんなことを心配しながらも、星夜はうっかり声に出す。
「朝」
──え? あれ。俺、何を言っているんだろう。
長い間、三人はフリーズする。
突如として発せられた名前呼びと、愛おしそうな声に真昼は魂が抜けているようだ。え、どういうこと、と頭の中でその言葉がぐるぐると回る。
今考えると自分は酷く気の抜けた表情をしていたのではないかと真昼は思った。
嘘だよね、と何度も問い掛けていたつもりだったが驚き過ぎて声に出ていなかったようだ。
だって、まるで、好きな人の名前を呼ぶみたく、星夜が親友の名を口にしたのだから。
星夜はハッと我に返り
「すまん! 急に名前呼びとか馴れ馴れしかったよな」
と星夜が付け加えた。あはは、別に大丈夫だよ、と朝に棒読みで言われ、雰囲気が幼稚園のお遊戯会になっている。
別に朝を好きな訳でもないのに何で意図もせずにこんなことをしてしまったんだ。と、星夜は激しく後悔した。
対して真昼は本人からの訂正を聞くと、秒速百回程なっていたかのような爆速の心音はゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
この二人を二人きりにすることに、どうしてか漠然とした不安があるものの、その正体すら分からず、今日、真昼は星夜と友達になれたことに満足して帰ることにした。
星夜の今まで好きになった子は全員が女の子で特に同性愛者という訳でもない。
どうして好きな人の名前を呼びたいとか、思春期の男子みたいなことになってしまったのか。そのことがずっと頭の中に残っていた。突然ぽろりと発した彼の名前は雰囲気に流されただけみたいだ。
真昼が帰ったからか、辺りはやけに静かで点滴が落ちる音だけが聞こえてくる。
本当に友達になれて良かったといつも通り今日を振り返る星夜。この二人とは気が合うし心からの親友になれそうだな、と思う。
気分転換に病室から出て散策していると、診察室の廊下の壁には綺麗な絵画があった。ピンク色の綺麗なチューリップが純白のゼラニウムの隣に並んでいる。
今では一年中開花しているゼラニウムと僅か二週間ほどしか咲かないチューリップとは、変わった組み合わせだなと思うだろう。当時は花もあまり詳しくなかったため、素敵な絵画だなとしか思わなかった。
昼下がりに青空の太陽が一つ一つの草花を美しく照らしていて、まるで真夏のようにメラメラと燃えている。
真昼はこういうふうに周りを明るく照らしてくれる存在だと星夜は考えている。
ダサくなんてない。あの体育の授業のときに言った言葉は自己満足でしかなかったんだ。
もう終わった出来事なのに何であんなことを言ってしまったんだとまたまた後悔していた。
気が付くと二時間以上過ぎていたので、少し違和感のある点滴の針とまだ痛む腹を抑えて星夜は病室に向かう。
“好き"ってなんだろう。
星夜が朝に抱く気持ちはただの友愛なのだろうか。
それとも──。
「へへ、おれも嬉しいよ。海谷くんはきっとドーナツまだ食べられないだろうから、これ」
笑みを堪えきれていなかったのか、真昼はそう言ってから手に持っていた何かを差し出す。
その手には星夜がよく学校で読んでいる漫画の最新巻があった。
「もう持ってたらごめんね」
照れくさそうに笑いながら言う真昼は恋する乙女のようで可愛らしい。
星夜は自分がこの本を好きなことを知っていたんだと驚きながらも、手を取り合って喜んだ。
入院生活は暇だったので何か娯楽を求めていたのである。
「いいのか!? これ欲しかったやつ!」
もちろんだよ、とその漫画をプレゼントしてくれた。
ちらりと星夜が朝の方の顔を見ると、どうしてか朝は切なそうな顔をしている。この本を朝も欲しかったのだろうか。
星夜は友人である彼の傷ついた表情をみて胸が痛んだ。
彼の心情を晴らすため思い切って星夜は朝に聞いてみることにした。
「そういえばさ、名前教えて!」
本当は何故そんな切ない顔をしているのか問いたかったけれど、本人が言いたくないことを聞くのは止したかった。
そう考えた結果、今までずっと知らなかった名前を聞くことにしたのだ。
「むつだとも。睦まじいの睦と田んぼに朝で睦田朝」
──とも。そうか、朝か。朝って書いてとも……。
何だか彼っぽいなと星夜は思った。
朝の白んだ空と小鳥の囀りがこだまする静かな、どこか暖かい景色。彼の持つ慈愛と朗らかさの象徴のようなものだ。
名前を知れたことが何だか嬉しくて心が踊っている。今はこの名前を口にしてみたい一心で何も考えられないようだ。
顔に出ていないかな、そんなことを心配しながらも、星夜はうっかり声に出す。
「朝」
──え? あれ。俺、何を言っているんだろう。
長い間、三人はフリーズする。
突如として発せられた名前呼びと、愛おしそうな声に真昼は魂が抜けているようだ。え、どういうこと、と頭の中でその言葉がぐるぐると回る。
今考えると自分は酷く気の抜けた表情をしていたのではないかと真昼は思った。
嘘だよね、と何度も問い掛けていたつもりだったが驚き過ぎて声に出ていなかったようだ。
だって、まるで、好きな人の名前を呼ぶみたく、星夜が親友の名を口にしたのだから。
星夜はハッと我に返り
「すまん! 急に名前呼びとか馴れ馴れしかったよな」
と星夜が付け加えた。あはは、別に大丈夫だよ、と朝に棒読みで言われ、雰囲気が幼稚園のお遊戯会になっている。
別に朝を好きな訳でもないのに何で意図もせずにこんなことをしてしまったんだ。と、星夜は激しく後悔した。
対して真昼は本人からの訂正を聞くと、秒速百回程なっていたかのような爆速の心音はゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
この二人を二人きりにすることに、どうしてか漠然とした不安があるものの、その正体すら分からず、今日、真昼は星夜と友達になれたことに満足して帰ることにした。
星夜の今まで好きになった子は全員が女の子で特に同性愛者という訳でもない。
どうして好きな人の名前を呼びたいとか、思春期の男子みたいなことになってしまったのか。そのことがずっと頭の中に残っていた。突然ぽろりと発した彼の名前は雰囲気に流されただけみたいだ。
真昼が帰ったからか、辺りはやけに静かで点滴が落ちる音だけが聞こえてくる。
本当に友達になれて良かったといつも通り今日を振り返る星夜。この二人とは気が合うし心からの親友になれそうだな、と思う。
気分転換に病室から出て散策していると、診察室の廊下の壁には綺麗な絵画があった。ピンク色の綺麗なチューリップが純白のゼラニウムの隣に並んでいる。
今では一年中開花しているゼラニウムと僅か二週間ほどしか咲かないチューリップとは、変わった組み合わせだなと思うだろう。当時は花もあまり詳しくなかったため、素敵な絵画だなとしか思わなかった。
昼下がりに青空の太陽が一つ一つの草花を美しく照らしていて、まるで真夏のようにメラメラと燃えている。
真昼はこういうふうに周りを明るく照らしてくれる存在だと星夜は考えている。
ダサくなんてない。あの体育の授業のときに言った言葉は自己満足でしかなかったんだ。
もう終わった出来事なのに何であんなことを言ってしまったんだとまたまた後悔していた。
気が付くと二時間以上過ぎていたので、少し違和感のある点滴の針とまだ痛む腹を抑えて星夜は病室に向かう。
“好き"ってなんだろう。
星夜が朝に抱く気持ちはただの友愛なのだろうか。
それとも──。